艦内は各々の呼吸音が響くほど静かで、フレイム一行も義務であるかのように沈黙を守っていた。ヤマトの鼻が少しつまり気味で
あるとか、エースがニコチン切れでそわそわしているとか、やることといったらくだらないレベルの人間観察しかなく、レキは暇を
持て余していた。
人前で眠れない、且つ眠りの浅いレキが夜中の飛行中に暇つぶしを探し求めるのは道理であったが、ユニオンシップという気の抜け
ない場所では誰も寝ることが叶わず同じく仕様もない互いの一挙一動にほくそ笑むしない。ガンメンテナンスに没頭できるジェイが
今回ばかりは羨ましく思えた。
「他のハンターたちは置いてきて良かったのか?てっきり全員来るんだと思ってたけど」
当たり前になった沈黙を、破ったのはハルだった。唐突に自らの天命を悟って、というわけではなく言うまでもなく口火を切る前に
メンバーの無言の威圧を浴びていた。きっかけの第一声は勇気とを根性と思い切り振り絞らなければならない厄介な役回りだ、こういう
時だけは満場一致でハルに白刃の矢が立つ
。
ヤマトはフレイムの連中とは違って既にシップに馴染んでいる。少し面倒そうに首をもたげた。
「事後処理やら報告やらはスズキの仕事だ。通常業務であいつらが動いてる方が俺も動きやすい」
「なるほど」
ヤマトの部下の三人とはイリスの駅前で別れた。サトーくらいはアシストで連れてくるのかと思いきや、当然のようにヤマトは単独
(というわけでもないが)を選んだ。レキと一緒くたで暴走されるとそれこそ厄介だ、想像してハルは身震いした。
「いい腕してるな、メカニック」
黙々と銃を組み立てていたジェイが素っ頓狂な声を漏らして顔を上げる。ハルの続きもしない会話の切り出しをフォローしたのはヤマト
だった。
「それしか取り柄がねえからなあ……」
はにかむ間も、得意がる間も無く、レキがあしらう。
「お前のチームは補佐も良い。一見でこぼこだがバランスの整ったメンバーだ。ノーネームの寄せ集めじゃなかなかこうはいかないさ」
「……補佐って俺かよ」
「あたしメンバーじゃないけどね」
ハルとラヴェンダーがすかさず突っ込む中、レキ自身はきょとんとしていた。蓋を開けてみればノーネームの寄せ集めに相違ないのだが、
蓋を閉めていれば何だか立派なチームらしい。思ってもみないことをこのタイミングで口にされ、レキとしては生返事くらいしかできない。
が、勿論ヤマトの本意はフレイムのよいしょなどではない、至って真面目面で続けた。
「グループってのはそういうバランスが大事だ。つまり、今の俺たちは破綻してる。突っ込んで言うと、機動力ばっかが飛び出してる
状態だ、ブレーキが緩い。ブリッジを相手取るならそこんとこきっちりブレーキかけて“ココ”をフル回転しないことには意味が無い」
ヤマトが中指でこめかみをリズム良く叩く。その瞬間何人かが意図的に目を逸らした。遠回しに言うと、機動力は誰よりもあるがフル回転
させるものが乏しい何人か、だ。含まれそうなジェイが意外にも身を乗り出してきた。
「難しくてよく分かんねぇよ。ブレーキ踏んだままエンジン全開ってこと?そりゃ無理だろ?」
フル回転させた結果がこれである。直球でチームの弱点を露呈することになり、レキは跋が悪そうに顔を覆った。
「そのムツカシー話しか今後出てこねーからな。鈍い奴は出しゃばらないように踏ん張っとけって意味だ!理解できたか!?ヘルメットっ」
“いい腕してるなメカニック”から始まったヤマトのオブラート包みの忠告は、結局終いにはいい腕しかしてないメカニック自身の
発言のせいで中身剥きだし丸裸の苦言となった。ヤマトの(一応の)努力も空しく多大なるショックを受けたジェイは、鬼火を背負って
再び作業に専念し出した。
この先能なし的発言は容赦なく叩き潰されるらしい、被害者を目の前に例の何人かが肝に銘じて息を呑んだ。おそらくそのメンバー
には該当しないハルが、再び話を切り出す。
「そのことなんだけどさ、アンブレラの改良版があるって言ってたよな。具体的な話を聞きたいんだけど」
「……俺は出しゃばらないし聞きたくない」
ジェイが完全に死んだ目で手先だけを動かしながら呟く。辺りに暗いオーラが漂っていたがこの際そっとしておくしかないだろう。
これもオブラートをひっぺ返した形で言うと、面倒くさいので無視、の意味合いだが。
「アンブレラの開発チームの一人に顔なじみがいてな、内部用か商業用かは知らんがより強力なのを作ってるって話だ。しかも個人用
ってのが使えるだろ」
「じゃあそいつをうまいこと言いくるめられれば……」
「無理だな。保身的な奴だし財団を敵に回すような真似はまずしないだろう」
「チームってことはそいつ以外にもいるんだろ?説得できても仕方ないな」
ヤマトとハルのダブルパンチを食らってレキも敢えなく出しゃばらない組に加わる。よく考えればハルが理解して、後々噛み砕いた解説
でもしてくれるのが一番良い、前向きに捉えつつもレキはだんまりを決め込むことにした。
と、ここで艦の持ち主が登場、寄り集まって座り込んでいる彼らの視界に長い影が被さった。
「ブリッジを言いくるめるつもりか。こいつらには荷が重いな」
現れて第一声がこれだ、それでもジェイとレキは言われた通りしっかりとブレーキをかけた。
イーグルは立ったまま話に加わるようだ、一気に居心地が悪くなる。
「こっちもそれなりの好条件を出すさ。事実をハッタリをうまいこと混ぜてな。……シオ、君も今回は“ブレーキ”、必要だ」
シオは相変わらず少し不機嫌そうで、名指しされると更に顔を強ばらせた。彼女にとってはブリッジ財団は鬼門以外の何物でもない。
「(ブリッジはそんなに甘くない。ルビィ以外の交換条件に乗るとは思えない)」
「勿論ルビィも条件にいれる」
「(それは絶対に駄目!)」
「はいブレーーキ。ハッタリで組み込むって意味だ、実際にモノを差し出すシチュエーションにはならない」
「(でも……)」
実際にモノを差し出した者もいる。この中に居たりする。いたたまれないのか目蓋を閉じて精神統一しくさっている男がそうだったり
する。シオには無論レキを責め立てるような意思は微塵も無いが、レキの方は思い出しては懺悔に明け暮れた。
「交渉には俺は関わらん。ブレイムハンターもだ。少なくとも財団を裏切るような含みを持たせたらアウトだ、始めから内部にいて
既に裏切っている人間が都合がいい。お前のようにな」
「おい……!」
イーグルはハナからオブラートを破り捨てるタイプだ、レキが衝動的に立ち上がるのをヤマトが顰め面で制した。気分は運転教習者の
危なっかしいドラテクに緊急ブレーキをかける教官だ、妙な例えを定着させたばかりにそんな空想までしてしまった。
「そこを抑えろって言ってんだ。交渉内容は俺が仕立てるが実際やるのはお前らなんだからなっ。シオも言ってる意味は解るだろ?」
ゆっくりと頷く。レキはブリッジとの交渉以前に既にこのやりとりに苛立っていた。それでもシオほどではない、横目で様子を窺うと
彼女は僅かに眉間に皺を寄せていた。シオがここまで露骨に不快感を示すのは珍しい。ヤマトがブリッジを言いくるめるためのシナリオ
を説明している間もわざと上の空を装っているようだった。
いたたまれないレベルが上がって、レキはシオにこそこそ耳打ちをする。
「財団にいい顔しとくことでアスカを救うチャンスも増えるかもしれないぜ?そうカッカすんなよ」
「(別に怒ってるわけじゃ……っ!)」
否定するシオを制して、レキが笑いを吹き出しながら自分の眉間をほぐす仕草を見せた。シオは顔を赤らめながらも黙って同じように
眉間をほぐす。出しゃばるなと釘を刺されたからにはとことん話に加わらず、この際私語に没頭することにしてレキは再びシオの耳元
に小声を投げる。
「まあ確かに一回ルビィを放り投げた俺としては不安がられるのも無理はねーと思うけど……まあ見てろって。要はダミーの取り引き材料
にルビィ並の価値があればオールオッケーなんだろ」
シオの不満の重点はレキがルビィをぶん投げた過去にはさっぱり置かれていなかったが、勝手に罪悪感を抱いて勝手に得意満面に微笑
されると苛立ちも失せる。シオは唖嘆を漏らして眉じりを下げた。
「コソコソ喋ってんなよ、そこ!もう直着陸するからそれまでに確認しとけっ」
「はいはい、了解」
始終テンションの高いヤマトに対して当てつけがましくのんびり立ち上がるレキ。
機体は既に心持ち傾いていて膝に力を入れないと真っ直ぐに立てない。分厚い窓の向こうで雲がスモッグと溶け合って後方に流れていた。