Boy Meets Girl(Witch)Side A-1

「……え……?」
 僕はフレデリカの反応に違和感を覚えた。彼女はいつも疑問文に疑問符をつけない、はずなのに今回ばかりは、こちらが心配になるくらいに頼りなく語尾を上げていた。そのまま恐る恐るカウンター内を進み、僕の隣で改めて蝶を見て、言葉を失っていた。
「どうかしましたか」
「ハイス。少し……蝶から離れてもらってもいい」
「ああ、はい。僕ですか?」
 フレデリカと入れ替わるような形で、蝶を視界に収めたまま遠ざかった。フレデリカは僕と蝶を見比べるように視線だけを行ったり来たりさせていた。このまま離れていくと階段室の壁にぶち当たるだけなのだが、そうなる直前で僕は勝手に足を止めた。
「うわ、えっ? ええー?」
 ちょっと恥ずかしくなる程度には、僕は間抜けな声をあげていた。そのまま再び鳥籠に歩み寄ろうとするのを、最初の一歩目でフレデリカに制される。
「そこにいて。蝶は、見える?」
「見えるからさっきの反応になったんですよ」
 蝶は優雅に、そしてたまにぎこちなく、籠の中の空中遊泳を楽しんでいる。目の覚めるような青色の翅を羽ばたかせて、周囲の世界に淡く青い光の粒子を放っているように見えた。光の錯覚ではない。ましてや気のせいではありえない。
「色、変わりましたよね?」
 これも間抜けな聞き方だとは思ったが、このほうが手っ取り早いし誤解がない。
 先刻も今も、蝶は変わらず美しく幻想的だが、とにかく色が違う。さっきは紫、今は青。フレデリカの手品に付き合わされているというオチでないなら、これは何を意味しているのだろう。
「これは不死蝶といって、餌として微量の魔力を吸収できていれば半永久的に死ぬことはないと言われてる。ハイスが言うように変異体の蝶。魔力を吸収すると青く光る……ことまでは、知られてる」
「青く、ね。じゃあ今の状態が通常で、さっきの紫色が異常ってことですね。んん? これ、ひょっとしなくても原因、僕ですか」
「たぶんそう。それで……。蝶に関して今から教えることは一部の人しか知らないことだから、ハイスも黙っておいてほしいんだけど、いい」
「もちろんです」
 秘密の共有は、関係性の進展には必要不可欠な一大イベントであるからむしろ大歓迎だ。
「さっきはその、保護してると……言ったんだけど。本当は研究用に飼ってると言ったほうが正しくて」
「ああそれは、そうですよね」
 魔術師の店に置かれているのだからそれは当然そうだろう。むしろフレデリカの店には、そういった研究用の動物が少なすぎるくらいだ。この蝶と、ジョセフくらいだろうか。
「言っておくけど、ジョセフは違うから」
 僕は何も口にしていないはずだが、フレデリカは的確に僕の胸中を読んできた。
「ジョセフの依り代は本当にただのコガネムシ。ギルドで出会ったときは小指の先くらいの大きさだった」
「それがどうしてあんなことに……? 何食べたらあそこまで肥大化できるんですかね」
 軽い冗談、かつ、揶揄いの対象は今ここにいないジョセフだ。断じてフレデリカに向けたものではなかったのだが、彼女は無表情のまま頬だけを紅潮させるという小難しい技を披露するに至った。
「ジョセフはもともと魔力吸収型の精霊なんだけど、私の魔力は……カロリーが高いらしい」
 言いながら結局顔面全土を真っ赤にして、フレデリカは黙り込んでしまった。
 は? ──僕の胸中の第一声はこれに尽きる。あいつ、魔力吸収型とかいう都合のいい設定にかこつけて、主人の魔力を際限なく吸いまくってるのか? それだけでは飽き足らず、朝食ももりもり摂取していた。そういう欲望に制限をかけない輩を人は悪魔と称するのでは? 
「もともとっ。私の魔力は人より多いから、吐いて捨てるほど余ってる。だからお互い困ることは何にもなくて、そういう契約内容でもあるし。……じゃなくて、今はジョセフのことはおいといて。話を戻していい? 魔力吸収型という点では、不死蝶も同じだけど」
「でしたね。研究用の蝶だってところまでは聞きましたよ」
 ジョセフの所業についても、今は保留するしかない。あくまで保留だ。この件に関しては僕は意識的に心に留めておこうと思う。決意表明としてフレデリカには見えないように奥歯をしっかり噛みしめた。
「正確には研究、というか実証はもう済んでる。不死蝶は、吸収した魔力の質によって身体の色を変える。それが人間の魔力なら青に、悪魔や精霊の魔力なら赤に。この特性が分かったから、蝶をここに置いている」
「なるほど、悪魔探知器ってこと。そいつ呑気そうに見えてなかなか優秀じゃないですか」
「重要なのは、私が知ってるのは赤と青の二色ということ。言っている意味、分かる?」
「僕の場合は、悪魔と人の混色になっていたってことですよね? それに何か問題でも?」
 フレデリカは静かにかぶりを振る。
「……悪魔憑きは、本来の人格が消失しているからみんな赤くなる。人間じゃなく、ただの悪魔の器だということを蝶は証してしまう。でも蝶が紫色になるような、つまり青色の要素があなたの魔力に残っているということは、きちんとハイスの人格が残っているっていう証で……」
「まさかフレデリカ、この期に及んでまだ僕のことを悪魔だと疑ってたんですか……?」
「そういうわけじゃない。でも悪魔は憑いた人間の記憶を読む」
 読んでその人間になりすますことができる。確かにそうだ。
「読んでたら名前くらいはカンニングせずに答えましたよ」
 そして発作みたいに現れる絶望スパイラルに怯えたりもしないだろう。
「もの凄く……要領の悪い悪魔なのかもと……。でも、良かった。ほんとうに」
 否定はしているものの、フレデリカがここまで僕に疑念を抱き続けていたことは紛れもない事実のようだ。それを咎める資格は僕にはない。それに、フレデリカは今こうして心の底から安堵してくれている。そっちの事実のほうが、僕にはとても重要に思えた。
 種明かしが成されたので、僕はもう一度フレデリカの隣に並ぶ。不死蝶はじたばたと不格好に翅を羽ばたかせてなんとか滞空、僕と見つめ合う不毛な時間を余儀なくされた。そしてその色を濃い青から、鮮やかな紫に変えた。
「由来はちょっとあれですけど、この紫は綺麗でいいですよね。特別感もあって」
 禍々しくないというのは高評価だ。この蝶の動きがお気楽なのも、そう思わせるのに一役買っているのかもしれない。鳥籠の中にいて、ままならない身体を持ちながらも、蝶は与えられた分の自由を謳歌しているように見えた。
「うん私も、とても綺麗だと思う」
 一拍置いてフレデリカが蝶へ贈った賛辞に、何故かは説明できないけれど、僕は胸がしめつけられる思いがした。僕の存在が不確かなままであることに変わりはない。でも一人でもない。そう思わせてくれた小さな光を、目を閉じたときに広がる暗闇の中でも思い出せるように、僕は静かに見続けた。



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