Boy Meets Girl(Witch)Side A-1


 僕らがゴーレムと呼んでいるものは、魔力を通した粘土を整形し、一定の職能を与えた疑似生命体だ。あくまで「疑似」であって、生命に分類されたりはしないし、魔力を注入、循環させないかぎり稼働もしない。決まった時間に花に水をやるとか、主の起床時間に合わせて歌を歌うとか、簡単なルーティーンをこなすことができる便利な魔道具のひとつだ。作成には魔術師としての熟練した技術を要するから、誰でも簡単に作れるわけではない。高精度となればなおさらのことである。意味がわからないのは、フレデリカが自慢したいポイントが、ゴーレムの「作成」ではなく「成形」だという点。つまり、形を褒めた僕の観点はある意味で大正解だったということになるが、なんとも複雑な気分ではある。
(欲がないんだろうなあ……)
 良くも悪くも。僕はその、一見して良いほうにしか働かないようにみえる特性について、極めて悪い方面に作用するシチュエーションを知っている。というかたぶん、気のせいでなければ既にその状況に陥っている。
 その確信は、僕の興味本位と偶然によってかなりあっさり得られることになった。
 立ち上がった視線の先に、見慣れない魔法石が陳列されているのに気づく。薄青く光っているが氷柱石の類ではない。氷柱石の青は光の反射でそう錯覚するだけで、実際はほとんど透明に近いものだ。今僕の目の前にあるのは、深い、海の底のような濃い青。
「これ……灯石ですか? 珍しい色ですね」
 手に取ろうとして、台座が固定されていることに気づく。
「あ、売り物ではないのか。貴重そうですもんね」
「飾ってるだけ。別に大量に作れるけど、売れないから」
「え? 今、なんて言いました……?」
「だから、飾ってるだけ」
「そうじゃなくてっ」
「……大量に作れるけど?」
「『売れない』って、言いませんでした?」
「暗がりを明るくするための灯石なんだから、青く光られても需要はないでしょう?」
 フレデリカは心底わけがわからないとでも言いたげに、今まで僕が見てきた中で一番分かりやすく眉を顰めた。僕はなんだか立っているのが億劫になって、その場に力なくしゃがみこんだ。その行動に対しても、フレデリカはまるで僕がおかしいみたいに遠巻きに見ている。僕はしゃがみこんだまま、改めて店内を見回した。店には僕とフレデリカ以外、相変わらずただの一人の客もいない。大量に積まれた魔法石たちが、うっすら埃をかぶっていたように見えたのも気のせいではなかったというわけだ。
 僕は確信した。フレデリカには、絶望的に商才がない。彼女は圧倒的な職人タイプだ。
「フレデリカ。確認なんですが、店のピークは何時ごろですか? あまりのんびりしているとお客さんの邪魔になるんじゃないかなあと」
「うちは……どちらかというと卸売がメインというか、同業者相手に商売することのほうが多いから、そんなに忙しい時間帯は無い。個人のお客さんも、常連さんばかりだし」
「オーケー、わかりました。決まった商売相手はいるんですね? 帳簿を見てもかまいませんか。顧客名簿が別にあるならそれも」
 僕の「スイッチ」が入ったことに気が付いて、フレデリカは動揺しながらもカウンター奥から指定したものを引っ張り出してくれた。それをそっと僕の方に差し出した後で、謎の距離をとって立つ。いや、何となく分かっているから僕も今は言及しない。それは中身を確認してからだ。
 カウンターの椅子に腰かけて、決死の覚悟で頁をめくった。どちらもきちんと管理されてある。きちんとはしているが、きちんと赤字が続いているという事実がきちんとした字で綴られているだけで、心臓に悪い帳簿であることに間違いはない。頁をめくるたびに血の気が引いていく恐ろしい魔導書みたいだ。
 僕が帳簿の中身にげんなりしていることは、フレデリカはもちろん分かっている。それだから少し離れたところに姿勢正しく立ったまま、そのくせ視線はどこか明後日の方向に向けて事なきを得ようとしているのだ。これでは「怒られてチャラにしたい子ども」じゃないか。
「よくつぶれませんでしたね、今まで」
「たま~に、その、高額取引をしてくれるお客さんもいるし……足りないときは、魔術師として依頼を受けたり、管理局のお手伝いをしたりして補填をすれば、案外なんとかなったり……」
「そうやってその場しのぎで何とかするから、いつまでたっても店の売り上げが上がらないんですよっ。商品を売らないでどうするんですかっ。新規顧客の開拓! こんなスッカスカの顧客名簿でどうやって商売するっていうんですっ。せっかくの良質な魔道具たちが泣きますよっ」
 僕は我慢できずに言いたいことをそのまま言った。こういうことは遠回しに言ったって仕方がない。フレデリカは目に見えてしょんぼりしてしまったが、気落ちしたところで売り上げは伸びない。売り上げが伸びなければ店はつぶれる。それが世界の理だ。
「いいですか、フレデリカ。さっきの灯石もそうですが、この店に置いてあるものは良質で希少なものが多いです。取引先を増やすことはもちろん、個人客向けにも何かできれば売上は伸ばせます。まずは売るべき商品とターゲットを絞って、お客さんを増やしましょう」
「それはハイスが言うとおりだとは、思うんだけど……お客さんの相手をするのは実はその、あまり得意じゃない。ジョセフはよくやってくれるけど、好き嫌いが顔に出るし」
「……。でしょうね」
 ジョセフの狂乱を目の当たりにした僕からすれば、納得しかない。フレデリカの接客下手も今となっては折り込み済みの事案だ。
「じゃあそのあたりが僕の出番ですね、任せてください。この際だから、この通りで一番の人気店になっちゃいましょう」
「ありがとう。できる範囲でかまわないから」
「あー……いえ、むしろありがたいのは僕の方というか。ちゃんと役に立てることがありそうで、少し、安心しました」
 安堵する自分、その浅ましさも同時に悟らねばならず、僕は少なからず自己嫌悪に陥った。僕はたぶん、僕という厄介な存在をまるごと引き受けてくれた恩を、フレデリカに返すあてを作っておきたかったのだ。そのためにフレデリカが苦手なことを、できないことを、困っていることを彼女の言動を事細かに分析することで把握しようとしていた。全て自分の都合、自分のためだ。それでも──役に立てないよりは、きっといい。
 といったふうに自己欺瞞もそれなりに得意な僕は、軽い嘆息で誤魔化すと、面倒そうな感情に一旦蓋をすることにした。こういう思考回路が僕の中に潜んでいて、暇を見つけては顔を出してくるらしいことが今日判明した新たな事実で、認識できていれば対策を練ることもできる。安い絶望にはいったん保留が効果的だ。
「そろそろジョセフも戻ってくると思うから……少しだけ、地下を見せておきたい」
「地下、ですか」 
 帳簿と顧客名簿を元の引き出しに収めながら、オウム返しした。フレデリカがわざわざ改まって言ったせいかもしれないが、僕はその単語の響きに何故か少しだけ緊張感を持った。
「倉庫と、書庫と、私の研究部屋がある。ハイスが嫌じゃなければ、倉庫の資材管理も手伝ってほしいというか……」
「もちろんです。とりあえず見てみましょうか」
 客が入ってくる気配は相変わらず皆無だから、ジョセフを待つまでもない。哀しいことに僕もフレデリカも同じ見解で、二人そろってカウンターを後にしようとした。
 そのとき、視界の端で何かが光った。光るものなら山ほどある店内で、僕はなんとなくその光だけは特別な何かだと感じた。振り返った先のカウンターの隅の隅、乱雑に積まれた魔導書と書類の山の後ろに鳥籠があった。中に鳥はいなかったが、光の正体は判明した。
「フレデリカ」
 既に階段室の扉を開けていたフレデリカを、わざわざ呼び止めた。青い灯石を目に留めたときと、同じ種類の高揚感があった。
「この蝶は?」
 鳥籠の中には一匹の蝶がいた。寝ていたのか警戒していたのか、今まで止まり木で翅を休めて置物のようにふるまっていたのに、唐突にふわふわと籠内を回遊しはじめたのだ。美しい蝶だった。ただ、どこか危なっかしいというか、飛び方が不自然に見える。
「それは……それも売り物じゃない。怪我がひどいから、保護してる」
「ああ、それで」
 時折妙なタイミングで降下する瞬間がある。僕は好奇心を抑えられず、鳥籠の中を覗き込んだ。既視感がある。でも僕は、この蝶の名前を自分の記憶領域から引っ張り出すことがおそらくできない。僕の脳内アーカイブは、どこかの魔道具店の顧客名簿さながらにスッカスカだからだ。もしくは単純に思い込みか勘違いで、そもそもこの蝶を知らない可能性はある。
「変異体ですよね。こんなに紫色に光ってるんだから」
 奇形ではない。むしろ理想の蝶を絵に描いたら、こういう形になるのではないかというほど繊細で美麗な翅だ。羽ばたくたびに宝石みたいに光る。息を呑むほど鮮やかな紫色に。


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