未知との遭遇#3 Side A

 僕が分かっている僕自身のことで、未だフレデリカに打ち明けていないことがある。隠し通す、という選択肢は僕の中にはない。それはあまりにも不誠実だし、そもそも無理だと思っている。だから迷っているのは、伝えるうえでのタイミングと手段。上手くいけば、フレデリカの僕に対する様々な不安や疑念を解消してあげられるかもしれない。一方で、何か一つでも誤れば、フレデリカが僕に持ってくれている僅かな信用と安心感は、木っ端みじんになるだろう。最悪の場合、熨斗をつけて魔術管理局に売り飛ばされることになりかねない。だから「いつ」「どこで」「どんなふうに」は、この件については極めて重要だ。
 タイミングについては、少なくともこのワイン探しが一段落するのを待つべきだと考えている。できればハーゲンティが僕の中から出て行ってから、次の悪魔の封印を解くまでの期間が良い。悪魔は僕のことを知っているからこの身体にご執心なのだろうが、情報を与えなくて済むならそれにこしたことはないだろう。
 つまり、なんというか、四体もの悪魔がこの身体を器として選んだ理由に、僕は心当たりがある。心当たりとかいう生易しいものではなく、確信が。ハーゲンティがそのことについて触れなかったのは意外だったが、僕はそれを猶予と好機と捉えることにした。今のうちに、何からどう話すか、整理しておくべきだ。
 まず、悪魔が暮らす「坩堝るつぼの世界」について、改めて確認することにしよう。
 僕ら人間が暮らすのは、形而下の世界だ。個の存在証明として「形」が、たとえ明確でなくてもそれとわかる境界が存在する。その物質界とは切り離された、本来なら相まみえることのないどこかに、形而上の「坩堝の世界」がある。全てが混ざりに混ざった全であり一の世界。どこまでも暗く、黒く、魔力によく似た何かで満たされた精神体の世界。物質は、そこでは存在を許されない。悪魔も精霊も、そこに住まう身体を持たない曖昧な「個」だ。
 本来、秩序の異なる二つの世界が交わることはない。しかし、往々にしてこの「本来」というやつはあっさり瓦解する。悪魔も精霊もどうにかして物質界とつながり、器を得たいと思っているし、人間はどうにかして坩界るかいとつながりその身に余る恩恵を受けようとする。双方ともに求めてしまうのだから、綻びもできるし、それはいとも簡単に広がってしまう。
 その綻び、すなわち坩界と物質界をつなぐ出入口は「ブラックドア」と呼ばれている。出入りがあるからドアと名がついただけで、実際は真っ黒な穴のようなものだ。一説によると、新月だか満月だかの日に特定の場所で、多量の魔力が引き金となって開くものらしい。本当のところがどうかは分からない、あくまで眉唾物の説だ。
 遺跡周辺は、このブラックドアが自然発生しやすい場所として知られる。発見次第、魔術管理局によって封印処理が施されるが、発見時に通報する善良な者ばかりではないし、そもそも発見されないブラックドアもある。悪魔だろうが精霊だろうが、こういう抜け穴を使って物質界に躍り出てくるというわけだ。
 その際すぐさま(というか予め?)やるべきことが器の選定だ。物質が坩界で存在できないように、精神体もそのままでは物質界で存在できない。「形」を得なければ、消滅してしまう。そういう都合で、複数の悪魔から器として選び抜かれた大人気商品が僕である。そして選ばれたのが僕だったということに、当然理由はあって──。
「ハイス、そろそろ出ないと干潮時間に間に合わないから」
 身支度を調えたフレデリカが、店舗スペースと居住空間を隔てる扉から顔をのぞかせた。
 僕はあからさまに身を強張らせてしまった。ダイニングテーブルにて、これでもかというほど真剣にシミュレーションをしていた最中だったから、とにかくもう、抜群に間が悪い。
「じゃあ出ましょうか。戸締りは?」
「後からジョセフが」
 取り繕ったのはばれている。フレデリカはこれみよがしに訝しんでいるが、そんなふうに眉を顰められても対処に困る。僕は隠し方を考えているのではなく、打ち明け方を考えているのだから、そしてそのタイミングが今でないだけなのだから咎められる所以はないはずだ。
 ともあれ、一旦このシミュレーションは中断せざるを得ない。身体の中に複数の悪魔が居座っていようが僕の脳みそは一つしかないのだから、今はワイン探しに注力しようと気持ちを切り替えた。


 遺跡の何が僕をここまで魅了するのか、自分でもよく分からない。以前は遺跡と名のつく場所を頻繁に訪れていたのか、それとも今回が初めてなのか、いずれにせよ僕は、初恋に気づいた少女みたいに高鳴る鼓動を止められないでいた。諸々の懸念事項を一旦脇に、綺麗に整頓して置いておけるのは僕の長所だと思う。
 僕とフレデリカは賑わう街の中心部を仲良く並んで歩いている。というのは僕の主観が過ぎるので一応訂正しておくと、機嫌が良すぎる僕の後ろを、数歩分遅れてフレデリカが歩いている状況だ。だから僕は目に留まった建物や風景についての感想を、毎回わざわざ振り返って報告しているのだが、それもそんなに苦ではない。彼女はその都度、特に面倒がらずに律義に応えてくれるから、それを楽しんでいる。
 駅前広場から海岸線へ下る坂道へ出た。眼前に広がる遺跡の全景に、僕は先刻より一層胸を躍らせていた。
 広大なエルドラ遺跡の半分は、常に海中に沈んでいる。つまり、もうすぐ干潮という今の時間帯であっても、僕らが探索できるのは遺跡の半分に満たないということだ。その見えている面積も、満潮時には高層の建造物や樹木を残してほとんどが海に呑まれて姿を消す。探索には圧倒的に不便な特徴だが、だからこそ冒険心がくすぐられるというものだ。
「不謹慎なのは分かってるんですが、宝探しみたいで少しわくわくしますね」
 賛同は得られないだろうと思いつつも、僕は胸中を吐露せずにはいられなかった。案の定、フレデリカはうんともすんとも言わず、ただ不可思議なものを観察する目で僕を見ていた。見つめられているのに、そうと認識する前よりも虚しさが増すというのもなかなか珍しい現象だ。
 坂道を下りきると、海岸線に沿った人通りの多い路に出る。そう、人が多いのだ。若いカップル、上品な老夫婦、家族連れに友人グループ、老若男女問わずさまざまな人とすれ違う。僕らのように探索目的で訪れているほうが少数派で、エルドラ遺跡は観光客で賑わいをみせていた。
 立ち止まっていた僕の隣に、いつの間にかフレデリカが並んでいる。
「あっちにあるのが図書館で、隣は博物館。遺跡で発見されたもので、希少なものはあのどちらかに収蔵される。といっても、エルドラ遺跡から出るのは一般の魔道具店で取り扱えるような日用品が多い」
「なるほど」
 僕が封印されていた"死んだ遺跡"ことゴルド遺跡とは対照的で、こちらは言うなれば"カジュアル遺跡"というわけだ。冒険者や魔術師はどんな悪条件でも遺跡と聞けば勝手に集まってくるし、遺物が商売向きなら商人にも好まれる。そこへ、潮の満ち引きで姿を変えるという、いかにも観光客が好みそうな条件まで備えているのだから、人が集まらないわけがない。
 エルドラ地区の住民たち向けに特化した駅前のマーケットとは異なり、周囲の露店は観光地特有の華やぎを見せていた。そうかといって地元民がいないというわけでもなく、浜辺のほうで酒瓶片手に寝そべっている初老男性もいれば、この賑わいの中ベンチに座って読書に耽るつわものの姿もある。エルドラ地区の住民たちにとっては、この遺跡は経済の中核でもあり、憩いの場でもあるのだろう。
「ちょっとそこまで、のノリで遺跡に行けちゃうのいいですね」
 事実僕らは、朝食後すぐに徒歩でここまでやってきた。
「私もそこが気に入ってる。でもちゃんと遺跡だから。観光客が入れるのは、この橋を渡った入口付近まで。その先は許可が必要。いろんな意味で危険が伴うから」
「望むところです」
 僕らは観光客に混ざって、海岸線と遺跡をつなぐ長い橋を渡った。もうすぐ、というか今まさに干潮の時間だろうから、橋の下一帯は干潟が広がっている。
「遺跡内も海に浸かっているところが大半でしたよね。その分探索範囲は限られてきますけど、ルートはどうしますか? 可能な限りの下調べは済ませてきたので、ある程度は柔軟に対応できると思います」
「今日は外縁を周る。遺跡内で毎日釣りをしてる知り合いがいるから、彼に会えたら話を通しておきたい」
「遺跡内で、毎日釣りをしている、……知り合いの人」
「そう」


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