episode xiv 君と凪の丘で


 この不躾で物騒な集団がそこまでの気をまわしてくれる所以はないから、最後の客が出て行った後になだれこんできたのは偶然だと思われた。入り口ドアを乱暴に押しあけてわらわらと店内に展開。制服はグングニル機関のものだが、構えている銃器は対人用だ。
 アカツキはカウンター奥で訳も分からないまま両手を挙げた。カリンがフロアに居なかったのは不幸中の幸いかもしれない。彼女は厨房で皿洗いに勤しんでいた。
「サクヤ・スタンフォードがニーベルングと隊を率い、グングニル塔を襲撃している。共謀の疑いが高いアカツキ・スタンフォードを拘束する」
「いやいや……。何を今更」
疑問符を浮かべる前に、集団の先頭にいた隊員が律儀に説明してくれた。が、どうにも腑に落ちない。例の馬鹿でかい、白いニーベルングの強襲なら今までにも数度あったが、こんなふうにグングニル隊員が押し掛けきたのは初めてだ。監視は常にあったものの、それは逆にアカツキたちの身の潔白を証明するシステムになっていたはずだ。
(ナギとシグが何かヘマしたのか? ……って聞くわけにもいかないしな)
あまりにも身に覚えが無さすぎて、頭がまわらない。共謀と言うなら、その対象はサクヤよりもナギとシグのほうがはるかに納得できる。たまに食事と寝床を提供して、愚痴を一通り聞いてやって、必要なら物資を仕入れてもやった。その結果がこれだとしたら、なかなか割に合わない役回りだ。しかし今はそもそも二人の名前が出てきていない。
「サクヤくんが……見つかったの?」
カリンが厨房の陰から顔を出した。父に向けられている銃口に驚いたように目を見開き、誰に言われずともすぐさま身を縮こまらせて引っ込む。
「パパ……。何これ、ど、……どうするの……?」
「ちょっと待てカリン。パパも今いろいろ考えてる最中で……」
珍しく思考がままならない。というのも、先刻から何かとてつもない違和感が、どっかりと脳内に居座っているからだ。しかも、カリンがそれに拍車をかけた気がする。
(なんだなんだ~? なんかどいつもこいつも妙なこと言ってたぞ~。がんばれ俺! 俺の脳細胞!)
「パパ~……」
「両手を挙げたまま後ろを向け。妙な真似はするな」
 急かさないでくれ。そして今、新たな指示を与えないでくれ。アカツキは歯を食いしばって唸りはじめた。
「アカツキ・スタンフォード!」
湯だった頭でこちらが妙なことを口走れば、カリンに伏せていたあれやこれやがばれてしまう。カリンは察しも良ければ機転も利くし、頭の回転も早い。それだけじゃなく家事全般こなせるし、店の手伝いだって手伝いとは言えないレベルでこなしてくれる。さすが我が娘、なんという器量の良さ! ──などと逃避している場合ではない。とにかくカリンが不審に思わないように何かうまい説明を、と苦肉の策をひねり出そうとした刹那。
「サクヤ……?」
頭の中のフィラメントが、接触が悪いなりに明かりを灯そうとしている。
「そうだよ、パパ。サクヤくん、グングニルを攻撃してるって……なんで……?」
背後から聞こえる不安をいっぱいに積載したカリンの声。それで、アカツキの脳内接触不良も無理やりに改善されることになった。何故今になって急に、サクヤの名前が表舞台に浮上するのか、それが違和感の正体に間違いない。
「……じゃあまあ、大人しく投降するとしますか。言っておくが、カリンに手ぇ出そうものならそこそこ大事そうな情報なんかぜーんぶ溜めこんだまま自害してくれるからなっ」
彼らが望む類の情報はどの引き出しを開けても入っていないが、ここは嘘も方便はったりも命綱である。
「パパ……!」
飛び出してこようとするカリンを後ろ手で優しく制して、アカツキは無防備のままカウンターの外へ出た。そのままグングニル隊員に連れられ、店の外へ。確認したかったのは、塔の様子だ。いつかの夜と同じように、白い白い巨大な異物が塔にへばりついていた。そこだけが薄ぼんやりと光って見える。周囲の空が生き物のように蠢いていた。
 アカツキはぼんやりと見える塔を視界の中央に捉えながら、横目でグングニル隊員たちの襟章を確認した。一番隊。確か、初動調査や偵察を主要に行う「身の安全最優先集団」だったか。ナギの愚痴がこんなところで役立つ知識になるとは、などと苦笑が漏れる。賭けではあるが、前線で活躍する小隊よりも遥かに勝率は高そうだ。と、覚悟を決めた折、隊員が所持していた無線が不躾に叫び声をあげた。
『全グングニル隊員は黒いイーグル級を最優先! そいつを駆っているのがスタンフォードだ、三番隊はスタンフォードを狙撃! これを撃沈せよ!』
 ほら──。
「馬鹿じゃないの。私たちに人間を撃てって命令?」
 ほら見ろ。神がどうかは知らないが、振られた賽の目は最終的に正直者の味方をしてくれる。ライフル型魔ガン「クリエムヒルト」を肩に担いだ、小柄な戦乙女が店の外に立っていた。アカツキは万歳したまま「よう」などと場違いな声をかけた。ユリィは不快をこれでもかと言わんばかり顕わにして、すぐにまたいつもの涼しげな表情に戻す。
「三番隊。そんな人畜無害なニーベルングに構っている暇があるなら、目の前の撃つべきものを撃ちなさい。私もそうする。命令は以上」
「カーター少尉! どういうつも──」
「それはこっちの台詞でしょう。私の家族に乱暴な真似して、撃たれないなんてふざけた選択肢があるとでも?」
 吐き溜めの汚物でも蔑むような目は、はじめから一番隊の連中に向けられたものだった。クリエムヒルトは長距離、狙撃に特化した魔ガンだからこの場でユリィに蜂の巣にされるなんてことは冷静に考えればあり得ない。しかし一番隊の身の安全は十二分に揺らいでいることは明白だった。三番隊の「目の前」は基本的にスコープ越し、最大二キロ。加えてユリィのカリスマはグングニル小隊随一、彼女の命令に背く隊員はあの隊にはいない。それが知れているから、本人がこの場で何をしなくてもユリィの存在はそれそのものが脅威になる。
「で、どうするの。早く決めて実行してほしいのだけど」
「……は?」
「遅いと言ってるの。待ってられないわ。撃ってさっさと次に行く」
ユリィの静かなる怒気は嘆息と共にものの数秒で殺気になった。大惨事になる前に、アカツキが動く。隙だらけの両サイドをたたいて、先導していた隊員の後頭部を打つ。拍子抜けするほどうまくいった。アカツキの大活躍の間に、ユリィはのんびりとボルトを起こし、とりあえずとばかりにクリエムヒルトを構える。
「もう少し早くこういう風にしてくれればよかったのに」
業を煮やしたのはアカツキに対してだった。
「いや、待て。助けに入ったんだろう、チビスケは。それより大丈夫なのかグングニルってのは……俺は一般市民だぞ」
「退役軍人のことを一般市民とは呼ばない」
「それはそれ、これはこれだ」
 そもそも身の潔白が証明されてから久しいアカツキ一家を、今更拘束しようなどという判断自体が愚かである。まともな指揮系統が機能していないのだろうか。それは塔で咆哮をあげる白いニーベルングが立証しているような気もした。
「ユリィちゃん!? が、追いかえしてくれたの?」
「カリン、出てくるなって言ったろ」
 店の玄関から顔だけを覗かせたカリンが驚愕の声をあげる。
「アカツキが一人で蹴散らしたのよ」
「おいユリィ……」
そうに違いはないが、その言い方は幾分大げさだ。カリンは「パパかっこいい~!」などと興奮しているが、実際一番隊を撤退させたのはユリィの存在とそこにもれなくついてくる三番隊という背後霊的威圧である。
「黒いニーベルングをサクヤが駆ってる、か。……有り得な……くは、ないところが嫌なところだよなあ、あいつの」