episode xiv 君と凪の丘で


 抜群としか言えないタイミングで登場し、あの超コンドル級ニーベルングは人々の目を奪った。シグは苦しむサクヤを最後まで見届けることなく退室したせいで、他の者同様にサギのことを、サクヤがニーベルング化したものだと思いこんだのだ。機関が、白い翼の巨大ニーベルング=サクヤ・スタンフォードだと認識したことで、サクヤはニブル病患者のレイヴンとして暗躍することがより容易になったわけである。
「サギこそが、反王政派の筆頭だ。あれは自分の力を誇示し、エッグを手中に収めるためにグングニル塔を襲撃している。……見ての通りの脳足らずだ」
「その反王政のサギ派と、現王政の鶏派……を動かしているのは君だから、今はカラス派ってことになるのかもしれないけど、とにかく両勢力のニーベルングがグングニル塔上空に集結しはじめているみたいだ」
第二防衛ラインが落ちたことも、サギがグングニル塔を再び強襲したことも、すべてはここで勝負をしかけるためだったのかもしれない。
「君は、どうしたい?」
サクヤはごく自然に、ナギにその判断を委ねた。
 またザッと音がして一陣の風が通り過ぎた。ナギの髪を流し、ユキスズカの花弁が舞い、視界を覆う。一瞬サクヤが見えなくなった。その一瞬が過ぎても彼は消えずにそこにいた。
 風が止む。恐ろしく澄んだ世界だった。微動だにしない空気を揺らすのは、足元で懸命に咲くユキスズカの開花の音だけになった。凛と咲き、凛と鳴る。散り際までも美しく、それはまるで天使の羽のよう。
「この時間が、とても好きだ」
サクヤは独り言のようにそう呟いた。
 無音よりもはるかに静寂と呼ぶにふさわしい凪の時間。目を閉じても、そこに現れる暗闇はどこか優しかった。耳をすませば聴き慣れた鈴の音が鳴る。その音が、正しい方向へ導いてくれる気がした。
「サクヤ……もう一度だけ、私を助けてほしい」
「君が望むなら、何度でも」
優しさと自信に満ちた笑顔──それはとても、サクヤらしい表情のように思えた。ナギにも自然に笑みがこみあげてくる。
「グングニルの塔へ飛んで。あの場所で、全部終わらせないといけない」
「分かった。だったらこれは、君の判断に任せる」
サクヤはそれをジャケットの内ポケットから引き抜くと、そのままナギの手に握らせた。驚愕と緊張でナギは目を見開いた。一部始終を見ていたカラスも同様の反応を見せた。
「これ……どうして、サクヤが」
「最後の仕掛けが思いのほか上手くいった結果、かな」
何でもないことのように言ってのけるサクヤ。ナギは開いた口が塞がらないようで、半開きのままやっとのことで愛想笑いを浮かべるだけだった。カラスはこれに関しては口を挟まず、鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「不服そうだね?」
「……約束が違うように思うが、仕方がない。彼女の判断とやらが間違っていた場合は、私が手を下せばいいだけの話だ」
当然の権利だと言わんばかりに、何食わぬ顔で物騒な台詞を吐くカラス。その態度に合わせてサクヤも動じず笑顔で切り返した。
「不服なのは君だけじゃない。君らニーベルングの覇権争いにまで手を貸すなんて言った覚えはないからね。追加の担保だよ」
笑顔は保ったままとにかくさらりと、しかし視線はどこか冷やかだ。付き合いは浅いはずだが、カラスはサクヤのそういった機微を読めるようになっていた。これ以上は皮肉を吐かない方が懸命であると判断。ニブル混じりの鼻息を吐きながら、指図される前に両の羽を大きく広げた。そしてもう一度、世界のねじれの中心地、混沌と化したグングニルの塔を目指して飛んだ。