ドバンッ! という、どこか陳腐で教科書通りの砲撃音が鳴った。それがサギの爪を一撃で粉々にするほどの威力だったということ以上に、その奥でがむしゃらに手を伸ばす男にシグは眼を剥いた。
「だあああ! バルトちゃんと持って、支えて! ミサちゃんもうちょっと寄って! 落ちるっ落ちるっ!」
「……なにやってんの」
ミサゴの背にバルトが、そのバルトに支えられてリュカが魔ガンを持ったままこちらに身を乗り出していた。
「くそっ! シグか? リュカか? どっちだ、もたもたすんな! もたもたしてる方を引き摺れ!」
組体操の下の方の人みたく、バルトには目下の状況さえ把握できないようだった。ぎゃあぎゃあと危機感と恐怖感だけで喋る二人に、シグはただ呆気にとられるばかりだ。それを見たリュカが暴挙に出る。何か奇声を発しながら(おそらく自身を鼓舞するためだ)自らもサギの顔面に降り立つと、シグを横抱きに抱え上げ全速力でミサゴの元へ走った。その間、サギの闇雲な爪攻撃を捌いたのはもちろんバルトで、鮮やかではないが堅実な、普段通りの戦いぶりをみせてくれた。お姫様だっこされたシグが無事にミサゴに乗ったのを見届けて、リュカと共にもう一発をお見舞いする。速くて正確なミサゴの飛行に助けられ、三人は暴れ馬ならぬ暴れサギから距離をとることができた。
「吐き気がするから下ろしてほしいんだけど」
タイミングを見計らって、できるだけ角が立たないように普通を装ったつもりだったが、シグのいささかずれた気遣いによってリュカの火には油が注がれる結果になった。
「おい! 実はすっげー馬鹿なのか!? だよな! 絶対そうだよな! 今までお前のことちょっと賢いんじゃねーかと思ってた俺が馬鹿だったわ……! ……あ? ってことはどっちが馬鹿かわからねーじゃねーかよ!」
「……うるさ」
「んだぁっ! 俺より格下の癖にその態度!」
「階級は一緒だろ、寝ぼけてんのかよ」
シグは自分で言いながら気分が滅入るのが分かった。普段は忘れたふりというか気に留めないようにしていたのだが、シグとリュカの階級は同じ、曹長だ。
「階級がどうのじゃねーよ。全員無事に戻るのが最優先事項つったろーが! お前のための命令だろ? んなことも分からねーくせに偉そうぶってんじゃねえよ!」
シグは馬鹿みたいに口を開けたまま、固まっていた。バルトは両耳の穴につっこんだままだった指を抜きながら深々と嘆息する。
「シグ、お前あそこで格好良く死んでやるつもりだったか?」
「いや、俺は……」
「違うんだったら、人としてまず言うべきことがあるだろうが」
お父さん、いやバルトの後ろで、鼻息を荒らげたままのリュカがうんうんと頷いている。
「……アリガトウゴザイマシタ」
「……ねえミサちゃん、聞いた? 今の。俺こんなに心のこもってないありがとう聞いたの生まれて初めて」
「そう責めるもんでもないよ。ちょっとやり方が真面目すぎたってだけさ。結果オーライなんだ、だったら反省なんか全部終わってからでいいじゃないか」
「なるほどね~。まぁ、ミサちゃんがそう言うならそういうことにしといてやってもいいかもね」
「……アリガトウ、ゴザイマス」
シグは突っ込まなかった。いつの間に愛称で呼ぶほど仲良くなったんだこいつらは、だとかミサゴは言葉をどこで仕入れてきたんだとか──どう考えても場末のバーのママの貫禄がある。あるいは、バルトの高所恐怖症はどうなっただとか。高度がありすぎて感覚が麻痺したのかもしれない。
「さあて、サギは? 随分落ちてきたな。こっちにはリュカもいることだし、このまま上から砲撃するのもありか」
「あ、それならハヤブサから伝言きてるよ。上に乗ってたお嬢さんからだろうけどね。『下から一斉射撃するから巻き添え食らわないようにとっとと下りて来い』だそうだ。いいねぇ、派手なのは嫌いじゃないよ」
「……シグ、お前もう片方の奥歯もなくなるかもしれんな」
青ざめるバルトとは対照的に、シグは思わず笑っていた。命令違反未遂が、補佐官殿からの鉄槌一撃で済むなら安いものだ。その際は四の五の言わずに思いきり殴られておこうと考えた。