episode ix ミイラ捕りがミイラになった理由


 特別討伐対象“サギ”強襲の概要、それに伴ったグラスハイム市街戦についての報告──そういう名目で零番隊に所属する者が例外なくグングニル塔に召集された。零番隊隊員が一堂に会するのは、実質これが初めてだ。召集は機関右翼の代名詞とも言われるメイガス大佐名義で行われた。零番隊を取仕切っていたのが彼だったということ自体、ナギとシグは初めて知ったくらいだ。それほどにこの隊は特殊で、不気味で、公にし難い存在なのだろう。
 彼らが集められたのは本部敷地内の屋外円形演習場。分かりきっていたことだが、ナギとシグは注目の的となった。二人の周囲3メートルは、見えない壁でも張り巡らされているかのように人がよってこない。好奇と侮蔑の眼差しだけが無遠慮に注がれた。
「イライラしてる?」
 シグは欠伸を堪えながら、隣で黙りこくったままのナギに視線を移した。
「え? イライラ? は別にしてない。早く終わらせて、カレー食べに帰りたいとは思ってるけど」
「同感。そのために朝食抜いてきたんだし」
堪えたはずの欠伸が、気を抜いた一瞬で漏れてしまった。今日はこれさえ終わればアカツキの店に立ち寄って、煮込んで2日目の極上カレーにありつける予定だ。シグはそいつを腹にいれるために朝食を抜く徹底振りである。おかげで血圧があがっていないようだが。
 周囲が二人のことをどう思おうが、当人たちにとってはどうでもいいことだった。いい加減に慣れたという方が正しいのかもしれないが、いずれにせよ気に留めるようなことではなくなっていた。ただ、視界にちらつく元八番隊隊員については例外である。とりわけナギは、彼らを目で追ってしまっていた。しかし視線がかち合うことはない。
 それとは別に、無意識に近いレベルでいないはずの人間も探してしまう。バルトとアンジェリカ──二人は零番隊に参加していない、らしい。その事実を知ったのさえ、つい最近のことだった。二人は査問会の後、十ヶ月後の拘束が確定している監視付きの生活を選んだ、ということなのだろうか。事実関係は分からないままだ。ナギには二人と接触する術がない。
「ここ、やけに空いてるわね。隣、いい?」
「あー、どうぞどう……ぞ」
 零番隊の中にも空気の読めない輩が居たか、と適当に応対した矢先、隣に陣取った小柄な隊員に目を剥いた。
「何? 問題あるの」
「いえ……全く」
 ユリィはナギの態度に疑問符を浮かべつつも、圧迫されずに立っていられるナイスなポジションを確保できたことにご満悦のようだった。シグも反対隣で平静を取り繕っていたが、実のところ妙な汗をかいていた。まあ二人でいても目立つのだ、ユリィ一匹増えたところで周囲の視線が変わるわけでもなし。
 などとあれこれ葛藤している間に、壇上にメイガス大佐が現れた。“サギ”のこれまでの出現傾向に始まり、以前の戦闘記録に見られる行動パターン、ニブル排出量、そして今回グラスハイムを襲った際の被害状況などが矢継ぎ早に説明される。早急に復興が必要とされるのは、市内とグングニル塔とを結ぶ大通りと、二次被害が著しかった教会周辺とのことだ。
「(サギを撤退に追い込んだのは、例の八番隊補佐ってのはほんとか?)」
「(うまくできすぎてると俺は思うけどね)」
「(パフォーマンスってやつ?)」
「(エヴァンスがカーター隊長と共闘してたなんて情報もあるけど)」
 黙って話を聞いているだけで、特に欲しくもない情報まで耳元をかすめる。噂話には尾ひれがついてまわるのが常で、そのひとつひとつに反応していたらきりがない。従って全部無視、という手法をとっていたのだが、今回はそのひとつに気にかかるものがあった。
「(なあ、例のブラックマーケット。あれから情報入ったか?)」
「(いや、どうもグングニル隊員は徹底して避けるらしい。モノ自体は、機関が所蔵してるのより上だって話もある。モグリってレベルじゃないことは確かだな)」
「(徹底なんて言っても、結局この中にも顧客がいるわけだろ)」
「(俺は素人が魔ガンを所持してるって方が怖いけどな)」
 ナギは、どこかで交わされている噂話のひとつに完全に意識をうつしていた。初耳のはずだが、全く以て驚愕の事実というわけではないのはなぜだろう。既知情報である気さえしている。
「魔ガンの闇市ってやつか。そういや、一時そんな話も出てたな」
 シグが隣でぼそりと呟く。驚愕といえばこちらの方が驚愕だ。どうやら全く同じ話に耳を傾けていたらしい。
「知ってるの?」
「ナギだって知ってるだろ。違法に手に入れた魔ガンをこぞってぶっ放してくるど素人集団」
 何その危なすぎる連中──と他人事みたくつっこもうとしたところで言葉を失う。思い当たる節がある。ありすぎる。連中なら、収集した魔ガンを転売する程度のことはやってのけそうだ。
「レーヴァテインが関わってるかもってこと?」
「たぶんね。だいたいからして、あの連中が“サギ”についてノータッチって方が不自然だと思わない? 鳴き声録音してニーベルング呼ぼうとしてた奴らが」
「確かに。もっと表立って動いてそうなのに」
「レーヴァテインは、サギ出現当時から関連が疑われていたわ。なりを潜めているのはそのせい」
 ごくごく自然に会話に参加してきたユリィに、ナギが、そしてシグが揃って半歩後ずさる。ユリィだけが動じず話を続けた。
「加えて、機関にとって彼らは鬼門。探りを入れられるようなパイプを持っていない。結果捨て置かれてる。ここを攻略できれば、局面はがらりと変わるかもしれないわね」
 ナギは小さく唸りながら頷いた。
「レーヴァテイン……。シスイ・ハルティア、か」
「ナギ、まさかあれと接触する気?」
「試してみる価値はありそうじゃない」
「簡単に言うけど、シスイに何されたか覚えてる? そもそもあいつらと闘りあったのが原因でイーヴェルの掃除にも行かされたわけでさ」
「危険は承知の上で動かなきゃいけない局面だと思う。このままグラスハイムに留まったってこの前の焼き直しになるだけでしょ。それに……直接聞いて、確かめてみたいこともあるし」
 パイプはある。ナギ自身がそうだ。もしこのカードが他の零番隊が持ち得ない切り札であるならば、出し惜しみせずに切っておくべきだとも思った。
 シグはあからさまに不服そうだったが、自分の主張を通そうという気はないらしい。それきり反論らしい反論はなかった。


「……で、ユリィ隊長は、なんでちゃっかり付いてきてるんですか」
 ただしこの件については話が別である。ナギが半ば諦めているからこそ、きちんと指摘しておくべきだろう。
 ユリィは出された紅茶に口をつけている真っ最中だったから、視線だけを気持ちシグの方へよこすだけだった。なまじ端正な顔立ちだけにその上目遣いはどこか官能的でもあるのだが、そんな感想を持っているのはナギだけだったらしい。シグは半眼、顰め面のままだ。
「何故? 同行しない理由が見当たらないからよ」
「言葉遊びをするつもりはありません。言ったはずですよ。俺はナギを優先する。あなたがどういうつもりだろうが邪魔だと感じたら撃ちます」
「そう、良かった。それなら今は邪魔になっていないってことだものね」
 ユリィが音もなくカップを持ち上げる、おかげでシグが隣で小さく呻いたのが聞こえてしまった。こうなる気はしていた。だからナギは始めから我関せずを貫いたのだ。
 三人は、グラスハイムから汽車で数分足らずの距離にあるヴィーンガルブ市に来ていた。ヴァーラスガルフ、グラスハイムにつづく中央第三主都。セレブの居住区として知られるこの静かな街に、レーヴァテインの本部がある。もう少し言うと、三人はそのだだっ広い施設内にある応接間に既に通されていた。煉瓦色を基調とした落ち着いた空間、その中央にある同じ色のソファーに腰掛けて、無言のまま威嚇し合っていた。