「この“スワン”が、第二支部と……おそらく一部上層部が抱え込んできた秘密の討伐対象ってことはだいたい理解できた」
「ほんとに話が早くて助かります」
「討伐難易度が極めて高いってこともね」
ナギは、おっしゃる通りとばかりにただにこにこ笑っている。それはそうだろう。歯に衣着せに物言いをするならば、ニーベルング一体が世にも珍しい氷のオブジェと化しているところで大した脅威にはなり得ない。氷を砕く、それどころか湖の水すべて蒸発させるくらいの熱量と威力が魔ガンにはあるからだ。それをせずに、三年間見守ることしかできなかった理由は無論この場所そのものにある。
ラインタイトは爆発性物質を多分に含んだ鉱石だ。全方位を高純度ラインタイトに囲まれたこの場所で、火のついたマッチ一本落とそうものなら、ありとあらゆるものが跡形もなく消し飛ぶ。地図を描きかえる事態になる、といっても大げさではないだろう。加えてこの鉱山の政治的、市場価値は計り知れない。仮に命を投げ出して討伐したとして、国土の一部を吹き飛ばしたうえ小国の国家予算分くらいはありそうな量のラインタイトを消し炭にしたとなれば、世紀の大罪人として歴史に名を残すことになるだろう。
討伐はできない、ではどうするか。
「とりあえず、このまま凍らせておこう、みたいな」
「そのまま三年経って今に至る、か。確かに、永久凍土ってかんじの厚さじゃないし、そろそろ限界が近そうだ。もし氷が溶けて、スワンが目を覚ました場合どうするかは決まってる?」
「暴れて鉱山を破壊して、外界に出てくるのを待つしかない、とか」
「籠城されたら? そもそもこの場所に凍るまで留まった理由は、そこかもしれない」
「それを今私に言われてもね……」
ナギは早々に匙を投げた。想定されるケースどれをとっても何かしらの派手な損失は覚悟せねばならない、そんなことは承知の上である。そのあたりの議論が堂々巡りするから、文字通り問題そのものを凍結させることにしたのだ。
「難題だなあ……」
独り言ちながら立ち上がるサクヤ。
「これが私たちの冬休みの宿題だね。この場所は3時間交代で見張りを立てるから、次の交代員が来るまでしばらくは留まりましょう。夜間は動けないから隣のロッジが詰め所代わり。帰りに案内するね」
「ありがとう。それとできれば、今朝ナギが言ってた“ニブルの吹き溜まり”っていうのも見ておきたいんだけど」
「ああ。それならここからちょっと下降にある沢だから、後でいっしょに。タイミングによっては、またニーベルングに出くわすこともあるし」
ナギは終始慣れた調子で、とにかくいろんな「普通でないこと」をあっさりと言ってのける。だからサクヤもそれに合わせて、とういか自然に耐性が養われていった。既成概念はその都度痛快に塗り替えられていく。脳は実に健康的にアップロードされていく。
確かにここなら──納得のいく答えにたどり着く可能性は高いのかもしれない。5年という限られた時間の中で、自分が何を成し、何を諦めるのか。サクヤはその答えの片鱗を、この場所で見出せる気がしていた。そしてそんなことよりももっと単純で原始的な期待が、自らの胸を高鳴らせていることにも気づく。
面白くなりそうだ──それが、サクヤが抱いた中部第二支部への出向に対する、二日目の感慨だった。