「うるっせえな! 誰か死ぬかスワンが暴れる以外で繋げてくんなっつったろ! 死んだのか! あ?!」
「あ、キャプテン。サクヤが話したいって」
ハロルドはディランの怒声をまるっきり無視してサクヤに席を譲った。最悪だ、と思ったが説教にも世間話にも時間を割いている暇はなかったからこれで良かったのかもしれない。
「サクヤ。状況聞いたなら引っ込んでろ。指示は追って出す」
「提案をさせてください。うまくいけばミドガルズオルムは撃てます」
「おもしれぇ。一分で話せ」
「じゃあ状況確認を手早く。ケーブルの破損具合を詳しく教えてください。それとフラミンゴ……ケーブルを食い破ったその赤いニーベルング、原型は残っていますか?」
「ああ? 頭は吹っ飛んじまったが、それ以外は忌々しく残ってはいるな。それがどうした。この期に及んで調査だなんだのは言ってくれるなよ!」
ケーブル内は普段は真空状態だ。ブリザードがきて、ディランが命令を出さない限り、その中にラインタイトエネルギーが通されることはない。偶然か必然か、フラミンゴはまさにその試験供給中に、ほとんどまっすぐ突っ込んできてケーブルを食い破ったらしい。そこで今世紀最大の大爆発を起こさなかったのは、試験供給の際、流されるエネルギーが微量であったことに尽きる。それでもイーグル級の頭部は風船が破裂するみたいにあっけなく吹っ飛んだし、ケーブルはニーベルング二、三体がすっぽり入れるくらいには大穴が開いている。
後ろに控えていた補佐官のセルゲイがそんなふうに説明してくれた。ニーベルングの頭数で被害状況を伝えてくれたことは、今回に限っては手間の省ける最善の方法だった。
「それなら試してほしいことがあります。その赤いニーベルングを蓋にして、試験供給はなしに一気にエネルギーを送ってください。一度くらいなら持ちこたえられるかもしれません」
双方に一瞬の沈黙があった。息苦しいほどに重い沈黙だった。
「……かも、だ?」
だから相応に重苦しい呟きで沈黙は破られる。
「それじゃ困るんだよ。失敗したらどうなる? ミドガルズオルムがぶっ壊れるくらいならいい、最悪基地そのものが吹っ飛ぶ可能性がある。そうだな?」
「可能性は当然あります。ゼロにはならない」
「お前、基地の連中に犠牲になれって言ってるのか?」
「そうは言っていません。ただ、今は可能性の高いほうにかけるべきです。犠牲になれと言っているのではなく、そうだな、えーと……腹をくくれってところです」
「腹を……くくれだ?」
「ええ。それが一番しっくりくる気がします。もし基地が吹っ飛ぶようなことがあれば、僕もスワンに一発撃って歴史に残る大悪党として派手に自爆しますから。それくらいの腹積もりはできています。ですから、今回は……私を信じてもらえないでしょうか」
最後だけ尻すぼみになったのは、一刻を争う事態とは言え、さすがにこの運び方は度が過ぎていたように思えたからだった。いくつかの配慮を欠いている自覚はあったし、いくつかの言葉選びを盛大に間違った自覚もある。だから手遅れだとは思いながらも、最後だけ、部下から上司への進言という体裁を整えてみた次第である。
再び訪れた沈黙が何を意味するのか、サクヤは測りかねていた。そして今度は、一気に破られる。ディランの口から漏れたのは、豪快な高笑いだった。
「いいぜ、気に入った! 乗ってやろうじゃねえか! おいセルゲイ! 全隊員に今の一言一句違わず伝えろ!」
「最初から全館放送です」
「おう! 手間が省けていいじゃねえか! そういうことならとっとと蓋しに行くぞ!」
「それももう行ってます。ただ、さっきも言いましたが穴の大きさからしてイーグル級一体で塞ぐことは不可能かと」
「だったら二体でも三体でもかき集めて敷き詰めろ! それでだめなら俺たちゃそろって命と職を失うぞ! サクヤ! 聞こえたな! こっちの準備ができたら無線で知らせるからハロルド残してそっちも迎撃準備にかかれ! まー死に物狂いで急いでもどうせ二時間はくだらねぇしな!」
無線機を通して響くディランの爆笑をBGMに、快く、溌剌と、了解の一言を発する予定だった。が、出鼻をくじかれる。二時間? ──それは何の手間を加味した時間なのだろうか。二時間あれば、当然のことながらブリザードは明けているだろうし、下手をすればニーベルングの大名行列のクライマックスに差し掛かっているところかもしれない。
そう思ったままを口にすると、ディランの高笑いが瞬時に止む。
「サクヤ、お前、ミドガルズオルムを何だと思ってる?」
「何、って、魔ガンですよね。キャプテン専用の、固定砲か何かの類だと」
「……ナギ、お前説明してねぇのか」
「初日に案内しました。こういうことになるとは思ってなかったので、撃ってからびっくりさせるのも一興かと思って」
「撃ってからびっくりさせるだ!? ナギ、お前状況考えろ! 概要説明する時間くらいあっただろう!」
無下に怒鳴られるのはかわいそうだとは思いつつ、サクヤは胸中で何度もうなずいていた。
「そうですね、すみません。サクヤが何を言いたいのか私もそんなに理解してないんで、タイミングを逸してました。基本的に意思疎通はかれてないんですけど、概要くらいなら今からでも説明できると思います」
淡々と毒のある報告をかますナギにサクヤが目を剥く。彼女はついさっきまで繰り広げていた平行線の議論について、静かに、何食わぬ顔で、しかし確かに根に持っている。
「そうか! それは仕方ねぇな! 伝わる範囲でかまわねえから、弾がサクヤめがけて飛んでいかねえように最低限の説明だけはしてやりな! 誤爆しちまったら夢見が悪いからな!」
「了解」
どの単語をとってみてもおかしなことを言っているに違いないのだが、サクヤに首をつっこむ猶予は与えられなかった。この非常時に終始楽しそうなディランと、慌てるそぶりも見せず怒鳴られて、謝って、無線を切るナギ。肝が据わっているという表現で片付けていいのかも迷うところだ。
ともあれ胸をなでおろす。本部で同じことを同じように提案したら、問答無用で却下されるか、四方八方から非難を浴びてわけのわからないペナルティをしょい込むかに相場は決まっている。それがここではまかり通った。多少の変人扱いと引き換えではあったが。
果たしてブリザードは明け、ダイヤモンドダストが辺り一面を煌めかせる、幻想的な舞台が幕を開けた。本当なら、このめったに拝めない美しさを堪能したい。それはサクヤのみならず、もともとの中部第二支部の面々についても同じである。大変残念なことに、彼らは非常に険しい顔つきで大気中の天然ミラーボールをにらみつけ、新雪という名の真っ白すぎる怨霊に足元をすくわれながら高台へ移動していた。
山越えするニーベルングの迎撃準備、といえば聞こえはいいが実際したのは戦闘準備というより登山準備だった。雪もまばらになった頃を見計らって、コテージを出たのが三十分ほど前のことだ。ミドガルズオルムの発射準備完了の合図は、未だなされていない。
「簡単に言うとニブル誘導の自動追尾弾。ミドガルズオルムの開発と設置は、使用者権限を完全に固定することでぎりぎり許可されたものなの。だから実戦配備されてるのはうちだけ、撃てるのもキャプテンだけってわけ」
ナギは慣れた足取りで先頭を行く。サクヤとジェシーはその後を懸命に追う。本当は相槌などうっている余裕はないのだが、思考は勝手にミドガルズオルムの方へ持っていかれてしまう。
「なるほど。フラミンゴがまき散らした基地周辺のニブルの除去に二時間ってところか。誤爆がどうのって言ってたのはさすがに冗談だよね?」
「ニーベルングが吐き散らかしてるニブルめがけて飛んでいくから、こっちがニブルまみれにならない限りは大丈夫だと思うけど」
一回の発射で200発。ナギが言うには、それで九割以上のニーベルングを落とすことができるらしい。数にもよるが、残党を何が何でも討伐するような真似はしない。ブリザードなど来なくても、どうせ月に数体は第三防衛ラインを越えるニーベルングは出る。そこまでいちいち気にしていたらきりがない。
「それにしても、その規模の固定砲なんか基地内にあったかな? 案内してくれたっていうけど、全く覚えがないんだけど……」
これには後方でジェシーが噴き出した。
「毎日丁寧に雪かきしてやってんじゃねえかっ。これで誰もさぼらねー理由が身に染みてわかったんじゃないか?」
「え……」
笑いをかみ殺すジェシーの隣で、サクヤは半信半疑のままナギが応えるのを待っていた。
「だから基地そのもの。天井も壁面も全部ミドガルズオルムの発射台」
「なんだ、サクヤ。そんなことも知らずに雪かきやってたのかよ~! 真面目ちゃんかっ!」
この緊急時にどこか嬉しそうなナギと、声をあげて笑い飛ばすジェシー。これが平常時なら和やかな談笑のネタになったのだろう。だが今は、こんなにもしっかり一本とられている場合ではないのではないか。こみあげてくる何とも言えない恥ずかしさを、咳払いでごまかした。
「ハロルドから無線は?」
「ない。分かってたけど間に合わなかった」
高台から望むスヴァルト連山の雪景色は、絶景そのものだった。きらきらと、本当に宝石のように輝きながら雪が降る。繊細で幻想的だ。できればもっと別のシチュエーションで、この光景を拝みたかったと思う。
煌めく視界の奥で、ニーベルングの群が蠢いていた。
「僕らの役割は足止め、というか時間稼ぎだね。狩れるときは狩るべきだけど、作戦の本質を忘れないようにしよう」
おもむろにジークフリートを引き抜く。
スヴァルト連山を通してしまったら、後は第三防衛ラインで文字通りの最終防衛にあたることになる。功績だの今後の進退だのが脳裡をよぎらないこともないのだが、今はそれよりなけなしのプライドが、この場の死守の動力源だった。
これみよがしに煌めく視界に、コーヒーの沁みのようにじわじわと広がる暗黒。その闇は、世界から祝福されているかのようだった。その矛盾をひどく気持ち悪く感じる。それを矛盾だと感じる自分を、どうも気持ち悪く感じてしまう。
作戦の本質を忘れないようにしよう──もう一度胸中でつぶやいた。