ただの一言も発せず、サクヤは淡々と魔ガンを撃った。視線の先では、ニーベルングの団体が群に群れて移動しているから、そう精密に狙いを定めなくても「数うちゃ当たる」状況だ。
だからこそ、一撃必殺を狙いたい。目的は威嚇と挑発のはずだったが、サクヤの弾は悉くニーベルングを仕留めていった。
開戦早々、ナギは後悔しはじめる。口車に乗せられてつまらない賭けを承諾してしまったが、これは何をどう頑張っても勝てる気がしない。十秒間隔で一体は撃墜するサクヤに対して、ナギの発射間隔は良くて同程度、五回に一体、当たれば僥倖である。当たったとして、必ず墜とせるわけでもない。
(やっぱりサクヤって、規格外なのかも……)
馬鹿ばかしくなって、これみよがしに嘆息した。開戦前にサクヤが何の気なしに言った「作戦の本質」とやらから、自分はどうも逸れていたことに気づく。気づいてしまったからには修正せざるをえない。半ばやけくそに、気持ちを切り替えた。
できうる限りの連射方式へシフトチェンジ。致命傷は与えられないが、足止めと攪乱にはもってこいだった。自然、それはサクヤへのアシストになる。
「いいね、それ! うまいやり方だなあっ」
引き金を引くついでに、サクヤが子供のように笑う。
ひとの気も知らないで──などと胸中で愚痴ってはみるのだが、口元はつられてほころんでしまった。
危機的状況下ではあったが、各々が各々の役割を平常通りこなすことはできた。そういう余裕があったのは、勝機が確実にこちらにあることが知れていたからだ。自分たちはあくまでも足止めで、ミドガルズオルムの発射準備が整うまでの時間稼ぎである。
その前提を覆さなくてはならない事態になるまで、実のところそんなに長い時間は必要なかった。
開戦から三十分ほど経っても、ハロルドからの連絡はない。サクヤたちが陣取った高台上空にはニーベルングの先遣隊が飛び交い始めていた。厄介なことには、そのうち数体が地上に降りたって、目障りなグングニルの犬を探索しはじめた。さらに厄介なことに、その捜索隊を統べる長らしきニーベルングが、ちょっとした灯台くらいの全長を誇っていた。
アルバトロス級──めったにお目にかかれない、事実上の最大等級のニーベルングである。たった三人で相手取るには分が悪すぎる。だから地形を利用してビバークし、息を殺して身を潜めるしかなかった。
戦闘開始から二時間はとうに過ぎていた。
(ニブルの除去にここまでかかるはずはない。……そもそも穴が塞げなかったか、あるいは別働隊の襲撃を受けた、か)
「ちょっと……」
(どっちにしろ時間稼ぎそのものが既に破綻してるな。となると、優先順位も変わるし──)
「ねえ、聞いてる?」
(ここに留まるのは得策じゃない)
「サクヤっ。二人で固まる必要ある? 見つかりやすいんじゃない、これ」
サクヤとナギは岩壁の段差とくぼみを利用して、ニーベルングの追跡から身を隠している状態だ。わざわざ狭いなかを二人で共有しているのは、同じ方向に退避してきたからという単純な理由であって、必要性という観点からして言うならば、ない。強いて言うなら、暖が取りやすいという利点があるにはあるが、それは口には出さずにおいた。
「ナギ。今から二人で役割分担をして、このあたりのニーベルングを一掃しよう。ちょっと君にも負担を強いるけど」
「イッソウ」
いくつかのキーフレーズの中でナギがオウム返ししたのは、その現実味のない一単語に尽きた。サクヤは何故かそれを了承ととって、役割分担とやらを説明しはじめる。簡単に言うと、サクヤが囮になってニーベルングを引き付けたところを、ナギが渾身の一撃なり連撃なり全弾発射なりで一網打尽にするという大変わかりやすいものだ。
「囮って……そんな、うまく食いつくもの?」
もっともな不安を口にするナギ。これにはサクヤもばつが悪そうに頭をかく。
「実はちょっと……コツがあって。こっちは任せてくれて大丈夫。うまくやるよ」
コツの詳細にはサクヤが触れたがらないので、ナギも曖昧にうなずくしかない。
そうと決まると、サクヤはジークフリート一丁を握りしめて、針葉樹の中を駆けた。こういうふうに無防備に躍り出ただけで標的にしてくれるのは、近場にいる二、三体が限度だ。そこで彼が知っている、あまり推奨されない類のやり方が功を奏す。
目の前の標的に食いついてきただけの、猪突猛進なイーグル級に無造作に一発を放った。実際は普段より入念に照準を定めて、である。ずらして、といったほうが的確かもしれない。サクヤの放った一発は、ニーベルングの頭部をかすめて爆ぜた。獣じみた咆哮が轟く。爆炎と粉塵で視界がかすれた。確認はとりづらいが、致命傷には至っていないはずだ。それでいい。この場合、死んでもらっては困るのだから。
雪が気化して、辺り一面に蒸気が立ち込めた。その中を巨大な影が躍る。輪郭が鮮明である必要はなかったから、サクヤはまた、頭部を掠め取るように狙って撃った。苦悶と叫び声をバックに、もう一発。三体目に対しても、同じようにわざわざ致命傷を避けた。
轟く咆哮。獣じみてはいるが、それはまぎれもなく悲鳴だ。その絶叫を聞いて、ニーベルングは次々とサクヤのもとへ集結しはじめる。そうして集まった個体を、また一体一体機械的に撃っていく。できるだけ丁寧に、そして無造作に。
──こういうことが好きな人種もいる。つまり、自分の狩場をつくって独擅場に敵をなぶることが、という意味だ。実際、二番隊の中にもそういう輩はいて、全隊洗い出せば一定数は確認できるはずだ。
サクヤ自身は、この行為に好悪は抱かない。必要と判断すれば難なくやるし、そうでなければこんなまどろっこしい手段は選ばない。ただそれだけだ。いつもは。
(気づくんだろうなあ、やっぱり)
彼は今、自らの行為に嫌悪を感じている。ナギがそう感じるであろうことを想像して、彼女の軽蔑の対象に入ることを想像して、そして思考の基準がそういう方面に傾いている自分にはっきり不快感を覚えている。
集中していれば余計なことは考えずに済むと思っていたのに、手元と頭の中は別々に意思を持って活動していた。残念なことに、元来自分はそういうことができてしまう、器用なほうだ。
「ナギ! いこうか!」
準備としては十分すぎるほどのニーベルングをかき集めた。切り替えるために声を張り上げる。かといって、どれだけ腹から声を出したところで、ニーベルングの咆哮と魔ガンの爆発音の中ではかき消されることは明白だ。だから予め決めていたとおり、、ペイント弾を針葉樹の天辺向けて撃った。後は全速力でこの場から退避する。ここでもたつくわけにはいかない。応戦をやめて、90度左の道なき道へ這いながら突き進んだ。
サクヤの不可解な行動の意図など、ニーベルングは汲み取るはずもない。方向転換したなら、その方向へ追うだけだ。生い茂る針葉樹が天然の格子となって、かろうじて行く手を阻んでくれた。それがなければ、先頭のイーグル級に足の一本や二本、もっていかれていたかもしれない。
打合せ通り10秒のインターバルの後、背後で爆発音が鳴った。地鳴りと熱風がほんの少しだけ遅れてやってきて、サクヤの平衡感覚を奪う。爆風に煽られて、半分身体が宙に浮いたかと思うと勢いよく前方に倒れこんだ。
どろどろに溶けた雪の上に身体を投げ出したまま、振り向いて後方の壮絶な光景を見届ける。爆発音は全部で12回、ほとんど間を置かず轟いた。ブリュンヒルデによる連続爆撃で、ニーベルングも樹も土も原型をとどめないほどに粉々になっていく。形が残っても、それはもはや火だるまでしかない。
「はは……、圧巻」
辺りが静まり返ると景色が見えてくる。森の中に巨大な道ができていた。その一直線上に、サクヤがかき集めてきたニーベルングの死骸が並んでいる。十数体のイーグル級の死骸は、墜ちた隕石のように炎をまとって燃え盛っていた。
「おい! 何やってんだよ、お前ら! このままじゃ山火事だぞ!」
異常な事態の中心地にいたおかげで、ジェシーとも合流を果たすことができた。ただし彼は、第一声のとおり半狂乱だ。