「フラミンゴの今回の行動が、自らの意志によるものなのかが気になっています。……結局、その前の旋回行動も謎のままだ。これらが何を意味していて、何かにつなかっていたのかどうか。見落としているなら恐いと思って」
「探偵みたいだな。偶然、とは思わないんだね」
「こんな偶然は、ありえないですよ」
意味不明に基地周辺を旋回していたニーベルングが、偶然、ミドガルズオルムの動力供給にしか使っていないケーブルを食い破りにくる。それも単騎で。
「僕ら人間に置き換えてみると、ちょっと恐怖すら覚えます」
「……サクヤは、ニーベルングの社会性みたいなのを研究してる人だったっけ?」
「はは、そういうわけでは……。でも皆無なはずはないんです。そうでないとつじつまが合わない現象が多すぎて。フラミンゴのこの行動も、自己犠牲精神に基づくものかもしれないし、仲間に、強制されてなのかもしれない。結果がこれですから、どちらでも同じだと言えばそうに違いないんですけど……。そういうことに目をつむってしまうと、僕らは何かを根本的に間違えて生きてしまう気がする」
「なるほど。なんだか面倒そうな課題を抱えてるね、君は」
面倒そう、という感慨ならセルゲイの立ち位置のほうがよほどふさわしい。ナギのいうとおり、確かに彼はディランの右腕として、千手観音なみの手さばきで庶務をこなしている。有能であることに間違いはないのだろう。
「いや、単に相性じゃないかと俺は思うよ」
「え?」
言いながら、セルゲイはメジャーの端をサクヤに持たせると、脚立を組み立て、てきぱきと炭化した三体のニーベルングを計測しはじめる。実際はケーブルの穴の直径を測りたいのだが、ニーベルングの死骸は見事なまでにきっちりと敷き詰められていたから、どちらを測っても大差はない。
「俺のことを羨望のまなざしで見てたから、なんてできる補佐官なんだろうって思ってんじゃないかと思って。まちがっちゃないけど」
思わず身震いする。こわい。心を読まれた。それとも、すべてが顔に出るほど呆けていたのだろうか。それはそれで危機感に欠けている自分がこわい。
「遠からず近からずというか……。キャプテンの補佐は、普通より大変そうだと思って」
「大変。給料二倍はほしい。補佐っていうか、俺もうオカンだからね。キャプテン、俺いないと仕事してくんないと思うんだよね。つまりこう、実は中部第二を仕切ってるのは実は俺なんじゃないかっていう……」
セルゲイは至って真面目に「黒幕・自分」説を披露してくれる。今回も、早急なブリザード警報の準備から、サクヤの提案を迅速に実行するための先回りの指示、滞りのない宴会の実施、先陣きっての事後処理と、とにかくディランの指示を先どって奪いつくすという悪徳っぷりだったとのこと。
その話しぶりが面白くて、サクヤは笑いながら聞いていた。
「だからさ、ちょっと特殊な信頼関係ないと続かないよ。結局給料二倍はもらえないし」
「特殊なっていうのは」
「んー……? そうだな、よくある『互いのことはだいたい解ります』みたいな、奢った気持ちは持たないことかな。そういう関係を否定するわけじゃないけどね、ただどっかで頭打ちになるでしょ。相互理解が『完了』してると思うと、努力を怠たるし、変化を嫌うし、敬意も欠く。他人の考え方なんて何がきっかけで変わるかわからないんだから、関係性なんか日々更新するくらいがちょうどいい。……サクヤの影響で、キャプテンも他の連中も考え方を更新しはじめてるのは確かだしな」
「それは逆も、そうですよ」
「そうそう。だから、ちゃんと話して擦り合わせていく。そういう日々の積み重ねが土壇場でちゃんと花咲かせて、俺みたいに気持ち悪いくらいの先回りができたりする。有能な補佐官は、有能な上司ありきってこった」
セルゲイが脚立から小気味よく飛び降りると、足元の雪が煙のように舞い上がって一瞬視界を白く染めた。
「なんていう、ありがたみもなにもない説法はこのあたりにしておいて、そろそろキャプテンくらいは起こさないとまずいな。遅くても、昼前には本部からアクションがあるだろうから。……名残惜しいだろうけど、良ければこっちの仕事も手伝ってくれると助かる」
「それは、もちろん」
セルゲイ自身は、もはや芸術的としかいえないニーベルングの消し炭合体オブジェに興味はみじんもない。ケーブルの破損具合の詳細と周囲のニブル濃度くらいわかれば、この場所に用はないのである。サクヤのほうは、実のところ元からこの場所に明確な用はない。それでも何故かもう一度だけ、フラミンゴの死骸を見上げた。
セルゲイと共に基地に戻って目にした光景は、昨日の地獄絵図の続編であった。半死半生の隊員たちは皆なぜかずぶ濡れで、頭を押さえて蹲っていた。生きているとは言い難いが、起きてはいる。偏に、通信機の横で流れるような嘘を吐いているナギの功労であろう。
「ええ! 負傷者がとにかく……相当数! 出ましたので、応急処置で手一杯でして! え? 衛生部隊? いえいえいえいえいえ! 必要ありませんっ。ブリザードの後は毎回こうなので事後処理は慣れた者のほうが! はい。キャ……大尉でしたら、セルゲイ補佐官と朝からミドガルズオルムの破損個所に」
ばれない嘘のコツというのは、時折真実を混ぜるところにあるらしい。そういう意味でいえば、ナギの報告は完璧なものだと言えた。体調不良者は続出しているし、ブリザード後は毎度毎度「こう」だから、「事後処理」は心得がある者でないと務まらない。ディランは未だ、食堂の中央で何の憂いもなさそうに寝こけているが、セルゲイだけは確かにミドガルズオルムの破損調査に赴いた。
ナギはサクヤたちの姿を視界に入れると、ジェスチャーだけで「キャプテンをたたき起こして」のオーダーを出す。他の隊員たち同様、バケツで水をぶっかけられたらしい後があるが、ディランはそれでも目を覚まさなかったらしい。
「は、サクヤ、ですか? 彼ならここに……。ええ、替わります、お待ちください」
セルゲイが割と容赦なくディランを揺さぶる隣で、サクヤが自分を指さして確認をとった。ナギの口ぶりからして、通信機の向こうは本部のお偉方だと思われるが、今回に限っては直接お咎めを受けるようなややこしいことは──そうでもないか、と思い直し、襟を正して受話器を受け取った。
名乗ったすぐ後に、聞きなれた声で軽い挨拶をされた。
「アサトさん自ら中部との連携係とは、珍しいこともあるもんですね」
「ニーベルングがぶっ壊したっていう例の要塞砲な、存在知ってんのは、こっちでも限られてんだ。反抗期の部下もそっちに押し付けちまってたし、ついでに安否確認でもしてやろうかと思ってな」
会話を交わすのはおよそ一か月ぶりだが、二番隊隊長アサトにサクヤとのやりとりを懐かしむような素振りは一切ない。
「ニーベルングで穴塞ぐとかいう狂った案出すの、どうせお前だろうと思ってたらお前だからさ。ディランに重々礼言っておけよ。奴の口添えがなけりゃ、強制送還だぞ」
「それはもちろん……。いやでも、そんなまずかったとは……」
「説教してぇわけじゃねぇ。結果だけ見りゃどっちかってぇと勲章もんだしな。そういうかんじでひとつ、“眠り姫”の対処もやってくれると期待しての激励のつもりだよ。それと、あっちのほうはどうなってる?」
「あっち? ……ああ。多少は、前進したと思います。報告できる段階までは、もう少し時間がかかりますが。……アサトさん?」
「予想外だった。もっとへたれた回答すると思ってたよ。……そっちの環境は、そこそこお前に良い影響を与えてくれてるってことか?」
「そうですね、毎日、刺激的ですよ」
「良い返事じゃねえか。腐ってもドリアンっつったのは撤回しとくぜ」
「あ。そのたとえ、やっぱりアサ──」
通信は向こうから一方的に、不躾に切断された。結局内容は、しなくていいと断られていたサクヤの近況報告に終始し、肝心であるように思われたミドガルズオルムや中央に逃がしたニーベルングについては一切触れられなかった。