ACT.10 カウントダウン ゼロ


  朝になり、東の空から太陽が顔を出し、村の様子が俄かに活気づき始めたのが岬からも見えた。どのくらいそうしていたのかも知れ ないがレキは木の根元い座り込んだままの体勢でいた。立ち上がる際に腰が軋む。ぼんやりした思考のまま大爺さんの家を目指した。
「おせーよ、レキ!昨日どこで寝たんだぁ?もう待ちくたびれちゃったよ、俺」
ドアやら窓やらがないせいで家に入る前に中の様子が見えた。同時に中からもレキの姿が確認できたようで、ジェイがスプーン片手に 立ち上がっている。待ちくたびれたなどと言う割にはちゃっかり大爺さんお手製の朝ごはんに手を出しているようだ、突っ込まれると 思ってか苦笑いを浮かべるジェイ、がレキは「悪い」と小さく言っただけでジェイの横を素通りした。拍子抜けしたのか肩を竦める ジェイ。エースもラヴェンダーも、そしてシオ、ハルももう集まっている。仲良く朝食を味わっているようで、レキもその中に一応 腰を落ち着けた。暫く黙々と朝食を摂る連中を観察したが別段変った様子もない。住所録の所在が判明したとは到底思えず、レキは 出された料理を前に深々と嘆息した。
「(結局ふりだしか……)」
落胆、しかけたところで肩を叩かれた。シオが一枚の紙切れを自慢げに揺らしている。
「あったのか!?」
にっこり、ちょうどそんな感じでシオが笑うと、レキがその紙を受け取って見入る。 ここでひとつ重要なのが、住所録は名前も住所も全て漢字表記という点だ。数十秒と経たない内に顔をしかめてシオに突き返した。
「で?どこに行くって?」
苦しい誤魔化し方だが仕方がない。シオが快く平仮名で行き先を示してくれているようなので、足掻かずそれを待った。待つ、という 時間はほぼなくシオがメモを翻す。
《さばく》
なかなか大胆かつご立派な字だ、などと分かりもしない字の批評をしている場合ではない。
「は?砂漠ぅ?」
芸がないとは思いながらも見たままを口にするレキ。皆素知らぬ顔を装って南国野菜たっぷりの味噌汁なんぞを啜っていた。
  科学者の7割が変わり者だったとしても、砂漠に研究所とはいくらなんでも奇人すぎる。ひたすら素っ頓狂な声をあげるレキに7割の 内の一人が助け舟を出した。
「当時はそれなりに都市部だったそうじゃが……環境汚染が進む中でその辺りも砂漠化したようじゃ。ラボが残っていると断言はできん ところですが、行く価値はないこともないでしょう」
うまいことオブラートに包みまくった言い方をしてくれたが、要するに行ってみなければわからない、ということだろう。
「砂漠ってことは……一回隠れ里に帰った方がいいな、準備した方がいいだろ」
どうやらもう行く行かないの話し合いはないようだ。レキの言い草からして砂漠に、あるかどうか微妙な手がかりを求めて行くことは 決定事項になったらしい。こうなると後は適当に愚痴を付け足すくらいしかできない。エースがいち早く唖嘆をかました。
「無駄足覚悟再来か。聞いただけで気が滅入るな……ラクダも絶滅しちまうような世の中でわざわざ人間が行くなんてなー……。やれやれ……」
「行く前から憂鬱になるようなこと言うなよっ。帰ってナガヒゲに相談しようぜ、得るもんは得たし」
ジェイが前向きというか、考えなしというか、とにかく適当な言葉でエースをすかす。ただ飯をかっ食らった上に用が済むと即退散の 意を醸す、などとやりたい放題のフレイム面々を横目にシオが苦笑いで大爺さんにお辞儀をした。陽気な人柄のサンセットアイランド の島民はそんなことをいちいち気にとめないらしい、大爺さんはにっこり笑んでシオを安心させた。
「それじゃあ、いろいろお世話になりました」
ハルの辞去に合わせてシオももう一度深々と頭を下げる。
「何のお構いもできませんで……。島に来たときはまた寄ってください、御馳走でもつくっておきましょう」
レキたちは高台の、大爺さんの家を跡にした。ぞろぞろと気だるく石階段を下りて行く途中、仕事を始めた村民たちとすれ違う。皆 ここへ来たときと同じように満面の笑みで挨拶をし、時には売り物の果物やジュースを気前よく分けてくれた。
「いい島だなぁ~。俺老後はここに移住しようかな。寿命が10年くらい延びそうだしさっ」
リズムよく階段を下るジェイ、陽気な鼻歌が思わずもれる。
「10年も延ばしていったい何すんの……?心配しなくてもあんた人より長生きするわよ」
ラヴェンダーの思わに応答にジェイが足を速めて前方を行く彼女に近づく。
「ほんと?そう思うっ?」
立ち止まって振り返る。珍しく笑顔なんかを浮かべていた。
「嫌な奴ほど長生きするって言うじゃない?馬鹿は風邪さえ引かないっていうし、良かったじゃん」
ラヴェンダーのジェイいびりも最高潮だ、直截的に冷たくあしらうよりもこの方が効果が高いことを学んだらしい。案の定、石像の ように固まるジェイを気にも留めずにラヴェンダーはご機嫌に足を進めた。一番先頭でエースが声を殺して笑っている。灰になりつつ あるジェイの肩をレキも憐れんで軽くたたいた。
「まだ分かんねえって。すぐ死ぬかもしんないし!元気出せ!」
慰めになっていないことに気づいていない。ジェイは恐ろしく深い溜息をつくとレキを押しのけてとぼとぼ石段を下った。
 海岸の方で何やら村の男たちが数人、寄り集まって海を眺めているのが見えた。
「どうかしたんですかー?」
いち早く村に降りたラヴェンダーが男たちに近づく。屈強な男たちだ、「海の男」オーラが無駄に垂れ流されている。
「ああ、大陸から来た人たちか。帰るのかい?連絡船なら昼過ぎのにした方がいい。珍しいものが見れるよ」
「めずらしいもの?」
ラヴェンダーの鸚鵡返しには、残りの連中がこちらに来るのを待ってから答えてくれる。
「鯨の親子だよ。こういう雲ひとつない青空の日は三頭で沖に顔を出すんだ。……絶滅寸前だろ?大昔はこの島でも狩ってたらしいけど 今じゃ島の守り神扱いだ」
「へぇー」
嫌な予感がする。ラヴェンダーはフレイムメンバーでないだけにレキの決定に余裕でいちゃもんをつけてくる時がある。今が当にその ときのような気がしてレキは無言の威圧を送った。効果は皆無だったが。
「ねぇー」
「だめだぞ。今出られるんだからさっさと帰るに越したことない。鯨見たって腹の足しにもなんねぇだろ」
即座に夢も希望もない台詞を吐いて釘をさす。小さく額に青筋を浮かべるラヴェンダー。
「まだ何も言ってないじゃないっ。腹の足しだぁ?見たって腹が減るわけじゃないでしょうが!」
言わんとすることは正しい。レキが言葉に詰まるも、やはりかぶりを振った。すると、ラヴェンダー親衛隊(隊員一名)が加勢に出る。
「いいじゃんかよーちょっと遅れるくらい。俺も鯨見たい~」
今度はレキが青筋を浮かべる。すぐさまその口をねじ伏せようと思った矢先に、予想もしていなかった加勢が更に鯨見物派に登場する。
「見ていった方がいいぞ、めったに見れるもんじゃないんだっ。勿体ないことはしない方がいい」
三対一になる。最初からエースなんかは面白がって見ているだけだし、ハルは無関心そうだ。となると残りは―、レキがシオに視線を 移したときには、彼女は既に三人の隣にそそくさと移動していた。これにはレキも力が抜ける。ブーイングする三人に加えてシオの 哀願ではレキも折れるしかない。
「負けだな。ゆっくり帰りゃいいじゃねぇか。急ぐわけでもねえんだし」
エースは長いものにすんなり巻かれる男だから、傍観していたくせにさっさと奴ら側に移動していた。
「……昼には出るぞ。それまで勝手に各自で待機」
頼むから万歳三唱はやめてほしい。レキが決定を覆すことは稀だったため喜びもひとしおなのだろう。そこに村の男どもも混ざっている ことが果てしなく気に食わなかったが、敗者レキは大人しく踵を返した。