ACT.1 ロストパラダイス


 隕石落下から三十年と少し、増え続ける「ブレイマー」にこの都市は滅んだ。
かつては最新技術を駆使した、時代の先端を行く都市だったこの地域も、「ブレイマー」にはなす術もなかったのである。
 隕石の落下地点に広がる、恐ろしく巨大で深いクレーターから、それらは絶えず生まれてくる。地球外生命体であることは一目瞭然だったが、エイリアンという一般的な名前で呼ぶにはあまりに不可思議な形状であった。個体とも液体ともつかないプリン質の身体をもつ彼らは、このクレーターから外界へ出て、人を、生物を襲う。
 人々は安寧な生活を奪われた。次々と起こるブレイマーによる殺人、破壊行為、その延長線上にこの都市の壊滅という、ある意味ではなんの意外性もないカタルシスが用意されていただけの話である。都市の名前も、今や知る者はない。無人の大都市は廃墟と化し、浮浪者や犯罪者たちの溜まり場としてのみ、その機能を果たしていた。
 ロストシティ──今は、そう呼ばれている。
 その名が定着してから数年、街はやはり廃墟のみが残っている状態であるが、浮浪者たちの数は著しく減少した。代わりに住み着くようになった孤児たちが、現在のロストシティの住人の主流である。少年たちは徒党を組み、それぞれの勢力を拡大しようと対立し、ことあるごとに互いに牽制しあい、時に抗争に及んだ。

 ロストシティ・東スラム──。
 薄汚れた空に、くすんだ月が顔を出す。星など見えなくても、この場所はだいたいバイクのヘッドライトで眩しいくらいに明るい。今夜は一段とそのヘッドライトの数が多く、街道は昼間のように煌々と照らされていた。
 目算で60から70人、バイクの台数においては20数台ほどが無駄に空吹かしをしながら、これまた無駄に、奇声や指笛を鳴らして場を活気づけている。ギャラリーは、ものの見事に真二つに分かれていた。
 男連中が大半を占め、品のない歓声を上げているのがチーム「フレイム」。型胃の良い若い男が、チームフラッグを力強く振っている。薄汚れた旗の中で、ハートの真ん中で炎が燃えている、案外にポップなシンボルマークがゆらゆら揺れていた。
 相対するレディースチームは「ブラッディ・ローズ」。フレイム勢の野次とテンションに負けず劣らず、下品な笑い声を響かせていた。
 一触即発、のはずだ。その割に両者とも、どこか統制がとれている。互いに一定の距離を置き、しばらく言いたい放題にやりあった後、罵声が次第にまとまってきた。
「レーキ! レーキ! レーキ! レーキ!」
 拳を振り上げて太い声を出すフレイム側。
「ローズっ、ローズ、ローズ!」
 男どもに負けじと甲高い声をふりしぼるブラッディ・ローズの面々。双方の視線は街道の中央に並べられた二台のバイクに向けられていた。
 銀色の車体を光らせて堂々と佇む一台の隣に、夜に紛れるように真っ黒なもう一台がある。ギャラリー、とはつまり、この二台のバイクレースの観衆である。
 同じ東スラムに根城を構えるフレイムとブラッディ・ローズは、こうして月に一度、なわばり争いとしてチームリーダー同士のバイク対決を行う。勝ったチームがその月のテリトリーの支配権と、用意した賞品を手に入れるというわけだ。
 コールが人一倍大きな歓声に変わると、ギャラリーの中から二人の男が抜け出してくる。フレイムのステッカーを張り付けたヘルメットをかぶった金髪の男が、作業服でいそいそとバイクへ向かう。その後をのんびりと追う赤い髪の男。彼がフレイムのチームリーダーだ。作業服の男はジェイ、フレイムのメカニック担当である。
「最後のコーナーでタイヤがやたら減るから気をつけろよ、今日負けたら連敗だからなっ」
 念入りにチェックをするジェイを後目に、深々と嘆息するフレイムのリーダー。前回の敗戦の話題に気を悪くしたらしい、乱暴にバイクに跨る。
「勝てば文句ないだろ! いい加減ブラッディの奴らにでかい顔されんのも腹立ってきたしな」
 ブーイング連発のブラッディ側に、視線をずらして耳を塞ぐ。ブーイングはすぐに黄色い声援に変わった。漆黒のバイクに颯爽と跨って、ブラッディ・ローズのチームリーダーは淡々と最終チェックに入る。ちらりと視線をこちらに向けた。
「もういい? 待ちくたびれてんだけど」
 前回勝者の貫禄というか、余裕というか、そういう自信たっぷりの笑みを浮かべて、ローズはあいさつ代わりにレキを挑発する。
「今日はコーナリング多いからな、カウンター下手のお前には不利なコースだろ」
「そういうセリフはコーナーで私を抜いてから言って。悪いけど、勝たせてもらうから」
 対立するチームにしてはやけになれなれしく接するレキとは対照的に、ローズはその相手もそこそこに視線を逸らす。
 淡泊な態度にレキは苦虫をつぶした。
「コースはさっき確認したとおり、ゴールはここな。後がめんどうだから間違っても事故ってくれるなよ」
 ジャッジはメカニックのジェイが行うらしい、軽快にエンジンを吹かしはじめる二人の前に立って得意げに注意事項を述べる。が、当事者の二人はジェイの御託など耳に入るはずもなく、グリップの案配やら、シートの落ち着き具合やらを確かめていた。
「準備、いいか?」
 エンジンの音とギャラリーの歓声で、ジェイの声はかき消されたものの、いつものことであるから二人はその唇の動きで内容を読みとる。それぞれ簡単にオーケーサインを出してグリップを握り直した。
 ジェイがおもむろに銃を空に向ける。静まる観衆、ヘッドライトの数がひとつ、またひとつと減っていく。
「レディー……」
 ジェイが片目をつむる。忘れていたのか慌てて耳の穴に人差し指を突っ込んだ。
 パンッ! ―─がらくたじみた銃声と共に、レキ、ローズ、双方のバイクが唸りをあげてスタートした。
 待っていたように沸き上がる観衆、すぐに見えなくなる二人の背をギリギリまで見送ると、次に始まるのはコースの各要所に配置した人員との情報交換だ。
「こちらスタート地点のジェイ、今そっち行ったわー。どうぞー。」
 もはや雑音でしかない周囲のわめき声から逃れるようにジェイがしゃがみ込む。バイクの影も形もないのに奇声を発する仲間内にうんざりしながら返答を待つ。
 ノイズ混じりに別の声が、トランシーバーから流れた。
「こちら第三コーナー、トラップ。若干ブラッディが優勢で通過! どうぞー」
「第五コーナーのケイです。えーと、ブラッディのバイクが車体一台分飛びでてまーす。どうぞー」
 かわいらしい言いぐさであっさりフレイム側のピンチを伝えるトランシーバー、ジェイが頭を抱えて苦悩する。負ければ一ヶ月、いや前回すでに負けを記しているので、連続でまた一ヶ月、だ。 女主流のチームになわばりを占領されるのだから、フレイムとしてはたまったものではない。
「勝つ気あるんだろうな、レキの奴……」