ACT.11 トライアングル


子どもの遊びじゃあるまいし銀玉鉄砲で何をそこまで-と思っている者はこの中にはいない。フレイムメンバー4人は何度かこの悪魔の 儀式を経験しているし餌食にもなった。ゲームの恐ろしさは熟知していた。シオは見ていられないのか引き金が引かれる度に肩を縮めて 目をつぶっている。一番呆れ返りそうな彼女、ラヴェンダーは黙りこくって様子を見ているだけだ。当事者であり、いざこざの原因で あるから当然と言えば当然だ。
  カチッ。-随分あっさり引き金を引く。
「……余裕だな」
「当たる気がしねえもん」
レキは顔色ひとつ変えない。彼がスリルを純粋に楽しめるのは、彼が単なる仲介者でその上負け知らずだからだ。
  再び回ってきたリボルバーを、親の仇のように睨み付けてジェイが構えた。2ターン目、それぞれがこのターンを凌げば勝ち、だが 弾が一発入っている限り誰かは確実に痛い目を見る。ジェイの精神集中はレキに比べてやはり長かった。目蓋を閉じて、一息つく。
「行くか……っ」
誰かの心拍音だけがジェイの耳に響く。自分のものであることはすぐに分かったが、そのスピードがあまりに速いことに内心驚いていた。
「当たって砕けろだ!おりゃあ!!」
カチッ。-この音の刹那、
「パァン!!」
ハルが苦々しい顔で目を逸らした。逸らし続けていたシオは逆に目を見開いて呆然とし、レキもエースも拝むように両手を合わせた。
「ジェイ……!」
見事六分の一をぶっ放した男は、撃った直後に派手に横向きに吹き飛んで地面に俯せた。魂の抜けたような表情でそのまま転がっている。
「銀玉なんでしょ!?大丈夫なの!?」
余りに宙を舞ったせいかラヴェンダーがめずらしく心配などをして駆け寄ってくる。抱き起こされてもジェイにいつものテンションは 戻ってこない。こめかみは無惨に黒く変色し、焦点はどこか別世界にすっ飛んでしまっている。
「心配すんな、軽く脳しんとう起こしてんだろ。暫く寝てりゃ治る」
「とりあえずこの件はもう水に流せよ。……お前らも、あんまり面倒起こすな」
決着がつくや否や他人事を装うエースに向けて、レキが一応釘を刺す。第二条、敵対チームとの馴れ合い禁止!を確実に破った行為だったの だから言わざるを得ない。強く言えないのはレキにも身に覚えがあるからで、分かっているエースは適当な生返事をするだけだ。
「じゃ、ラヴェンダー。起きたらジェイにも言っとけよ」
「は?私が?」
「当然だろ、俺はもう寝るっ。エースとシオは見張りな、至らんことするなよ!」
再びエースの生返事、大欠伸を漏らしつつシオと焚き火の方へふらふら歩いていった。くたばったジェイを抱き起こしたがために身動き がとれないラヴェンダーを残し、全員何事も無かったかのように持ち場に戻る。
「何なのよあいつら……!さっさと自分たちだけ……っ」
言いながらジェイの顔に視線を落とす。
いつもの和やかなジェイだ-苦しそうではあるが。先刻の刺すような冷たい目を思い出して、ラヴェンダーは今とのギャップを激しく 感じていた。取り残されて肌寒い空気が余計にしみる。放り出して寝るわけにもいかず、とりあえずジェイの頭を膝の上に乗せた。 倒れた衝撃で落ちたままだったヘルメットを片手でたぐり寄せて側に置く。
「もういいよ、寝て」
声は膝元から、ぱっちりと目を開けたジェイがまっすぐラヴェンダーを見ていた。
「起きて……!」
「……できれば小声で……お願いします」
二日酔いのお父さんの台詞を吐いて、ジェイが顔を歪める。痛みは僅かだが不安定にぐらつく頭を押さえながら、ゆっくりと起きあ がった。いつもならこの美味しいシチュエーションを何としても維持しようとするはずだが、ジェイは自らあっさりと辞退した。 居心地が悪いらしい。妙によそよそしい態度で黙って背を向けた。
「あの……」
「いいって。ラヴェンダーの言うとおり俺に口出す権利なんてないし。……ごめん」
ラヴェンダーもまた、言うべき言葉を模索する状態だった。ジェイの謝罪の対象が何かも分からない。立ち上がろうとするジェイを 何の気無しに支えようとすると、それもやんわり拒否された。
「残り一年勝手に待っとくからいいよ。……やっぱ……そう簡単に諦めらんないし」
目は合わせない。やはりどうしても、エースとの関係を無かったことにはできないようで、頭に血が上らないように必死で冷静を取り 繕う他無かった。ロシアンルーレットは所詮目立ったいざこざを起こさないための儀式でしか無く、気持ちの整理には役立つはずも 無かった。
「ジェイ、私は-」
「ごめんっ。……答えは一年後にしてくんないかな、期待してるとか言うんじゃないんだ。まだ、このままでいたいからさ」
ことごとく遮断されるラヴェンダーの語尾、苛立ちを感じ始めたていたがそれでも理解し、頷いた。
  変化は同時に何らかの終わりを意味する。不変がこの世の中にあり得ないことを痛いほど知りながらも、ジェイはその執行猶予を 引き延ばした。
「……分かった」
「サンキュー。もう寝ようぜっ、明日は午前中移動だしさ」
作り笑いは苦手ではなかった。それがフレイムにおける自分の役割であるような気もしていたから。それが今はやけに辛い。ラヴェンダーが 同じく溜息混じりに笑みを作ってくれたことが、せめてもの救いである。
「じゃあ……おやすみ」
「うん、……明日」
  ジェイはレキが寝ている(振りかもしれないが)方へふらふら歩いて行った。ラヴェンダーもそれを見届けてから、ひとつ岩を挟んで ハルの近くで横になった。
  砂漠の短い、けれど濃厚な夜が更け一行は少ないながらも何とか休息を摂った。

「おいジェイ、起きろって。ジェイ!」
横になって目を閉じてほんの数分後のような気がした。実際は4時間と少し経っている。極端に短く感じたのはさっぱり疲れが取れて いないせいだ、レキがさんざん呼んだ上でジェイはようやく目蓋をこじ開けた。
「行くぞ、日が昇りきる前に次のキャンプ地探す」
目を覚ますや否や出発を促される。そおにジェイのための準備時間は用意されないらしい、意識もままならない状態でとりあえず ヘルメットを被った。
「悪いな、あんまり寝れなかったろ?」
レキの意外な気遣いにジェイが顔を上げると、一足先にシオがかぶりを振っていた。あのレキが、まさか自分に労いの言葉などかける はずもない。一瞬でも期待を寄せた自分が空しくて、ジェイは大きく溜息をついた。
「おいレキ、俺への言葉はねぇのか?」
横でエースがまたくだらないことを言っている。昨夜散々人のことをかき回しておいて何を、などと思うジェイに対してレキはさっぱり したもので全く無反応だった。 最後の見張りでそのまま出発時間を迎えたハル、ラヴェンダー組はやはり眠そうだ、小さな欠伸を それぞれ交互に漏らしていた。
  皆疲れているのは同じだ、ジェイが気合いを入れて立ち上がろうとした矢先。
「?おい。……ちょっ」
振り返ったレキが360度回転する。それはジェイの視界の中の出来事だ、宙返りしたレキもすぐに消え失せて、昇りかけの太陽が見える もの全てを白く染めた。つまりはジェイの体そのものが派手に倒れたことを意味する。砂地のせいか拍子抜けな柔らかい音でバタンキュー、 その時には白い世界が真っ黒になっていた。
「ジェイ!」
レキの声とヘルメットが岩にぶつかる金属音で全員が立ち止まる。一度は意識を失ったものの、すぐに虚ろに取り戻してジェイが 不気味に笑いをこぼした。覗き込んできたレキの顔が余りに心配そうだったためだ。
「……何倒れてんだよ、びびらすなって……!」
とりあえず笑顔を繕ってはみるが起きあがれない。悪ふざけでないことにレキも気付いて片膝ついて座り込んだ。
「どうか、した?」
「……熱中症ってやつかな、昨日さんざん歩き回ったしな」
その上夜中にエースと闘り合って、ロシアンルーレットの餌食となったのだから分からなくもない。敢えて昼のこと以外はレキは 口にしなかった。
「へーきへーき、そこまで柔じゃないって~」
青白くなった顔で無理矢理起きあがろうとするジェイをラヴェンダーが力ずくで押し返した。