「死にたいの?大人しく寝ときな」
「いや……でも……」
レキに視線を移す。時間をロスしているのは明らかに自分のせいだ、ご機嫌伺いというわけではないが無意識にレキを見ていた。披露
と嫌味の嘆息でもされるのかと思えば、レキはヘルメットを拾いそれをジェイの顔を覆うように被せた。
「交代でおぶるぞ!おっさん、聞いてんのか!?」
辺り憚らずに大欠伸をかます傍若無人男、エースに向けて叫ぶ。こちらは露骨に面倒臭さをアピールしてきた。被せたヘルメットが
功を奏してジェイには伝わらなかったようだ。
「いいよ!お前らの方が倒れんぞ!?」
勢いから思わず上半身を起こしてしまい凄まじい目眩に襲われる。ゆっくりまったり廻りゆく世界はさながらメリーゴーランドで、
ジェイの耳には流れてもいない愉快なメロディが聞こえはじめていた。
今度こそレキが嘆息する。
「つべこべ言わんで言うこと聞いとけ。もう止まってる時間なんてねーんだから」
「……悪ぃ」
「乗れよ」
自分の体を支えることさえできないジェイを、ラヴェンダーがサポートしてレキの背中に押しつける。気分は遊園地帰りの眠りこけた
息子、それを微笑ましくおんぶする父親-でありたいものだがジェイの体重は百歩譲っても軽いとは言えず、歯を食いしばってずり落ち
ないようにするのが精一杯だった。
太陽の上昇と共に気温も徐々に坂上がりしていく。確かにつべこべ言っている時間はなさそうだ。
「歩くぞ!午前中で日陰探し!」
レキの呻るような出発合図に他者もいそいそと歩き始める。ようやく黙ったジェイは、眠ってはいないもののレキの背中で規則的に
体を揺さぶられながら大人しくしていた。
午前中とはいえ暑いことに変わりはない。手うちわで気休めに扇ぎながら、今日も皆ローテンションでひたすら足を動かした。
先頭をハルが、第二陣にラヴェンダー、シオ、エースの三人、そして少し距離を置いてジェイを担いだレキが歩く。第二陣が暇つぶしに
古今東西ゲームなどを始めたのを冷ややかに見ながら、レキは黙って両足を動かした。荒い息づかいだけがジェイの耳に届く。
「マジ……わりぃ」
「……次口開いたら捨てるぞ」
妙に殺気だったレキ、徐々に落ちてくる“荷物”を乱暴に持ち直して再び歯を食いしばった。ただでさえ暑いのにジェイとの望まぬ密着
に2倍汗が出る。そしてその汗が一気に砂の上に落ちて、乾く。足跡といい、それといい、付いてはすぐに消えるため後戻りというやつ
は極めて困難に思えた。
数十分経つとレキと第二陣の差が激しく開く。理由は至って単純、レキの立ち止まる回数が極端に増えたせいだ。ジェイも比例して
症状が悪化したらしく二人揃って嫌な呼吸でハモっていた。
また、レキが足を止める。汗だくを通り越して、彼の赤い髪は風呂上がり以上に濡れていた。もはや雫ではなく飛沫となって落ちる
汗、膝に手を着けて休めない分やたらに前傾姿勢だ。
「チェンジだ、ちょっと休め」
不意に頭上から声が降る。顔を上げることができず目だけを上方に向けた。
「……お前の方がくたばるぞ。休憩とれ、俺がやる」
「自主的にとは驚きだなぁ、おい……」
憎まれ口をたたきつつ素直にジェイを地面に下ろした。ようやくしびれた両手を膝に置く。粗っぽく顎に溜まった汗の雫を拭うと、
深呼吸とばかりに一息ついた。
エースが無駄に文句を吐きながら文字通りジェイを肩代わりする。レキが30分歩いたとしたらエースはせいぜい15分、保てば頑張った
方だろう。体力はお世辞にもあるとは言えない男だ。
「休めって」
「歩きながらな」
ハルが後退してくるのを目にして、レキは何も言わず列の先頭を目指した。
おそらくエースがばてた後ハルがチェンジするつもりなのだろう、そこに頼むとか頼まれるとかの会話はたぶん無い。その前に言葉
を発することも疲れる、好都合な気もした。
視線さえ合わせずすれ違う二人、確かにいざこざが起きる可能性は無いが空気は摩擦する。一瞬走った張りつめた電気のようなものを、
遥か後方のエースも感じて唖嘆していた。
「(ったくよー。やれやれだな、うちのヘッドとサブは)」
格好良くジェイをおんぶして、格好良く最後まで乗り切る勢いでいたものの、早くも10分後。レキの予想よりも5分早くエースは
ジェイを地面に放り投げた。そこに何も言葉はない。強いて他人が吹き出しをつけるとすれば「もういいか、めんどくせえ」だ。
振り向いた連中は、砂の上に捨てられたジェイと座り込んだエースを見て十中八九そう思ったはずだ。
「やれやれだな、うちのナンバー2は……」
思っていたことをそっくりそのままハルに返されて、エースも言葉が出ない。そのままハルが無言でジェイを担ぎ上げてチェンジ、
これでまた30分は安泰である。
見た目にはハルも屈強な巨漢男性とは言えない。エースとの違いと言えば、その根性の絞り出し具合だ。元よりエースには絞り出す
ための根性そのものが味噌っかす程度にしかないのだが。
「もう少し粘れよっ、日陰見つけたら休めるから」
ジェイが微かに、返事代わりに呻く。どうやら本格的に意識が朦朧としてきたようだ、ハルもそれきり黙々と足を進めた。
先頭はレキ、すぐ後ろをラヴェンダーとシオ、10メートル置いてエース、そして最後尾をハルとジェイがそれぞれ根暗化して歩いて
いく。古今東西もいつしか終局を迎えており、耳に届くのは自分の息づかいと砂を踏み締める軽快な音のみだった。
そろそろ、いろいろな人達のいろいろなものが限界を迎える頃合いだ。容赦なく天へ昇り続ける太陽を見上げようと、レキが顔を
上げた矢先、視線は空ではなく前方で止められた。ひどく険しい顔つきだ、そのまま立ち止まっているとシオとラヴェンダーが追いつ
いてきて同じように前方を凝視した。
「何やってんだあいつら……。休憩ならもう少しマシなところでとれよ」
エースの目には三人並んで果てたようにしか見えない。実際暫くはぼんやりしていたからあながち間違いではなかった。
「やべぇな……まだまだ行けると思ってたけど、結構キてたんだな俺。すげぇあり得ねえものが見える」
「は?レキも?あたしもかなり摩訶不思議なもんが見えちゃってるんだけど。休んだ方がいいみたいね」
シオが頭を掻く。三人とも何か幻影を見ているようだがお互い何故か確認はとらない。世に言う蜃気楼というやつだろう、目の前に
広がる楽園のようなそれを、三人は虚ろに眺めてただヘラヘラ笑っていた。
そうこうしている内にエースも合流してくる、や否や壁と化した三人を押しのけて目を見開いた。
「出た!これだよこれ、オアシス!!待ってました!お前ら何ぼやっとしてんだ!?よっしゃよっしゃ!!」
放心したアホ面の三人をばっさり切り捨てて、エースは空になったペットボトルを空高く放り投げた。かと思うと一目三に“蜃気楼”
に向けて走り出す。
レキとラヴェンダーが困惑したまま顔を見合わせた。予想としてはすぐに肩を落として哀れに戻ってくるエースが見られるはずだった
のだが。
「……ラヴェンダー、ひょっとして森とか湖とか、素晴らしいものが見えてたりする?」
「そうね、少なくとも砂じゃないわね。緑色だし」
再び数秒の沈黙が広がる。今度はハルがそれを破った。
「ジェイ!休めるぞっ、もうちょっと頑張れ!」
休める=そこは砂漠ではない=オアシスかもしれない+エースが戻ってくる気配がさっぱりない=これは蜃気楼ではない=本物のオアシス。
チーン-ちなみに当然のことながらここに電子レンジなどはない。今のはレキ、シオ、ラヴェンダーの脳味噌が解凍された音だ。
途端に三人はスタートダッシュをきった。
「おい……!」
一人事態を飲み込めずまたもや置いてけぼりをくらうハル。我先にとばかりに見苦しく押し合う三人を、後ろから呆れ気味に見送る
羽目になった。レキとラヴェンダーが喚き合う声が、南中間際の空の下にけたたましく響く。ハルの嘆息がそこへ覆い被さった。
「ジェイ、行くぞー。走るから落っこちんなよ」
しびれた腕に力を入れてハルはふらふらと走り出した。