遠目に見たときよりも大規模な木々が茂っていることが分かる。屋根があるわけでもないのに緑の中に身を寄せると、それだけで
暑さが和らぐ気がした。何かしらの昆虫やら小さな鳥が住み着いているらしい、微かに、それでも空耳ではない鳴き声が聞こえた。
対照的に、空耳と思いたいほどやかましい奇声が被さる。道なりに進んで行くと開けた中規模な泉があった。これぞオアシスの醍醐味
だ、ハルもようやく真の意味で肩の荷を降ろすことができた。
「やべぇ~!生き返る~!マジ気持ちいいな、くそっ!」
地獄から天国に瞬間移動したせいで頭の中は支離滅裂、とりあえず本能的に泉に飛び込んだレキ、エース、ラヴェンダー。シオは一応
寸前で我に返ったのか半狂乱で水浴びする三人を眺めながら、足だけを水につけて疲れを癒す。
「お!ハルっ、ジェイもぶち込め!沈めりゃ完治すんだろっ」
「死ぬよ!!」
レキもエースも手っ取り早く上着を脱いで、頭から爪先まで全身を潤す。ハルも数十秒後にはそうするつもりだが、まさかジェイまで
同じ処遇というわけにはいかないだろう、ヘルメットを取ってゆっくり起こす。
「ジェイ、大丈夫か?体冷やして寝とけよ?」
気分は祖父の介護をする出来過ぎた孫だ、どこまでも面倒見の良いハルに介護される側のジェイさえも苦笑する。
「おー……わりー……」
ホームヘルパー、もとい、ハルが自分の腰に巻いていたバンダナを濡らしてジェイの額に押しつける。そのままシャツを脱いで、派手に
水に飛び込んだ。水に濡れるとハルのつんつんした毛先もぺったり張り付いて少年のように見える。
ジェイはシオの隣に座り込んで、子どもに還った仲間を虚ろな目で見ていた。
「なんか思い出すなぁ……」
脳がぐらぐらし続けているので発言の取捨選択はない。心の中で思ったことと、口に出すことの区別は今のジェイには難しい。シオが顔
を覗かせた。相手にしてくれるのが嬉しいらしい、ジェイはしまりなくヘラヘラと笑う。
「いやね~、昔みんなで海行ったことあんだよね、バイク飛ばして。……今みたいに馬鹿みたいに水掛け合ってさ、楽しそうだろレキも。
ハルも」
シオが再び泉の方へ視線を移す。確かに、ここまで無邪気に笑うフレイムメンバーは初めてだ。ハイテンション過ぎる気がしないでも
ないが。
《からだは大丈夫?》
ジェイ用に、いつもよりゆっくりはっきり唇を動かす。疑問符を浮かべたジェイだったが、すぐに理解したようで青ざめた顔で笑顔
を作った。
「大丈夫かって?暫く大人しくしてれば平気だよ。心配かけちゃったな」
ほのぼのとダラダラの中庸の空気を醸しだしつつ二人がぼんやりしていると、遊び疲れた残りの四人がそれこそ気怠く岸に向かって
くるのが見えた。この際濡れた体や衣服は、浅瀬に近づくにつれてみるみる内に水分を蒸発させていった。
レキが生乾きの体の上にレザージャケットだけを適当に羽織る。
「シオも水浴びしてこいよ。気持ちいーぜー」
「きゃー、ヘッドいやらしー。セクハラ発言よー」
筋肉があるわけでもないのに無駄に上半身を晒したまま、いつものようにテンガロンハットだけを頭に乗せるエース。もはや国籍不明
の浮浪者である。レキはとかく無視して生気のないジェイの方へ身を乗り出した。
「生きてるか?」
「おー……だいぶマシ~」
喋れるようになって、口元をひくひくさせられるようになれば(ジェイは笑顔を作っているつもりだ)上出来であろう。レキも安堵の
溜息をもらした。と、そこへ口を挟んでくる浮浪者。
「……おい」
しかも先刻とは打って代わって顰め面で。
「お前ら俺の荷物どうした?……まさか下着ドロか?」
「きもいこと言うなよ、履いてんだろうが。上着か?」
至極くそ真面目な顔で仁王立ちして辺りに目を配るエース、その様子にレキもおもむろに立ち上がった。エースの荷物ほど盗んで損する
ものはない。
「……マジかよ」
一気に顔面蒼白化するエースに何故か周りも生唾を呑んだ。
「何入れてたんだよ、エースのに食糧とかは入れてねぇはずだろ?」
「馬鹿かおめえは!煙草がねぇんだよ、う゛わ~ねえと思うと余計吸いてえ~!!」
上着<煙草、がエースの中では成り立つらしい、もだえて苦悩する彼を皆冷ややかな眼差しで見ていた。オーバーリアクションで呻って
くれるのは勝手だが、必死になって探し回ろうとする意志はないらしい、どこまでも他人任せな男だ。
レキ(他数名)が限りなく鼻息に近い唖嘆をした刹那-。
すこん!!-テンガロンハットの上から微かに何かが飛んできた感触。一瞬動きを止めてエースが辺りを見回した。と、視線の先、
湿った土の上に煙草の箱と数本の中身が散らばっている。訳が分からずその一本を拾い上げて訝しげに見つめる。
「……エース!あれっ」
眉間の皺レベルがマックスに達したところで、エースがハルの指さした方へ振り向く。
ボグッ!!-先刻より硬い、強いて言うなら思わず目をつぶってしまうような鈍い音が響く。エースのジッポライターが、煙草同様何処
からすっ飛んできて見事に持ち主の鼻に激突、ハルに全く悪気は無かったものの、あまりのクリーンヒットにそそくさと背を向けていた。
怒りか混乱か、エースが半眼のまま微動だにしないでいるとその視界に全ての元凶が映る。
「……なんだあれ……」
「しっ、まだこっちに気付いてないみたい」
エースよりも先に興味津々にレキとラヴェンダーが目を凝らす。皆眉間の皺レベルが一気にアップした。
木陰にエースの荷物と、それを豪快に漁る何者かが全員の目に留まる。何物、かもしれないそれは誰がどう見ても人間の形をして
いない。体長は目算で70センチほど、黒光りする背中をこちらに向けて、エースの鞄に頭を突っ込んでいる。かと思うと体に不釣り
合いな長い手で中のものを無造作に後方へ放り投げていく。
暫く放心していたエースも、自分の革靴が目の前にどさりと落ちてきたのを機に我を取り戻し、鬼の形相で標的に向かう。
「おいコラ!他人様の持ち物をぽいぽい投げやがって……!!」
漁られていることより投げられていることに腹を立てて、そのままその物体の下へ走るエース。そこに警戒心というやつはこれっぽっち
もないらしい、レキが舌打ちして後を追う。が意外にもエースの一喝で置き引き犯は思い切り跳ね上がると、そのままココヤシの木の裏
にすっぽり身を隠してしまった。しかし隠れるところを一部始終全員に見られていたのだからまるで意味がない。エースが有無を言わ
さずそれを引きずり出した。
「なめた真似しやがって……どこの盗人……」
近くで見てもやはり小さい。エースが片手で首根っこを掴める程だから全長は子どもより小さいだろう、またもやエースが口をつぐんだ。
逆に他の連中は締まりなく大口を開く。レキなんかは追うのを途中で止め、首を竦めていた。エースの表情も途端に鬼から菩薩に変わる。
「なんだ、砂漠ペンギンじゃねーかっ」
黒い背中とは対照的に、ツヤあり、真っ白な腹は何をそんなに詰め込んでいるのかぽっこりと出ている。平らなくちばしと全長と
同じくらい長い手、その上手先は指のように五つに分かれている。
ペンギン、エースの口から出た単語に皆首を傾げざるを得ない。持ち上げられて宙ぶらりんの状態のまま“砂漠ペンギン”はいやいや
を繰り返しながら長い両手を挙げてあっさり降伏している。エースが気付いて、こちらもあっさり地面に下ろしてあげた。つるつるの
頭を軽く撫でて置きっぱなしてあった荷物に手を突っ込んだ。
「ちょっと待ってろよ……」
レキが警戒しながらエースに近寄る。
「何なんだよ……あれ」
木陰から半分だけ顔を出して恐る恐るこちらの様子を伺っているアレを顎先で示してレキがしゃがみこむ。
「だから言ったろ、砂漠ペンギン。見たことねえか?」
「……ねえよ」
砂漠ペンギンそのものより、エースの物知り博士っぷりに違和感を覚えて、レキは未だ顰め面のままだ。険しい表情で視線を少し
ペンギンの方へやると、敏感にそれを感じ取って慌てて全身を隠している。
「ちょっと。何睨み付けてんの?かわいそうに、びびりあがってんじゃない」
「はあ?睨んでねえし!」
レキの咄嗟の大声に身を隠したにも関わらず派手にびくつく砂漠ペンギン、ぞろぞろとエースの周りに集まってきた人間達(それも
随分性悪そうな)を見てラヴェンダーが言うように完全に怯えてしまっている。
「だからでけぇ声出すなって。お、あったあった」
不意にエースが立ち上がって再び砂漠ペンギンの方へ歩み寄った。