ACT.14 ブラックボックス


「ユウ、……ユウ、おい!」
ようやく彼女の名前が喉を通った。棘つきのバラのように鋭い痛みを伴って。ユウはしっかりとレキの体を抱きしめて、文字通りの盾と なっていた。
  いつもいつも、彼女には全てお見通しなのだ。ハリボテ同様の銃を突きつけていたことも、状況を切り抜けられない諦めをしていた ことも、全て左手から伝わってしまっていた。その左手が今度感じるのは生暖かい血のぬくもりだった。彼女の身体を支えた拍子に一気 に現実が肌を伝って脳裡に届く。
「……ざけんな……!」
「レキ」
寧ろレキよりしっかりした声で、諭すように彼女は名前を呼んだ。
「困らせるのが分かってたから、言わなかったことがあるの。言わせてよ……」
「黙れよ……蹴り飛ばすぞ」
ユウが笑ったのが分かる。息遣いも、やはり生ぬるく首筋をかすめた。
「ほんとはね、レキ……ほんとは、欲しくて欲しくてたまらなかった……。ずっと好きだった。好きだったよ……」
「言うなっつってんだろ!!」
また、笑うのが分かった。が、それが最後だった。首筋が一気に冷たくなって、それは全身に広がった。レキは左手でユウの身体を 一度強く抱きしめると、右手で素早くユウの銃を抜いた。
  それは完全に同時と言っても過言ではなかっただろう、イーグルが1メートルに満たない至近距離で銃口を向けてくるのと、レキが 彼女の銃をイーグルに突きつけるのとで、事態は瞬時に凍り付いた。こうなると周囲を取り囲んでいるユニオンはギャラリーでしかない。 手を出せば上官にぶち当たる可能性がある、レキにとっては好都合だった。
「形勢逆転のつもりか?」
答える気になどなれない。イーグルの一発目はユウの体を貫通して、更にレキの横腹も突き抜けていった。ただ、この男だけはどう 転んでも仕留めることができそうで、レキはそれが嬉しかった。ただそれだけでも笑みを作れるものなのだと、くだらない事実をぼんやり 考えた。胸中のカウントダウンに歯を食いしばった刹那、
「レーーキ!!伏せろ!頭が飛ぶぞー」
あまりに場違いなゆるい声が乱入する。乱入したのはそれだけではない、火花とマシンガンの発砲音、そしてその持ち主の呻り声。 エースとラヴェンダー、そしてハルの姿を確認して、レキの中で何かが途切れた。
  ラヴェンダーの無差別攻撃で態勢を崩されるユニオン勢、イーグルも例外ではなく、レキとの距離を広げる。銃弾の雨(集中豪雨) の中、エースとハルが身をかがめて合流してくる。毎度毎度登場が遅い助っ人だが、裏を返せば毎度毎度ピンチには駆けつけてくるのが 彼らだ。
「ユウ……!」
動かないユウを目にして、ハルが目を見開いた。エースもほぼ同じ反応を見せる。
「撃たれたのか!?……って、お前もかよ!ちょっと待て、死ぬなよ、もうちょっと待てっ」
ビュッ-風切り音。ユニオンもいつまでもギャラリー化しているわけではない、イーグルが離れたのをきっかけにレキたちの方へ砲撃 を開始した。
「かぁ~~~空気の読めねぇ奴らだな……!」
エースが息つく間もなく二丁の銃をコッキング、ラヴェンダーも負けじと攻撃する盾をやってのけながらこちらへ合流した。
「ローズ!!」
辿り着くや否や座り込んでマシンガンを投げ出す。レキも便乗してユウの体を彼女に預けた。そして立ち上がる。
「おい……!」
「ハル、サイドアーム貸せ。ラヴェンダーはローズのこと頼む。逃走路、開くぞ……!」
今更かもしれないが、ここにきてようやくレキは呼吸がままならないことに気付く。ハルは黙って懐からオートハンドガンを出して レキに手渡した。そんな一連の動作の間にもユニオンからの発砲は絶え間なく続き、レキたちは防戦を余儀なくされた。逃走どころか 一歩も動けずたあトリガープルを繰り返すだけだ。エースがめったに出さない三本目の銃を出すのが視界に入る。弾が尽きるまでに 何かが切り開けるとは到底思えない光景である、それでも手を止めることはできない。
「おい……!!」
弾切れの、言わば普通市民化したエースが険しい顔つきで戻ってくる。ラヴェンダーから予備のカートリッジを受け取りつつレキと それとなく合流。
「死にてぇのか!青い顔してウロウロしやがって……!気になってしょうがねえっ」
「これくらいで死なねえよ。言ってねえでなんとかしろよ」
「悪ぃが俺も無敵のスーパーヒーローってわけじゃねえんだ、デカいゴキブリがわらわらいんのにいちいちスリッパで叩き潰してたら キリねえだろうが。一発デカいのがあれば……」
エースには何の感慨もなかった。しかしそれは、当初の最優先事項だったはずだ、思い出してレキは思わず手を止めた。レキだけではない、 エースの冗談めいた台詞が聞こえたはずもないハルとラヴェンダー、そしてユニオン勢、イーグルさえも同時に思い出すことになる。
  皆、手を止めた。手元よりも、揺れる地面に立つ、ということに神経を集中せざるを得なくなったからである。その凄まじい地響きが 皮肉にも休戦のきっかけになる。
「しまった……!キャノンだ!!」
立っていることが困難になり、レキはよろめいて片膝をついた。あの強風をもかき消す激しい揺れと地鳴り、目だけが黒々と光る砲台 へ向けられた。不自然な重力が体全体にのしかかる。
「くそお!!」
イレイザーキャノン-全てを分子レベルまで粉々に、文字通り消し去る巨大砲。矛先は真っ直ぐに北、ブレイマーの発生源である クレーター。
  それは心臓を直接殴りつけたような衝撃と共に放たれた。白い、おそらく白と言うのだろうエネルギー体は見事な直線を空に描いて 消えた。数秒後、更に別の轟音と振動が遠くで響いたのが分かった。
「せ……成功だ!イレイザーキャノン、無事発射だ!!ブレイマー殲滅完了!」
ワーー!-白い制服がこぞって歓声を上げる。たったの数秒前まで目を血走らせて銃を握っていた連中も、今やそんなことは完全に どこ吹く風だ。任務完了と同時に近くに居た者と手を打ち合い、手放しで喜びを分かち合った。
「……間に、合わなかった……」
ハルの嘆きは幾分不適切だ。何故なら塔の屋上にいる連中の誰一人としてキャノンのことを覚えていた者はいなかった。
  レキたちはこの発射を阻止しに来たのである。そしてそれは失敗に終わった。イレイザーキャノンは放たれ、おそらくクレーターに、 下手すれば内部まで命中しブレイマーを消し去ったに違いない。そしてそれが最悪の結果であることを、レキたちだけが知っていた。   否、もう一人この喜びの渦の中で異質な存在として佇む者がいた。
「撃ったのか……ユニオンは何を考えている……」
  クレーター付近のブレイマーを一掃すればブレイマーの発生は止まるのか、イーグルにはそれが疑問だった。何かを根本的にはき違えて いる気がしてならない。自分が持て余すこの虚無感と、レキたちの茫然は共通の概念の下にあるのではないか、イーグルは視線だけを レキたちに向けた。もはや彼らを取り押さえようという気はない。
「鉄の翼、本部の幹部に通達、イレイザーキャノンによるクレーターへのアプローチは無事成功、至急本部に帰還し会議を執り行う。 繰り返す。鉄の翼、本部の幹部に通達-」
大音量の放送がノイズ混じりにこの屋上にもこだました。それをきっかけにいち早く気を取り直したハルが、ローズごとしゃがみ込んだ ままのラヴェンダーの頬を何度か軽く叩いた。
「今の内に脱出しよう……!俺たちもだけどこのままじゃローズが……っ」
ラヴェンダーが瞬時に頷いてハルと共にローズを抱き起こす。よろめく二人の間に、本来なら担がれる側の人間が割ってはいる。それも 二人よりも軽々とローズを肩に預けて。
「ちょっと……!!レキも撃たれてるんでしょ!?」
「モタモタすんな、いいから先に行けよ。エースと先陣切れ」
青ざめるラヴェンダーとは対照的に、ハルは何も言ってこない。レキが自分でかってでたのだから当然と言えば当然だ。
  エースとラヴェンダーの誘導でレキとハルもローズを連れて鉄の翼をがむしゃらに下った。