フレイムの生徒指導員と化したエース、レキを放置してすぐまた問題児に遭遇する。隣の病室、おそらくシオとラヴェンダーのいる
部屋のドアの前にハルが突っ立っていた。エースが半眼で見ていることに気付き、ノックしようと出していた手の甲を引っ込める。
「するなよ。放っといてやれ」
ドア二枚隔てれば聞こえなかったシオの泣き声も、一枚減っただけで耳に届くようになる。
「……レキは?」
完全無視かと思いきや、意外な単語の登場にエースは眉を上げた。ダイニングの方を顎先で示す。ジェイとナガヒゲが一所懸命後片づけ
をしてくれたらしい、窓には段ボールが、テーブルにはグルグル巻きのガムテープがあり応急処置が施されていた。
毎度のことながら大して何もしていないエースが一番先に腰掛ける。続いてハルも、ジェイは腕まくりのまま唖然とそれを見送った。
「水くれ、水」
「ここは格安定食屋じゃありません」
ジェイがエースの横暴な注文ぶりに食ってかかる、も無言の威圧に押されてあっさりと水を注ぎ、差し出した。一気のみしそうな勢い
を裏切って、エースはそれをハルの前に置く。
「頭冷やせ。ハルがそれだとチームがまとまらねえ」
「何だよそれ……ヘッドはあいつだろ?」
「そうだ。だからアドバイスしてやる。大人になれ、この一件が片付くまでの間だ。……レキが気に食わねぇならお前がフレイムを抜ける
しかねぇ、理解したら飲んで、頭冷やせ」
ジェイが目を見張る。誰もが最近おざなりのフレイム三ヶ条のひとつ、フレイム的民主主義を絶大に支持するエースは遂にというか
やっとというか、傍観をやめた。エースの言うことは一理どころか八理くらいある。ハルは奥歯を噛み締めた。エースを見たまま
ゆっくり水に手を伸ばす。
「……勘違いするなよ、お前に抜けてもらっちゃあ困るから言ってんだ」
ジェイが高速で頷く。エースの真剣な眼差しに、ハルも苦笑してあっさり水を飲み干した。
「分かってるよ、一応。ちょっとしたら一度集まって今後の対策練ろうぜ」
ハルは作り笑いを浮かべてコップをシンクに置くため席を立った。そう、極上の愛想笑いだ、エースとジェイは同時に顔を見合わせた。
「いざとなったら実弾でロシアンルーレットだな」
「大丈夫かなぁ、あいつらこの先……」
二人の疲労が満タンに詰まった溜息はハルの背中に向けて吐かれた。ハルは聞こえない振りをしたまま一番奥の病室のドアを開けた。
雨は随分小降りになった。同時にそれは彼女の落ち着きを暗に示す。ラヴェンダーの胸に顔を埋めたまま長いこと微動だにしなかった
シオがゆっくり顔を上げた。目には流れきれなかった涙が溜まったままで、その瞳の奥は赤い。
ラヴェンダーは掛ける言葉を慎重に選ぶため、何も言わない。それを見て、シオが穏やかに笑んだ。
「……みんなのところに戻ろ。ごめん、ね……?つき合わせちゃって。ありがとう」
こちらも、やはり極上の作り笑いだ、それだけはラヴェンダーにも伝わる。シオは一度大きく深呼吸するとラヴェンダーに目配せして
先に部屋を出た。すぐにラヴェンダーも後に続くとボロボロのテーブル席にエースとジェイが項垂れて座っているのが目に入った。
ジェイが思わず席を立つ。
「シオ……!大丈夫?もうちょっとさ、休んでても……」
「(ありがとっ。大丈夫)」
力一杯笑うシオ、直に雨は止むだろう。いつもより過剰な口パクがジェイを黙らせた。そんな湿った空気を自らうち破るように、湿り気
たっぷりのジェイの横を選んで座る。軽い嫌がらせにも思えるが、シオは苦笑して頭を掻くだけでそのままの態勢を保った。
そして待つ。しびれを切らしたラヴェンダーが眉間に皺を寄せて廊下側へ移動した。
「うだうだうだうだ…………」
ダアン!!-ラヴェンダーのブーツの裏側が、レキの部屋のすぐ横の壁に叩きつけられる。
「さっさと出てくる!!いつまで休み時間だと思ってんの!?鬱陶しい!」
「こ、今度は何じゃあ!?」
間髪入れずに出てきたのはナガヒゲだった。壁に付けたままの足を即座に戻してラヴェンダーは素知らぬ顔だ。状況は掴めたのか、
ナガヒゲが嘆息ついでに自室から出てきた。
一拍置いて二つのドアが同時に開く。思ったよりレキもハルもだだっ子ではなかったようだ、満足そうに彼女は踵を返して席に着いた。
「……全員揃ってんなら始めるか」
さも他者を待っていたような口振りだが情けない寝癖と大欠伸が全てを物語っていた。ハルが席に着くのを見届けてからレキも座る。
「今後どう動くか、だったよな。イレイザーキャノンの発射はもちろん予定外だったけど俺たちのやることはひとつだ。これを-」
レキが内ポケットから無造作にルビィを取り出す。
「クレーターに戻す。幸い俺たちの手元に返ってきたしな」
「それ!思ったんだよ、ごたごたしてたから言いそびれてたけどさぁっ。いつ取り戻したんだあ?財団が持ってるはずだろ?」
「レキが投げたからな」
「偽物じゃねえだろうな」
ジェイが、ハルが、そしてエースまでもが遠回しの非難を浴びせてくる。立て続きのそれに口元を引きつらせながらも、レキは証拠と
でも言うようにテーブルの上にルビィを置いた。目映い光がダイニングを淡い赤色に染める。決して安らげる光ではない、何故か皆
本能で感じ取っていた。レキが再び懐にしまう。
「ローズが隠し持ってたんだ。あいつはあいつなりの考えでブレイマーを救おうとしてた」
レキのとってつけたような説明には誰も反論しなかった。ローズが救おうとしたのがブレイマーそのものでなかったことくらい周知
の事実だ、皆が皆分かっていたから誰もローズの話を引きずろうとはしなかった。
「キャノンでぐちゃぐちゃ、って可能性もあるぞ。入れんのか、クレーター内」
「……面倒くせぇこと言うなよ。そんなこと俺が知るわけねぇだろ、行ってダメなとき考えりゃいいんじゃねえ?」
凝固-。エースの宿題は“フレイムの今後”をみっちり(とは言っていないが)考えてくることだったはずだ。先生は怒鳴るか頭を
抱えるかのどちらかの反応を見せると思われたが、実際はそのどちらでもなく軽快に指を鳴らした。
「その手があったか!」
「……じゃないだろ!何なんだよ珍しくまともにつっこんだかと思えば……っ」
頭を抱えたのはエース先生(免許無し)ではなくハルだった。妥当な流れになってきたところでジェイが椅子にどっかり座り直して手
を頭の後ろで組んだ。
「いいんじゃん?そんなかんじでさ。一番てっとり早くて一番確実じゃん。な?」
アイコンタクトの相手は勿論ラヴェンダー、珍しくそのまま受け取って気怠く挙手した。
「賛成。手っ取り早いのが一番!だいたい無い頭絞ったってろくなダシなんか出りゃしないんだからさ」
「お!流石ラヴィーっうまいこと言!」
挙げられた手はそのままジェイの頭にめりこんだ。賛成も反対も意見が出尽くしたところでレキが咳払いする。
「文句ねえな。あっても無視すっからそのつもりでっ。でさ、みんな忘れてると思うけど、次に向かうのは一応イリスにしようと思う」
「いいんじゃない?最初はそのつもりで北目指してたわけだし、チームのみんなとも一回合流したいしな」
今度は真っ先にハルが同意を示した。ハルの反対意見さえなければ決定事項は概ねものの数秒でまとまる、はずだった。
美しい挙手、思わぬ人物のそれにレキはとりわけ不機嫌そうだ。
「……なんだよエース。文句は受け付けねえって今言ったろ」
「文句じゃねえ、提案だ。イリスに行く前に寄りたいところがある。通り道だから問題ないだろ」
至極真剣な顔つき、普段はレキの決定に何ひとつ意見しない男だ、有無を言わせない威圧がある。無意味に生唾を呑んだ。
「ゴールドクロスストリートで一稼ぎ」
エースはゆっくりと手を下ろした。
頭を切り換えるのに数秒、今回やけに仲良しの二人が揃って身を乗り出して挙手する。どちらも斜め45度、なかなかの前のめりだ。
「賛成!!意義全くなし!!」
逆にシオが後方に仰け反る。ジェイとラヴェンダーが瞳を輝かせる横でエースが満面の笑みを浮かべていた。レキが遅れてすごすごと
右手を挙げる。ハルは派手に溜息をついて肩を竦める他ない。
「じゃ……、ゴールドクロス経由でイリス行きってことで、決まり……だな」
「賛成!意義全くなし!!」
今度はエースも合わさってコーラスする。完全に呆れ返ったハルは我先にと席を立ち、出発の準備に向かった。わけが分からずじまい
のシオは、浮かれて小躍りする三人を半眼で見ながらとりあえず調子を合わせてニコニコしている。
レキはそれを目にして少しだけ胸をなで下ろした。が二秒後にはハルと同じ行動をとっていた。
エースの提案はおそらく今このフレイムメンバーにとっては必要なものである気がしてならない、翌日の昼に到着するその場所は、
そんな力のある夢の街-。