ゴールドクロスストリート-砂漠化が依然として進む北西の地に、そう呼ばれる一角がある。街と呼ぶにはあまりに小さすぎるが、
連なって並ぶ建物はどれもこれも派手なオーラを放つ。荒廃した死の大地、そこで暮らす人々の唯一にして絶対の幸せを得る場所、
それがこのカジノタウンである。一際目を引くでかい交差点はそれぞれの四隅にカードゲーム場、スロット場、ルーレット場、そして
一番大きなオークション会場がシンボルとして堂々と構えている。この分かりやすいつくりが、このカジノ通りの名の由縁であった。
ここでは人々は不幸を忘れる。悲しみを捨てる。富と名誉と至上の快楽だけが支配する夢の市場、フレイム面々は期待だけを手にし
てこの交差点の一角に足を踏み入れた。
砂煙が強風に舞ってレキたちの前を通り過ぎる。否、むしろ巻き込んでいったのか何人かがむせ返った。ハルが誰かに肩を叩かれて
涙目のまま振り返った。
「(……間違えてない?)」
誰か、はシオだった。道中でこの場所について説明されたシオがそう訊くのも無理はない。とにかく第一印象は“閑散”の一言に尽きる。
さびれた漁村に負けず劣らずの静けさだ。派手な装飾の家屋がだからこそ悪目立ちして痛々しいことこの上ない。
「いや、ここだよ。昼間はジャンクサイドとそう変わんないかも、営業は夜からだから」
シオがつまらなそうに頷いて、ゴーストタウンさながらの静けさに身震いした。
「夜まで適当に時間つぶすか。真っ昼間から至らねえことすんなよ」
エースの何とも場違いな諸注意をハルがわざとらしい咳払いで制す。だいたい一番信用ならないのは他でもないエースだ、鼻歌混じり
に煙草を吹かす後ろではジェイが威嚇の唸り声をあげていた。
一抹の不安を抱きながらもばらけようと一歩踏み出したそのとき。
「よう、奇遇だなボウズ」
聞き覚えのある声に疑問符を浮かべながらも振り向く。確かに覚えはあるのだが瞬時に認識はできない、声の主を目に入れてまず感じ
たのは不快だ。
「あ”ぁ?ガキにボウズ呼ばわりされる筋合いはねえんだよ!」
ちなみにこの両者、互いにきちんとした面識は無い。眼前で青筋を浮かべているのは、財団のお抱えブレイムハンターのヤマト、そして
その部下三名である。彼らとはユナイテッドシティで顔を合わせた程度だ、それもブレイマーの大群との交戦中に、だ。居酒屋で近所
の高校生にばったり出くわしたようなヤマトの呼びかけは、レキに言わせれば窮極の場違いだ。更に言えば、腹を抱えて笑いを堪える
ブレイムハンターたちもそれに当たる。
「バカ……っお前……!い、今のうちに謝っとけ?ヤマトさん怒らすと面倒なんだって」
「はあ!?何なんだよ一体……っ」
調子が狂う。こんなアットホーム感満々の中で銃を抜くのも奇妙だがレキは形だけポケットに手を入れた。と、ヤマトが見た目に全く
似つかわしくない疲労困憊の溜息をぶちかます。
「血の気の多い奴だな。前にも言ったろ?俺たちの金蔓はブレイマーのみ、お前らなんか料理してもうまくもまずくもねえだろうが。
ここで銃なんて物騒なもん出すのは非常識ってやつだ。覚えといて損はねえぞ」
やたらににこやかなブレイムハンターの面々を訝しげに見やりながら、レキは一応銃から手を離した。エースのライターの音、完全に
くつろぎモードの彼には思いきり恨みがかった視線を向ける。
「つーことはあんたらはブレイムハンターか。うちのヘッドと面識があるみてぇだけど」
「ねえよ!」
よほど連中が勘に障るらしい、間髪入れずレキが切り返す。動じずヤマトは手持ちぶさたに何度か頷いた。
「そうか?俺はよく覚えてるがな。ユナイテッドシティでの戦いぶりはなかなかのもんだった。ハンター以外でああ手際よく動ける奴
は珍しいもんだ」
彼の身長は今この場にいる者の中でも抜きんでて低い。対照的に態度は一番でかい、言動全てに妙な落ち着きがあってその容姿との
ギャップが違和感を思い切り放つ。どう見ても十五、六歳の少年にしか見えない。腰にぶら下げてある刀はヤマト自身の背丈よりも
長い気がした。何ひとつ噛み合うものがない状況は、苛立ち以外生み出さない。
「俺たちを追ってきたってわけじゃないのか」
「俺たちも休暇中だからな。お前らだってそれが目的でここに来たんだろ?」
当にその通りだ。束の間の現実逃避を求めてやってきた場所で、苦々しい現実を連想させるだけの輩に出くわしたことが既に気に食わ
ないのに、相変わらずの上から目線が更に苛立ちを増幅させる。口元を引きつらせながらもレキは一応同意を示して頷いた。
「戦う気がねぇならもういいだろ。財団とこれ以上無駄に接触したくねー」
わけが分からないままレキはあっさり背を向ける。それに倣ってフレイム一行が踵を返しはじめると、ヤマトが小走りにその前へ躍り
出て行く手を塞ぐ。
「まあ待てって。夜までどうせすることもないんだろ、だったらお互いのチップを賭けて暇つぶしに1ゲームやらないか?」
足を止める。無論レキが、だ。
「チップを賭けて、か」
「おもしろそうだなっ。乗っとく?」
ジェイのけしかけもあってかレキが向き直る。ヤマトの会心の笑みは、やはりその少年の顔には似つかわしくない腹黒さを醸していた。
「何をするんだ?」
「単純だ。日没までの4時間、お前らの内誰か一人でも隠れきったらお前らの勝ち、範囲はゴールドクロスストリート内だ。人数の多い
お前らの方が有利だろ?」
レキは理解したのかしていないのか、無表情のまま微動だにしない。ヤマトは不信を顕わにして眉を顰めた。無反応なレキに代わって
ジェイが確認をとる。
「単純っつーか……かくれんぼってことだよな」
「そうそう。ヤマトさん好きなんだよな、かくれんぼ」
ハンターの一人があっけらかんと応えるや否や、遂にレキが笑いを吹き出して顔を背けた。背けた先のジェイのヘルメットに唾液が
飛び散る。
「かくれんぼ……!!この歳にしてかくれんぼ!!」
「気にすんなよ、大丈夫。ヤマトさんこれでも四十過ぎのおっさんだから実際、君らよりイタイから……って!」
たかだか部下の減らず口を黙らせるのに軽々と一メートル近くジャンプして膝蹴りをたたき込むヤマト。やけに鈍重な効果音が鼓膜を
かすめたがハンターはうずくまって後頭部をさする程度だ。
口がいつの間にかだらしなく開いていて、それが塞がらないレキにヤマトも我慢の限界が来たらしい、着地がてら深々と嘆息してみ
せた。
「自己紹介がまだだったな。ブレイムハンターのヤマト、この道一筋20年だ。理由は勝手に考えな。時間が勿体ねえからとっとと
始めるぞ、一時間後に俺たちが動く」
「ちょっと待てよっ、どういう……」
「後59分45秒ー」
ヤマトがレキの疑問符を強引に取っ払ってこれ見よがしに腕時計を見やる。更にジェイが半ば強制的にレキの背中を押して「かくれんぼ」
が始まった。全員理解が追いつかないままとりあえず四散する。慌てふためくフレイム一行を眺めながら、ヤマトは満足そうに地べたに
座り込んだ。
ゴールド・クロス・ストリート、そう呼ばれる由来である十字路のど真ん中で我が物顔で胡座をかく少年。余裕の現れか、腰に提げ
ていた刀を地面に突き立てて悠長に鼻歌なんかを口ずさみ始めた。
「さあてどっから攻めるかな。お前らも手加減すんじゃねえぞ」
部下の苦笑混じりの返答も聞き流して、ヤマトは喜々としてただ時計だけを見つめた。
レキは走りながら彼女の姿を探した。田舎者の観光客さながらに360度視線を走らせてはみたが、おかげで近くにはいないことが分か
っただけだ。ヤマトたちの様子から見ても、危害を加えるつもりは無いようだったが所詮は財団側の連中だ、ちょっとした状況の変化
で態度を変えることもあるだろう。
隣にいないシオの安否に気を取られている内に袋小路に入っていることに気付く。ついでに言えば長いこと視界が薄暗かったのは
オークション会場の壁側を走ってきたせいだったということも理解する。仕方なく目に付いた扉を開けて会場内へ入った。一歩踏み入
れた瞬間、今度は完全なる暗闇の世界だ。目が慣れるまでじっと待つ、わけもなくレキは手探りで先を急いだ。
暫く道也に進んでいると壁が途切れる。オークションのステージだ、少し明るいのか目が慣れたのか高級そうな木造りの椅子がずらり
と並んでレキを出迎えた。暗いのは好都合ではあるが隠れられそうな場所は見当たらない。
「ってことはここは無理か。後は……」
独りごちて何の気無しに頭上を見る。馬鹿と煙が登ると言えばもはやそこしかない。小さく気合いを入れてステージを跡にした。