ACT.15 フラッシュ


「グッモーニンッ、レディス、アンドチェリーボーイ共。昨日は仲良く遊べたかね?」
シオとラヴェンダーを目にするなり磨きたての白い歯をむき出しにしてエースが爽やかな朝を演出するも、セクハラまがいの内容と レキのテンポの良い裏拳で敢えなく中途半端な挨拶となる。
  夜が明け、ゴールドクロスストリートは再び閑散としたみすぼらしい交差点に戻った。魔法が解け、街自体が夢から醒めてしまった のだから、人間も現実に帰るしかない。そんな中で往生際が悪いというか、諦めが悪いというか、いつまで経っても起きてこない エースを皆待っていたのだが、起きたら起きたで夢見心地継続中で鬱陶しいことこの上ない。ジェイとハルは冷ややかな視線で腕組み までしていた。
《イリスまでどれくらいかかるの?》
シオが腕の前でメモを広げる。
「目と鼻の先。財団もユニオンもここのところ大人しいし、悪目立ちしない程度に堂々と入るから」
レキの安易な考えに一抹の不安を覚える者も少なからずいたが、これと言って今回は反論も出ない。何せもう地下水路には良い思い出が ひとつも無い彼らだ、豪遊後の解放感を少しでも残してイリス入りしたいものである。
  ゴールドクロスストリートで唯一朝も稼働しているのはホテルくらいのものだ。全員がなんだかんだでここに宿泊したということは、 それなりに勝った、と思いたいところだがほとんどはシオのチップの換金分であった。
  それでも憂さ晴らしにこれ以上の街はなかった、晴れやかな気持ちでチェックアウトを済ませると、皆吹っ切れたような顔つきで 清々しく歩いた。
《久しぶりにフレイムのみんなに会えるね。楽しみでしょ?》
「んー、そうだな。全員きっちり揃ってりゃいいけど。問題児ばっかだからなぁ……」
「一番の問題児がよく言うよ……」
「それお前だろ?」
五十歩百歩の言い争いだが、レキとジェイにとってその差は大きいようだ、言うまでもなく同じ問題児のカテゴリに分類される二人で あるからして他者にとっては大差ない。シオは一歩下がってその様子を傍観することにする。
「楽しめたか、カジノ。良かったろ?寄り道して」
エースなりの気遣いだったのか、今はそんな気もしてシオは何度か頷いた。珍しくエースに向けてメモ用紙にペンを走らせる。
《私が一番ツイてたでしょ?》
「ビギナーズラックだろ?やり方覚え出すと不思議と負けるもんだ」
エースは実際目にしていないから軽々しく言える。目の当たりにしたラヴェンダーとハルが渋い顔でかぶりを振っていた。二人も目撃者 が意見を一致させると有効である。
「そう思うだろ?半端ないんだって、出方が……。だいたいビリヤードにしたってものの五分でコツ掴んじゃうしさ」
「そうそう。教えたハルが負けてたくらいよ、途中からマジんなっちゃってさー」
ハルがいまいち浮かない顔をしていたのはそういう理由らしい、悪気無くあっけらかんと言ってのけるラヴェンダーを胸中でなじり ながらハルは苦笑いで取り繕った。始終ご機嫌のシオとは対照的に力無い表情だ。
  前方でどんぐり身体測定(いわゆる生産性のない子どもの言い合い)に没頭していたレキとジェイも、後方四人の麗らかな談笑を 耳にしてがなり合うのをやめる。と、すぐさまジェイが声を顰めてレキに耳打ちする。
「シオとラヴェンダー、最近妙に仲良いじゃん?俺としてはあんまり喜ばしくない事態だと思うけど」
意図が読めずレキは疑問符を浮かべただけだ。視線だけが僅かに後方に傾く。
  ジェイは更に小声で、レキを隠れ蓑代わりとして思い切り歯茎をむきだす。
「シオまでラヴェンダーみたいになっちゃったらどうすんだよっ。絶対悪影響与えてるって。その内マシンガンとか担ぎ出しちゃったり なんかして……」
言いながら身震いまでしてみせるジェイ、マシンガンのおもちゃじみた音がレキの鼓膜をかすめていたが敢えて口出しはしなかった。

  久しぶりにのんびりと歩いた気がした。そして久しぶりに、レキは思い立って空を見上げた。乾燥した風が雲をちぎっては流していく。 雲と空とがまだら状になった均一性の無いキャンバスだ。しかし雲の隙間から覗く空は青い、気がする。目を凝らそうとして邪魔された。 視界の端に、大陸上最も以北に位置する大都市イリス、その街並みが映る。レキは立ち止まった。
「街に入ったらとりあえずフレイムメンバーと合流して情報交換な。まぁ分かってるだろうけどこっちは必要な情報だけ話せばいいから」
暗に自分のことを指しているのだろう、未だにその手の話題に身構えてしまうジェイはレキにとっては面倒な存在であったが一番分かり やすい反応でもあった。
  このユナイテッドシティに次ぐ大都市にはいくつかの特殊な役割がある。その一番大きなものが、“アンブレラ試験都市”としての 存在である。“アンブレラ”はブリッジ財団が対ブレイマー完全防御システムとして開発した傘状の電磁シールドの名称だ。シールド は街全体を覆い、ブレイマーの侵入を許さない。ブレイマーを商品として知り尽くしたブリッジ財団ならではの革新的技術で、そのPR として導入をしたのがこのイリスである。
  財団とイリス側、両者の利益は相互的で、クレーターに最も近い都市がアンブレラ導入によってブレイマーの被害を受けなくなる ことは、財団側にとってこれ以上ない成果であり宣伝になる。そしてイリスも、かつてのような壊滅危機にさらされることなく、大陸 第二の都市として発展するに至った。ネガティブな換言をすると財団の息がかかった街とも言えるが。
「財団もな~、こういういいもん作れるんならさっさといろんなとこに付けりゃいいのに」
「コストがかかりすぎるんだろ。下手すりゃただの金食い虫だ。クレーターの近辺のここだから実用的に見える」
ジェイが両手離しで感心するエースのもっともらしい説明に、シオも感嘆を漏らす。画期的技術は直接金にならない場合が多い、だから 財団はブレイマー狩りをやめないわけだ。
  如何なる不純物をも通さない最強の盾、アンブレラ。レキはあっさり先陣を切った。冷や冷やしたのは本人ではなく周りの方だ、 同時にアンブレラの絶対的安心感も一気に瓦解する。
「何だ、お前通れるのか」
「思いっきり不純物通してんじゃんっ。なぁんだ~つまんな~い」
  以上が“その手の話題”に順応しまくった男女代表二名、エース、ラヴェンダーの口振りである。レキの額に小さく青筋が立った。