ACT.15 フラッシュ


「いいぜ、勝負だ。一枚ずつ表にして場に出せ」
互いの動作を確認しながら一枚一枚カードを裏返す。三枚目が同時に返された時点で、ヤマトのカードはキングが三枚、レキはハートの 8.9.10が美しく並んでいる。4枚目を表にしたところで、初と言っていいだろう両者が露骨に顔の筋肉を歪めた。とりわけレキはそれ が顕著だ。ハートのJがレキ、クローバーのJがヤマト、それぞれのカードである。
「下りても構わんぞ」
唐突にヤマトが口を開く。五枚目のカードに手が置かれた。
「そっちこそ、今なら半分に負けといてやってもいいんだぜ」
息が合っているのかそうでないのか、同時に鼻をならして辞退を拒否した。レキも五枚目に手をかけた。
  運命を分かつカードだ、勝負を見守っていた者、早々に下りた者、そして当事者の二人、誰ともなく息を呑む音が聞こえた。
「勝負!!」
素早くめくられたカード、ヤマトの手はフルハウス、スペードのJが誇らしげに並べられた。
  運命は分けられた、どころか木っ端微塵にされた。手を打って拳を掲げたのはヤマト、正反対にカードをめくった途端肘をついて 項垂れたのはレキ、返されたカードはスペードのA、見事なスカだ。ほとんど同時にフレイム側がオーソドックスな落胆の声をあげて 顔を覆う。リアクションだけはやたらに息が合っていた。
「……なんで下りねぇんだよ……よりによってスカって……」
ハルが絞り出すような声でやっとのことそれだけを口にする。誰もレキに食ってかからないのは、並べられたカードがあまりにもお粗末 過ぎるからだ。ハート4枚の中で黒々と自己主張するスペードのAは異端を越えて主役にも見える。
  嫌味や脱力、言葉にならないダークな感情が溜息に託されて何度と無くレキの背中に吐かれた。
「だから言ったろ、カードは負け知らずでな。悪ぃけどチップはもらっていくぞっ」
サンタさんからプレゼントをもらった少年、ちょうどそんな純粋な笑顔をふりまくヤマト。生憎彼が満面の笑みでかき集めているのは 夢もへったくれもないチップの山で、サンタどころか他人から力ずくでせしめたものだ。レキにしてみもサンタクロースの存在自体 見たことも聞いたこともないのだから、ヤマトの有頂天ぶりは勘に障る爽やかさでしかない。眼球だけを爽やか少年に向けて、レキは 奥歯をきしませた。
「……さっ!今夜はもう寝るか!!お前らもごくろうさん!!」
何事もなかったかのように、こちらも爽やかさをアピールしてみたが立ち上がった直後に腕を掴まれた。ハルとマッハの窮極に冷めた 視線を受けながら、加えてジェイのひきつった口元を見やる。徐々に連中から視線を逸らしてはみたが、ジェイの青筋を増やすだけの 結果に終わった。
「レキ、責任取ってやれるだけやるのが筋ってもんだろ。増やすぞ……!今からでも遅くないっ、夜は長いんだし!」
「そうそう、ヘルメットの言うとおり夜はこれからだろ。気持ち返してやるからそれではい上がれよ」
どうやらフレイム側と違ってヤマトはこちらの名前までは把握してくれていないらしい、それともわざとか。ヘルメット呼ばわりされた にも関わらずジェイは渡されたはした金を涙ぐんで受け取ると、すぐに鬼のような形相でレキを強制連行した。
「ちょっと冷や冷やしましたねー、俺、ヤマトさんの方がハッタリかと思ってましたよ」
「儲けましたね。って言っても元々はこっちのチップか……」
負のオーラをまき散らして退散するレキたちを余裕の表情で見送るスズキアンドタナカ(断っておくが漫才コンビ名などではない)、 更に開始から終了まで一貫して緩い笑顔を保っていたサトーが笑いを吹き出した。
「おもしろいっすね、あいつら。見てて飽きないというか何というか」
「財団引っかき回して大立ち回りしたかと思えば、パニッシャー共からも追われてたな。と思えば俺相手にこのハッタリだ、おもしろい なんてもんじゃない」
ヤマトはいつになくご機嫌に、手元のチップを弄んだ。
  対してカード場を跡にしたレキたち、とりわけジェイはいつになく不機嫌だ。更に普段は全くと言っていい程無い権力が発生、いたずら 息子を引きずり回す母親さながらにレキを連行した。
「レキ、よーく考えろよ。よーく考えたら俺たち実はあいつらに負けっぱなしじゃね?かくれんぼだって一発KOだったし。これ以上 関わると明日の朝には全員丸裸かも」
かくれんぼの敗因はジェイの存在も大きく関わっていたが、ジェイの言うことは事実であり珍しく的を射ている。判断基準はいつものように 彼、サブヘッドの反応だ。
「同感。あのヤマトってリーダー、いまいち何考えてるかわかんねえし掴みどころがない。食えない奴だってことははっきりしてるけどな」
ハルとジェイの見解は一致している。レキにはヤマトに対してこれといった執着はなかったが「リベンジ」の名のもとに連鎖が続くことを 彼らは見越していたのだろう。大して反対する理由も持ち合わせていなかったため、レキもあっさり了承した。
「財団とブレイマー一気に両方ぶつかんねえ限りあいつらと会うなんてこともないだろ。まあいいじゃん、ジェイの言うとおりチップ あるだけ増やそうぜっ」
  色とりどりの電飾、編み目を縫うように行き交う、ひしめき合う人々、陽気なBGMと賑やかな笑い声。このストリートの全てがレキに 楽観思考を与える。ハルの溜息が、唯一の異質物として夜に溶けた。

  同じゴールドストリート内にある建物であるにも関わらず、カード場とは比較にならないやかましさのスロット場。それもそのはず、 人間が無言でもマシンが絶えず愉快な音楽を奏でるし、チップの出る音はその数倍以上の自己主張をかましている。そして没頭する 人々は当然無口なわけがなく、当たっては飛び上がって歓喜し、はずしては地鳴りのように呻いてそこら中が奇声に満ちていた。
  そんな半狂乱集団にすっかり溶け込んでしまっているのはシオとラヴェンダーだ。奇声、までは発しないが周りの連中同様一喜一憂 に暇がない。
「ちょっとちょっとっ、シオ、またキてんじゃないの、これ!あんたコツ掴むの早すぎ……」
レバーを引いて三つのボタンを順番に押す。その単純作業が、シオの手に掛かると何故か巧みに見えてしまう。ラヴェンダーは自分の 台そっちのけでシオの動作に呆気にとられていた。足元からは洪水のようにコインが流れ出て、用意したボックスから氾濫している。
「ビギナーズラックってあんだね~。スイートルーム泊まれるわよ、今日」
溢れんばかりのボックスを入れ替えながら、ラヴェンダーは一応自分の台のボタンを押す。苦虫を潰す横ではやはり洪水、彼女は諦めて シオのアシスタントに徹することにした。
「(みんな頑張ってるかな?)」
「え?ああ、あいつら?頑張って順調にスッてると思うわよ。引き際知らなそうだもん。特にレキなんかっ」
顔を見合わせて苦笑い、どうやら二人の見解は一致したらしい。他人事のように扱っているこの問題、実はそろそろ彼女たちにも襲い 来る難問となるのだが二人はまだ気付く気配はない。
  ボックスを一杯にして入れ替える、シオだけでなく、その動作しかしていないラヴェンダーですら今や匠の所行に見えた。
  と、そこへ申し訳なさそうに顔を出す一人の男-ハルだ。
「すげっ、……何これ。全部シオ?」
「そうそう。人間どこで才能が開花するか分かんないわー。そっちは?こんなとこで油売っちゃって」
「俺はそろそろ寝ようかと思って。レキもジェイも全然やめる気ねえんだもん、ついていけねぇ……」
ハルとしては何もおもしろいことを言ったつもりはないのだが、シオもラヴェンダーも声をあげて笑った。シオなんかは必死で口元 を覆うのだがあまり意味はない。状況が全く飲み込めないハルはただ首を傾げるだけだ。
「(エースは?)」
「さっきまでビリヤードしてたけど。エースは最初に稼いで後は遊ぶタイプだからさ。……まぁ二人も、ほどほどに、ね」
さっきからシオとラヴェンダーの動作はやたらにかぶる。今度は二人して凝固、ハルを見つめたまま微動だにしない。言うまでもなく ハルは何一つ重要なことは口にしていないし、本人にそのつもりも全くない。
「あの……何?」
「あんたたまに良いことサラっと言うわよね。なんだかんだでフレイムまとめてきただけあるわ!」
「いや、俺ただのサブヘッド……」
ラヴェンダーは立ち上がって軽快にハルの背中を叩く。ついでとばかりに明らかに重量オーバーのボックスをハルに押しつけて、自分 もひとつボックスと抱えた。
「シオっ、換金して次の遊びしよ!引き際、引き際っ」
力強く頷いてシオもくそ重たいボックスをひとつ、抱える。残りのボックスはひとつだ、視線がハルに集中する。女二人の暑い期待の 眼差しとなると無視できるはずもない、明日腰痛に悩まされること覚悟でハルは二つ目のボックスを積み上げた。
  長い夜、終わらない悦楽、不夜城は日が昇るまで人々に夢を与え現実を奪った。