ACT.16 デビルパーティー


シオがあからさまに不安げな表情でレキの肩を叩く。
「(さっきのなんだけど)」
ゆっくり唇が動く。さっきの-レキがあっさりアンブレラを通過したことだ、シオにまで茶化されると思うと正直げんなりだ。が、シオ の懸念は残念ながらレキ自身のことではない。
「(ルビィ、危ないよね)」
忘れていたつもりはないが、ギクリとして懐を掴む。
  レキがルビィを持って移動しているということは、否応なしにブレイマーを呼び集めることになる。アンブレラにどこまでの信用が おけるか分からない今、イリスに長く留まるのは確かに自殺行為である。
「クレーターも……近いしな。早いとこ合流して出るにこしたことない」
爆弾を入れたような妙な重みのあるレキのジャケット、着直して何事もなかったように歩き出す。
  北方の地だけあって少し肌寒い、それでも往来する人々の活気で気にならない程度になった。
  何度も念を押すが、ここはクレーターに一番近い都市である。そのある種特殊な土地で、人々がどこよりも不安のない生活を送り、 笑顔を振りまき暮らしている風景には違和感を抱かずにはいられなかった。
「あいつらが特定の宿なんかとってるとも思えないし、とりあえずバーかパブ?ケイとかはもしかしたらその辺うろついてるかも……」
ワン!!ワンワン!-人々の喧噪に負けないようにハルが声を大にしているところに犬の鳴き声が乱入、出鼻をくじかれて一筋汗を 流した。仕切直そうと大きく息を吸う。
「ケイとかトラップはその辺うろついてるかもしれないから気配ってな。どっかバーを集合場所にして、っうわあ!!」
仕切直しも敢えなくNGテイクとなる。前方に倒れ込んだかと思うと、四つん這いのハルの背中に乗りかかってきたのはフレイム一 積極的なメンバー、見覚えのある毛並にレキが思わず顔をほころばせた。
  押し倒されたハルは姿は見えなくてもうなじに押しつけられた肉球の感覚で事態を把握する。
「言ってる側からかよ……。っていうかどけよ、オージローっ」
ハルのやるせない怒声も我関せずともう一つ軽快に吠える。レキが差し出した両手に向かって脇目もふらず突っ込んでいった。
「オージロー!!よく無事だったなぁ、偉いぞっ、さすがはフレイムメンバー!」
レキの髪と同じ真っ赤な首輪には、確かに“O-JIRO”のプレートがある。手入れも何もされていないぼさぼさの毛を、レキが喜び まかせにくちゃくちゃに撫でた。オージローは吠えるのをやめて、ひたすらにレキの頬を舐め回し、尻尾をプロペラさながらに回転 させて再会の喜びを分かち合った。
  ハルがジャケットの砂埃を苦笑混じりにはたいて立ち上がった。オージローがここに居るということは数秒後に合流するであろう メンバーは予想が付く。
「ヘッド!!良かったぁ~、ちゃんと生きてたんだっ」
「みんなお揃い~?我らがオージローさんはやっぱ鼻が利くねぇ」
人混み中でもひとつ頭を、それもアフロ並のボリュームのそれを飛び抜けさせて、ダイが細い目を更に細める。ケイもいるが、二人とも とりわけ走り寄ろうなどとは思わないらしい、のほほんと手を振ってのほほんと合流してくる。
  すっかり座り込んでオージローと戯れていたレキもマイペースのほほんカップルを目にしてムツ○ロウ撫でを中断した。自然にダイと 拳を打ち付け合う。嬉しさを、堪えていたつもりでその瞬間つい白い歯を見せてしまった。
「無事で何よりだよヘッド。みんなも、こうしてちゃんと再会できて本当に良かった」
「お前らもな。トラップは?一緒に行動してたろ?」
「センターストリートのバーにみんな集まってるよ。マッハからヘッドたちと会ったって聞いてはいたから……とにかく、良かった、うん」
レキよりも一回り大きい図体で涙ぐむダイ、レキは頭を掻きながらダイの背中を二三度軽快に叩いた。
  落ち着きのないオージローを抱えて、ケイが満面の笑みをこぼす。
「ままっ、とりあえずみんなのところに戻ろうよ。ゆっくり情報交換しなきゃでしょ?ほら、ダイちゃんもしっかりして」
ケイがレキの真似をしてダイの背中を叩く。
  こうしたセオリー通りの再会場面が繰り広げられるのは残念ながらこれが最初で最後だ。ダイとケイとオージロー、このメンツの 成せる業と見て間違いない。
「先に確認しとくけどさ、……着いてない奴何人くらい居る?」
  レキに先刻までの締まりのない笑みはもうない。歩きながらダイにだけ聞こえる声量を作るため、それとなく身を寄せた。ダイが 口を開く前に、二人の隙間を裂いてケイが鼻歌を高らかに歌う。バーの両開き扉を前にして案内係らしく先頭に立ったのだろうが、 扉を開けるでもなくレキに向かって意味深にウインクしてみせただけだった。結局ダイが扉を押す。
  昼間から店内は薄暗い照明をつけて俄に賑わいを見せていた。カウンター席にピンクのモヒカンが座っている。やはり見慣れた姿を 目にすると安堵の溜息が漏れてしまう。モヒカン、いや、チャーリーの反応はレキよりも更に薄い、しかしその微笑はかなりの希少価値 だ。マッハと一緒に逃亡していたチャーリーがこうしてのんびりバーに居るということはベータ、クイーンの安全も保障されたような ものだ。確認するまでもなく、すぐさま騒がしい足音と共にクイーンが走り寄ってきた。
「ヘーーッドォっ!遅かったじゃなぁい。待ちくたびれちゃったわよ~。ハルちゃんも元気そうね?ちょっと、みんな痩せたんじゃない?」
避け損なった。クイーンの太い二の腕を首に回され身動きがとれない状態で思い切り唇を奪われる。ご機嫌のクイーンの顔面は加減無しに 押し戻して、二発目はかろうじて逃れることができた。後方ではジェイが自分が餌食にならなかった安心と、レキへの同情で渋い顔を している。
「チャーリーの飯が無かったもんな。クイーンたちはラッキーだよ」
ハルの表情も心なしか柔らかい。ロストシティに居た頃のようなアットホーム感を誰しもが抱いていた。
  クイーンの熱烈な歓迎を全力で阻止しているレキを尻目に、ハルはヘッド代行として寄ってくるフレイムメンバーと拳を打ち付けあった。 チャーリーとクイーンと行動を共にしていたベータ、ゴールドクロスストリートで既に再会を果たしているマッハ、ケイがデッド・スカル にさらわれたときいち早く連絡をくれたトラップ、ひとりひとり確認していく内に確かな安堵を覚えていた。
「ギブス!何だよいるじゃねえかっ」
ようやくクイーンの呪縛から逃れたレキが奥のテーブルに座ったままの挑発の男を見つけて近寄る。
「どこ行っても地警に追い掛け回されるしな、ヘッドたちはとっくの昔に捕まったかとも思ってたが……。スカルと一戦あったって聞いたが 大事無かったのか?」
レキは無意識に曖昧な笑みを作って一端お茶を濁した。掻い摘んで話すには内容が濃すぎる。
  ギブスとの会話が他の連中にも聞こえていたのを確認して、レキはカウンター席でくつろいでいる数人もテーブル席に呼び集めた。 ギブスと同じテーブルを囲んでいたヴィクトリーとダブルを合わせて、既存のフレイムメンバーは全員このイリスのバーに再集結した ことになる。昼間のバーのテーブル三つを占拠した挙げ句その周辺の壁に寄りかかる数人を含めると、店側としてはかなり質の悪い 客であるが、マスターはこういった輩に慣れているのか(もしくはフレイムメンバーのせいで慣れてしまったのか)黙認を貫いてくれる。
「全員無事イリス到着ってことで。……ったく冷や冷やさせやがって、特にそこのお天気娘!……あれからスカルとは接触してないだろうな」
レキの当てつけがましい名指し攻撃を受けてケイがオージローで顔を隠す。
「はーい……してません、です」
「ならオッケー。まあお前らも知ってるとは思うけど、ケイのおかげでデッド・スカルとちょっと闘りあったんだ。で、これももう 出回ってると思うけど、ブラッディの頭はデッド・スカル側についた。ブラッディ・ローズは今事実上解散状態にある」
「レキ……!」
実に淡々と表面上の事実を並べるレキにラヴェンダーが堪えきれず割って入った。その瞬間に皆の視線が完全に彼女に集まる。意図的に 視線を逸らしていた者がほとんどのようだ、一気にどよめきが広がる。
  ブラッディ・ローズのサブヘッドの顔を知らない者はフレイム内にはいない。ラヴェンダーが何の違和感も無くレキたちに溶け込ん でいる様と、レキのこの話の始め方に対して、フレイムの“L”であるエルロンドは気が気ではない。遂に引導が渡されるのかと固く 目蓋を閉じた。
「かーなり気になってたんだけど、ブラッディのサブヘッドだよなそいつ。入れたのか?」
極めつけのベータの身も蓋もない言い回しに、エルロンドは泡吹く寸前だ。その遠くを見つめる虚ろな瞳には、レキのいたずらっ子の ような苦笑いが映し出されている。
「それは俺もラヴェンダーも意見一致。軽い同盟だな、今んとこ。……うちにはエルロンドがいるし、これ以上危険人物増やせねえしな」
昇天間際でエルロンドが現世に戻ってくる。 レキの簡単過ぎる説明に対してフレイムメンバーは全く愚痴を漏らさない。皆各々に 適当に頷いてあっさり納得の意を示していた。