ACT.16 デビルパーティー


  フレイムは今までこのレキの判断ひとつでやってきたと言っても過言ではない。ちょっとした独裁体制の中にハルやエースといった 軌道修正係がいることでフレイムとして選ぶべき道は常に信頼で成り立っていた。だからこそ今こうして全員がイリスで向かい合うこと ができている。地方警察でチームが散り散りになる際レキが咄嗟に決めた場所に、皆疑いもせず集まった。
  久しぶりに吹かせるリーダー風はどことなく気恥ずかしくもあった。
「で何が言いたかったかっつーと……ローズがデッドスカルに加入したのは一時的なもんで今はもうシバとは切れてる。ブラッディ・ローズ が解散状態にあるのは何ら変わりはねえんだけど、俺たちにとってはローズとシバに組まれてない方が賦がいいからな」
随分客観的に言ってのけるレキにごく内輪は違和感を覚えていたが口出しはしない。レキがイリスに入る前にわざわざ釘を刺していた 不必要な情報に当たるからだ、知らぬ振りもこう大勢で実行となると骨が折れる。
  レキが喋らない内容についてとやかく言うつもりはないが、口走った内容についてはつっこまずにはいられない。レキの口振りが 暗に示唆したものはハルやジェイにとっても虚を突くものだった。
「待てよレキっ、賦がいいって……まさかスカルと闘り合う気?」
ジェイにしてみれば寝耳に炭酸水並の驚きである。
「別に今すぐ仕掛けたりしねぇよ。ただシバが動いてきたらもう避けるつもりはない」
誰かが生唾を呑む音が響く。レキの目は怒りと決意とでいつにも増して鋭い。正直なところデッド・スカル、シバに対しては私情も 何もまぜこぜだった。
エイジを唆してレキと敵対するように仕向けたこと-結果エイジはブレイマーに殺された。そしてレキはそのエイジを助けてやること ができなかった。
財団に加担し、ケイを人質としてルビィを奪ったこと-おそらくフレイムの情報の多くはブリッジ財団に回っているはずだ。
「分ぁった分ぁった、スカルのことについてはそれで了解。つってもこっちからガツガツ攻めるわけでもないんだろ?その間俺たちは どうすんのよ、イリスぶらぶらすんのもそろそろ限界だぜっ。な?」
ベータの馬鹿正直な台詞に同意を示してか、何人かは跋が悪そうに苦笑を漏らす。ダイやケイなどののほほん族を除けば、フレイムメ ンバーは基本的に血気盛んな連中ばかりだ。
  良くも悪くも変わり映えのない連中に、レキは会心の笑みを浮かべて椅子の上に右足をたてた。やけにいきいきとしている。
「もちろんやることはきっちりやってもらうぜ?きちっと説明しとくけど、今のフレイムがやってんのはシオのバックアップだ。 “こいつ”を北のクレーターまで持ってく」
ジャケットの内ポケットから少しだけルビィを覗かせる。皆が身を乗り出して実物確認するかしないかのところで、レキはさっさと 懐にしまう。
「……こいつがブレイマーの大素なんだ。つまりこれをクレーターに戻せばブレイマーが発生しなくなる。……ど?でかいだろ、スケール」
得意気に上目遣いをするレキとは対照的に、初耳の連中はアホ面丸出しで口を半開きにしたままだ。レキはしつこくそのままの表情で 反応が返ってくるのを待っている。
「……でか」
人一倍図体のでかいダイがそれだけ呟く。反応としては気にくわなかったらしい、レキは聞こえないふりで流すと他者を笑顔で促す。
  そこへ情報屋トラップが自らの放心状態を醒めさせるように大きく一発手を叩く。
「でっっっか!待ってましたヘッド!やっぱひと暴れしてこそフレイムですよねっ。地警脱走して以来もう体鈍っちゃって鈍っちゃって~」
「同感。こうでないとな、やっぱ」
ベータが相槌。それを皮切りに指笛やら統一性のないまばらな手拍子やらが湧き上がった。レキのお粗末な説明と提案によもや拍手 (もどき)が湧こうとは、ラヴェンダーにしてみれば理解不能で、彼女は露骨に肩を竦めてみせる。
「俺、シオ、エース、ハル、ジェイ、それとラヴェンダーは今まで通りクレーターを目指す。で……えーっと実はここに来るまでいろいろ 厄介事に巻き込まれて……簡単に言うと敵を増やしたっつーか……」
急にしどろもどろに口を濁すレキにもフレイムメンバーは寛大だ。というか適当極まりない。軽快に笑い飛ばして誰一人愚痴らない あたり能天気、と言った方がいいのかもしれない。今のテンションが冷めたときはおそらく非難囂々だ、そうなる前に勢いで誤魔化し きってしまうことにする。
「えーと地警通り越して、お前らも分かると思うけど、ユニオンが俺たちを追ってる。あいつらイレイザーキャノンぶっ放したりで ろくなことしねぇし、あっちの動きを把握しときたいんだよな」
「はーい!あたしやりまーす!ユニオンの情報ならある意味探りやすいし」
ケイがオージローの前足を掲げて立候補、続けてレキが顎先でダイ(保護者)、それからヴィクトリー、ダブルを指して強制的に立候補 させた。あくまで立候補だ、本人の意思を尊重してのチーム分けである。
「それとブリッジ財団の情報も欲しい。トラップ中心にベータ、チャーリー、エルロンド、深入りしない程度に探って。フォックス、 ギブス、マッハ、クイーンはデッド・スカルの監視、と……ロストシティの様子もちょっと見といて欲しいんだよな。特に、東スラム」
後者チームの四人が軽く顔を見合わせる。ロストシティ、東スラムと言えば元々のフレイムの根城だった場所だ。おそらく今はデッド・ スカルに制圧されているだろうことは容易に想像がつく。
「ヘッド……」
「終わらせて、帰るところがないのも考えものだろ?」
今度は皆静かに頷く。ノーネーム集団の彼らに、他に帰る場所はない。ロストシティ、あの見捨てられた廃墟と瓦礫の街こそが彼らの 故郷で、機嫌の良いときだけ雑音混じりに映るテレビしかない湿っぽい倉庫が彼らの家だ。
「任せといてヘッド!スカルもブレイマーも綺麗に掃除して住み良い町づくりに貢献してみせるから~!」
「おう、任せる。無茶はすんなよ」
「ヘッドったら~。そんなに心配してくれるのぉ?大丈夫よぉ、こう見えても私そこいらの男より強いんだから」
「……おう。(見たまんまだろ……)」
クイーンがどさくさに紛れてハグとキスをかまそうとするのを寸前で回避して、レキは改めて今ここにいるフレイムの面々の姿を見直す。
  あの日、地方警察で脳裡に焼き付けたそれぞれの顔を今こうして再び眺めることができる。皆レキの一言を信じてここまで来てくれた。 思い出しては思わずゆるむ口元を制そうと、下唇に力を入れてむせたふりをした。
「っつーことで話も一段落したとこで一杯いっとこうぜーっ。ヘッドが奢ってくれるってよ!みんな遠慮しないで飲めよー!」
「あ”?ちょっと待て……っんなこと一言も……!」
一人哀愁を背負っている場合ではなかった。ベータの突拍子もない宣言にすかさず訂正を入れようと椅子を蹴って立ち上がる。
バァン!!-椅子を蹴り倒したにしては激しすぎる音が店内に響く。そそくさと椅子を起こしながらレキは音のした方、出入り口に 視線を移した。
  扉を反対側に叩きつけて入って来た客は意外といえば意外な人物であったが、決して懐かしくはないせいか大した驚愕はなかった。 緊張感の欠片もないレキとは相反して、出入り口の彼はひどく切羽詰まったオーラを振りまいている。
「捕まってやる気がないなら地下の酒蔵に入れ。ユニオンがぞろぞろこの店に向かって来てる、お前たち目当てだろう」
緊迫というものは、有り難いことに空気から伝わりやすい。レキの表情が一瞬で強ばる、のをぶち壊してジェイが場違いに喚いた。
「あ!あんときのちっちぇーブレイムハンター!何でここに……!!」
「いい加減名前くらい覚えろヘルメット。おい、どうすんだ?こんだけ群れちまってんだ、頭がスパッと決めろ」
「ヘルメ……っ、そっちだろ!!」
ヤマトの顔は緊迫感はあるが冷静だ。ジェイの言うとおり彼、ヤマトがこの場に突如現れた理由は気にかかったが最優先事項は明らかに そんなことではない。
  耳をそばだてると気持ち悪いくらい規則的に、なおかつ凄まじく多くの足音が鼓膜を揺さぶるのが分かる。迷う時間も理由もない。 疑問はこの際後回しだ。
「全員入れるか?」
「詰め込むしかねえだろ。死んだふりじゃ素通りしてはくれんぞ。おいヘルメット、もたもたしてないでとっとと下りろ!」
ジェイの額に大きな青筋が浮き立つ。も、ご自慢のヘルメットでそれこそ綺麗に隠されて誰の目に触れるということもなかった。
  東スラムのアジトから炙り出された記憶が功を奏してか、皆必死の形相で押し合いへし合い地下へ身を移した。