ACT.16 デビルパーティー


「出たぁぁぁぁ!!もう嫌だぁぁぁぁ!!」
ダァン!ダァン!-叫んだのはジェイで、撃ったのは無論彼ではなくハルだ。
  バーを出てから数体のブレイマーと遭遇、その都度この絶叫がハルの真横で発せられる。銃は握らせても全く撃ってくれないジェイは お荷物どころか完全な邪魔者だ。
「嫌なのはこっちだ!手伝わないならせめて黙ってろ!!」
ブレイマーの雄叫びだけでも胃がむかむかするのにその上ジェイの汚い悲鳴まで毎度聞いていると、思わず銃口を彼に向けたくなる。 ハルが一人でも何とか処理できるような小型のブレイマーばかりに対面しているのが唯一の救いだった。内心、冷や冷やしている。 少しでも大きいサイズに出くわしたら終わりだ。
  弾倉に残っている最後の一発が丁度とどめとなってブレイマーは大人しくなった。大量のゼリーがコンクリートの地面にただれ落ちる 不快な音と同時に、その肉片がハルの頬に飛ぶ。甘くて美味しいゼリーとはほど遠い、酸性の刺激が皮膚に走った。
  辺りに他のブレイマーの気配が無いのを確認してから一息つくと、銃をジャケットの内側にしまう。
「ジェイ……、あのさあ……」
「分かってる!次は絶対加勢する、な!次……も、出るんだろうなやっぱ……」
  アンブレラの亀裂箇所とは反対方向に走ってきたわけだから、ブレイマーの数は他グループよりは俄然少ないはずだ。ジェイという 負荷要因を除いたとしても、ブレイマー数体を相手取るのはかなりの神経と集中力、そして体力を消耗する。
  ハルはふと、散り散りになったメンバーの身を案じた。この、クレーターに一番近い街というロケーションにおいて、ルビィが、 それを持ち込んだ自分たちがどれほどタブーだったかを今更認識する。
  思索は数秒に満たなかったはずだが、不意に引っ張られた袖口に過剰に反応して、ハルは勢い良く振り向いた。シオが視線と腕で 脇道に聳える高いビルを指していた。住宅の並ぶこの辺りのブロックで、尖塔めいた造りの建物は不自然で目立つ。
「《アンブレラの管理棟ってきっとあれじゃないかな》」
シオは無意識にか、焦っているせいか随分早く唇を動かす。それでもハルには大半の単語を掴むことができる。正確には、いつしか そんな風につかむことができるようになっていた。
「ハンターたちが向かってたやつ、か。穴を塞ぐにはあそこで作業するしかないんだよな?」
「あ?あーまぁそうだろうな。財団企業秘密の細かい仕組みがどうなってんのかは知んないけど、電磁シールドの一種なら大素は全部 管理棟だ。段ボールでひとまず応急処置ってわけにもいかないし……」
「ジェイ、トランシーバー持ってんな?とりあえずあれに上ろう。直るのか直んないのか、把握しときたいし」
「賛成。一体一体潰しても非生産的だもんな。臭いもんは元から絶つか蓋するかどっちかだよ」
大した働きもしてない割に疲労の表情だけは人一倍のジェイ、肩を竦めて安堵の溜息をついた。ブレイマーの大素を今すぐ絶てない からには、彼の言うとおり蓋をするしかない。三人は混迷と入り組んだ路地へ走った。
  普段は警備員なんかもいるのかもしれない。指紋や声紋やパスワードで万全のセキュリティを保って、イリスの中核としてアンブレラを 管理してきたに違いない。しかしそれらは全て想像するしかない。非常事態の今は空しく警報が轟き、真っ赤な点滅灯が薄暗く館内を 照らしているだけだ。入口は無防備に開いている。
「先の二人が解除したのかな」
「どっちだっていいよ……早いとこ入ろうぜ」
ジェイの胸中は避難所にいち早く駆け込む安心感で一杯だ。どこからブレイマーが襲ってくるか分からない市街よりは、いくらか安全 が保証される赤灯と警報のなる屋内の方がジェイにとっては良いらしい。
  人気のない館内には定められたシステムだけが従順に作動し、エレベーターも自動ドアも通常通り稼働していた。迷わずエレベーター に駆け込む。ジェイが横の壁にもたれて大きく息をついた。
「ジェイ、安心してんなよ。中が安全なわけでもないし、確認したらまた外だぞ」
そう言ってあっさり懐から銃を抜くハルに、ジェイは目を丸くして身を起こす。
「中にはいないだろ!?」
扉がゆっくり開く。何かの気配を察知してハルはすぐさま銃を構える。研ぎ澄ました神経は扉が開ききる前に一気に緩和した。
  出口で同じように黒縁眼鏡のブレイムハンター、スズキが強ばった表情で銃を構えていた。無論スズキも苦笑混じりに肩を竦め、銃を 下げた。
「びびらせるなよ。まさかブレイマーがエレベーターのボタン律儀に押してお行儀良く上ってくるなんざ思わないけど……。まぁ入れよ。 面倒だから全員ヤマトさんの部下ってことで通してくれよ?」
なるほど、ヤマトの名前があれば万全セキュリティを全てクリアできるようだ。
  快く案内されて三人は制御室に入る。中にいるのは、出迎える形になったスズキ、こちらに軽く手を振るタナカ、そして真っ青な顔で コンピューターをいじるスーツの男たち数人、と極端に少ない。良くも悪くも人の手を借りない制御システムらしい。ジェイが一瞥して ヘルメットを取った。
「外はどうなってる?カメラが生きてるところはだいたいチェック入れたんだけど、まあ相当数が破壊されちゃっててね~。見ての通り 亀裂箇所の様子なんてのは分からないんだわ」
  人の数より遥かに多いモニター数はざっと50余り、中央には10畳ほどのメインモニターがあり、無意味に閑静な住宅街が映し出されて いる。奥の方でブレイマーらしき影たちらちらしていた。メインモニターを取り巻くように設置されたその他のモニターは、タナカが 言うようにほとんどが砂嵐状態である。
「俺たちもあっちの状況っていうのはちょっと……。ただもうこの近くでも何体かウロウロしてる。アンブレラの修復にはどれくらい かかるか確かめたくて来たんだけど」
スズキとタナカがきまり悪そうに顔を見合わせる。
「修復……ってのがね、亀裂箇所をどうにか元に戻すには、その近辺のシールドを張り直すしかないんだと。穴付近に行って蚤みたいに ちっちゃい部品を取り付けなきゃならない。……つまり無理ってことだ。ヤマトさんの無線も銃声と奴らの奇声しか返ってこない状態だから ね」
「無理って……!おいおい、ハルどうするよ!?」
ハルに即決できるはずもない。素直にただ焦るジェイはある意味楽で、ハルはその反応にすら窮していた。
「……で、さっきイリス側の判断で連合政府に緊急救援要請を出したらしい。直にパニッシャー部隊がぞろぞろお出ましってわけ。君たち は退散した方が身のためかもしれないな」
「マジかよ~!レキとラヴィは穴の方に行っちまうし、エースはエースで一人でどっか行っちまったし……どうすんだよー」
ジェイは脱力感のままにその場ににしゃがみこんだ。悩んでいるのではなく考えるのを放棄したのだ、やはり楽な選択肢である。
  しかし今後の決断を下すのはもはやハルではなかった。彼が黙り込んだ数十秒という時間と一本の電話が、全ての決断を一瞬にして 一刀両断する。
「こちらイリスアンブレラ管理制御室。……室長、ユニオン本部です。繋ぎます」
半ば放心状態だったハルも「ユニオン」という単語に反応して耳を澄ませる。落ち着きのなかった薄暗い室内の空気が、静まり返って 張りつめる。
  その声は、とにかくこの場には似つかわしくなかった。機械音声さながらに、一定のリズムとなだらかな抑揚と正確な発音、完璧な 音が室内に響き渡った。