ACT.16 デビルパーティー


「サトー!!」
ヤマトが手を止めてヒステリックに彼の名を呼ぶ。別段サトーは罵られるようなミスはしていない、むしろ指示通り吸って吸って吸い まくって少々腰に痛みを覚えていたくらいだ。が、ヤマトの苛立ちにも合点はいく。サトーは文句ひとつ吐かずホースを地面に置くと 懐から素早く二丁の銃を取りだしコッキングした。
  ヤマトの狩るペースと、ブレイマーが増えるペースが全く一緒で膠着状態となっていた。サトーが銃を抜き、狩そのものをアシスト することは非常に稀なことだった。だからと言ってサトーの腕前は悪くないことは言うまでもない。
「こういうときに限って雲一つない快晴とはな!皮肉なもんだっ」
「天晴れってやつですねぇ」
サトーも絶え間なく引き金を引く。その口元が明らかに引きつっていた。
  ヤマトはというと、先刻の眉ひとつ云々だとか華麗な舞がどうのだとかは全て撤回せざるを得ない、般若の面並の凄まじい形相で モグラたたきゲームに翻弄される小学生、それが今の彼である。
  膠着状態は瓦解しつつあった。一方の生産量が勝れば自ずとそうなる。そして勝ったのはブレイマーの増加量であった。
  頭の隅に撤退の二文字がよぎったところで、新しい効果音が加わる。ホイールが急停止するときに響く、猿の鳴き声のようなあの かん高い音だ、近づいてきたかと思うと小さなブレイマーを飛び越え-損ねて下敷きにし、あわや転倒かという程傾くが、車体は上手い 具合に半弧を描いて美しく停車した。停車は美しかったが後は野となれ灰となれだ、ライダーは何の未練もなくバイクをその場に捨て 置くと同乗者共々さっさと銃を構える。
「いいタイミングだ!バイト料は支払ってやるから手伝えよっ」
  レキは改めてヤマトの器の大きさに感服した。この、辺り一面ブレイマー畑の中心で爽やかに冗談が吐ける男は世界中探してもおそらく 彼だけだ。あるいは至って本気なのかもしれないが、気の利いた応答どころか声ひとつ発せないレキにしてみれば、いずれにしろ神業 である。ラヴェンダーでさえ萎縮するブレイマーの大群、その圧迫感の中四人はひたすらに標的を見据え、攻撃する。
  ヤマトの爽やかさは、レキたちが到着して5分と保たず消え去った。理由はシンプルで、レキとラヴェンダーの合流がさほど事態を 好転させる材料にはならなかったからである。膠着状態に舞戻っただけでいっこうに先が見えない。どちらかというと銃器類の残弾数 の底の方がはっきりと見えるようだ。ヤマトはただ苛々していればいいが、残りの三人には常に特有のハラハラが付きまとう。
「~レキ!もういいでしょ!?悪いけど大人しく喰われて!!」
遂にはラヴェンダーの心ない絶叫が轟く始末、何とも答えられずレキは聞き流して無心に乱射し続けた。要領が悪いのは自分でも分かって いるが一体に集中しているとたちまちに囲まれる。散弾が結果としてこの膠着状態を招いていることは否めないが、それが今できる 最善の策だった。いや、レキがルビィごと喰われてやるという最善策の次に考え得る良策だ。
  おもむろにレキが両腕を下ろす。銃声で誤魔化していたブレイマーの悲鳴やら雄叫びやらが堰を切ったように聴覚を支配した。何度 聞いても聞き慣れない。地面に視線を落とした拍子に首筋を伝った汗がやけに冷えていた。それを適当に拭うと、まずはメインアーム に装弾、数発放った後サイドアームにもカートリッジを詰める。
「……埒あかねぇ」
再び銃を下ろす。景色はどこまでも黒々と波打って、真っ青な空と視界を二分していた。残りの弾は退路確保に使う他ない。そう ラヴェンダーに合図しようとした矢先。
「総員、小隊に分かれて射撃用意!20秒後に一斉攻撃だ」
ブレイマーでできた壁の向こうからあの声が響く。レキは認識するなり顔面蒼白で地べたに這い蹲った。
「ラヴェンダー!!伏せろ!イーグルの奴ら半端ねぇぞ……っ!」
ラヴェンダーはすぐさま頭をまるめてしゃがみ込む。
  迫り来るブレイマーのゆったりとした足が止まり、好き勝手な遠吠えが究極の奇声に変わるまで約20秒。イーグルの短い合図の後 凄まじい数の銃弾がブレイマーの体を貫通し、そのままレキたちの頭上を飛んでいった。全ての音量がいちいちでかすぎて耳が変に なりそうだ。銃声が止んでも暫くは耳鳴りがしていた。
「レキっ、ちゃんと生きてる!?」
「おぅ、何とか……」
言いながら声のした方に向き直ろうとしたが辺りは一面砂煙で覆われて、細めた目で揺れる人影を見つけるのが精一杯だった。人影は 躊躇無くレキに近づいてくる。それがラヴェンダーよりも明らかに大柄であることに気付いたときには、既にイーグルの銃は完全に 照準が定まっていた。
「ちょ!!マジかよっ!」
ダァン!!-相変わらず容赦という名の間がこの男にはない。発砲直後にあるはずの激痛は無く、レキの真横で1メートル弱の小型 ブレイマーが声もなく溶解していくのが見えた。
「レーキ!ヤマトたちと合流しないとこの上ユニオンはまずい……っとぉ」
今頃姿を現した挙げ句間の悪い女だ、硬直したレキとイーグルを見てラヴェンダーは派手に舌打ちした。
ヴォオォォォ!!-ラヴェンダーに負けず劣らずブレイマーも全く空気を読んでくれない。レキもイーグルから視線を外して、未だ 後を絶たない入場者に再び銃口を向けた。
「おい、無事か?限度ってのを考えねぇ攻撃しやがって……」
ヤマトとサトーが親父臭くむせながら毒づく、とイーグル隊の姿を目にして更に露骨に顔をしかめた。サトーはバーでフレイム一行を かくまうために下手な小芝居をかましている、この状況下ではち合わせするとは夢にも思っておらず、こうなると苦笑いしかできない。
「なるほどな、ハンターか。貴様らが負うにはでかすぎるリスクだと思うがな、その男は」
「うるせぇ。役人は黙って領収書に判でも押してろ。汚ねぇ狩方しやがって」
「ヤマトさ~んっ」
  主役は今回レキではない。連合政府のパニッシャーと財団所属のブレイムハンター、そして本来そのどちらからも標的にされているはず のルビィを持ったブレイマー(仮)のレキたち、トライアングルの三角頂点が勢揃いし顔をつきあわせているにも関わらず、その銃口は 全て同じ方向に向けられていた。
「まだまだ来るぞ。胸くそ悪いが協同戦線だ、喰われてやるわけにはいかないからな」
  実際パニッシャーの攻撃はブレイマー一掃に関しては桁違いの破壊力で効率も良い。流石は専門機関といったところだ、狩どころでは なくなったこの状況でバックにかれらの攻撃があるに越したことはない。ヤマトの言葉を借りるなら、非常に胸くそ悪いが互いに ブレイマー退治に手を取り合う他ないようだ。
「撃ち方用意……撃て!!」
グゥワ”ァ”ァ”ァ”!!-イーグルの射撃命令に合わせてレキたちも引き金を引く。ブレイマーも見計らったように高々と呻りを上げ、 それは次の瞬間より聞き苦しい悲鳴や断末魔に変わった。
「……レキと行動するとほんっとろくなことになんないわ。ジェイにもハルにも同情」
ラヴェンダーは何の気無しに呟いたつもりだろうが、レキにとっては不条理ないわれようだ。胸中でそっくりそのままお返しして、レキは 引き金を引き続けた。