ACT.17 パラドックス


「取り引き、か……」
レキにとって苦手な分野であることは知れている。しかしやってみる価値は大いにありそうだった。
  了承するレキにシオは更に不安を募らせていた。
「何、結局こいつらと手を組むわけ?」
話の流れ上否定できないだろう、呆れ返ったラヴェンダーの言いぐさをレキは眼球を逸らして切り抜ける。今回ばかりは何人か、とりわけ 女性陣の反感を買ったようだった。
  レキ自身どういうグループなのかいまいち理解できていない。本来ならイーグルと同じ席に着いている事自体ありえない光景だ。 と、イーグルもこちらに振り向く。
「気は進まないが俺が乗ってきた軍用機でブリッジ財団まで移動するのがいいだろう。鼠のように水路を這い回る習性は生憎無いんでな」
空々しい顔で皮肉を吐き捨てたかと思えばさっさと席を立つ。ヤマトに言われて預けた銃と警棒を取りに室内の隅を目指した。
  レキはできるだけイーグルに対する感情を抑えようと、澄ました顔で後を追う。
「もうひとつ。貴様と行動を共にする上での契約だ」
レキは構わず自分のダブルアクションとサイドアームのリボルバーを探す。メインアームの装弾数を確認する振りをしてコックハンマ ーに指をかけた。
「何だよ、契約?」
「少しでも妙な素振りを見せたら即、撃たせてもらう。貴様がブレイマーである事実を俺は軽視しない。いつああなるとも限らん」
イーグルはそのまま独特なフレームのリボルバーガンを懐にしまった。レキもコックハンマーから指を離して何事も無かったかのように 立ち上がる。
「別にそれでいい。俺も、そっちが俺以外の仲間に手出すようなことがあれば遠慮なく撃たせてもらう」
「契約成立だ」
裏を返せばその状況以外では互いに銃を向けないという契約でもある。張りつめた空気はイーグルが背を向けてバーを出るまで続いた。
  ようやく一息、楽に呼吸ができる。
「いいのかよ好き勝手言わせちまってさ。な~にが『即撃たせてもらう』だっ、こないだまで断りなくガンガン撃っといてよく言うぜ」
ジェイが背後からぶつくさとぼやいて使いもしないオートハンドガンを銃器の山から漁る。威勢は良いが、イーグルがいなくなってから ぼやき始めるところはジェイらしい。素直に横で毒づかれると、抑えた怒りや憎しみが何だか吹っ飛んでしまった。二人は所謂ヤンキー 座りで他の連中の銃も取り分けていく。
「あいつらのシップで行くんだろ?時間があるならメンテするけど」
「ああそうだな、随分やってない」
しまったばかりの銃のフレームを向けてジェイに差し出す。
  受け取る前にジェイの手が一瞬躊躇った。レキのダブルアクションのハンマーが下りている。ジェイだけならまだしも、レキまでもが 冷や汗を流した。
「気持ちは分かるけど先手は打つなよ……。あいつ、口だけじゃない」
ジェイが静かにロックする。確かにハンマーに指はかけていたがコッキングした覚えはない、無意識だったとしたらその方が数倍恐ろし かった。
  この同盟は細い糸の上に成立しているのだ、背中を伝う冷たい汗がその警告のように思えた。
「サイドアームは全員持っとけよ。考えたくないけど護身用に」
ジェイが抱え上げた段ボール箱の中から各々にサイドアームを引く。ラヴェンダーに限ってはライフルもマシンガンもジェイ任せだ。
  準備が有る程度整うと、皆のろのろとバーを出て駅の先にある高原に足を進める。イーグルの軍用機が停泊している場所だ。夜の ウォーキングをするには余りに暗く、家々の明かりも街灯も灯る気配すら無い。昼間のブレイマーの残骸や崩壊した民家を直視しなく て良い分好都合と言えばそうだった。靴の裏の、体液を踏み締める感覚はどう足掻いても誤魔化せそうになかったが。
  レキのすぐ後ろを歩いていたシオが、坂道の途中で彼のジャケットの裾を掴む。言いたいことは分かっていた。彼女はこの同盟に 反対している。
「全員が甘い汁吸いたいんだよ。アンブレラみたいなのが手に入るんだったら何としても手に入れたいし」
「(ルビィを見せる必要は無かった。いざというとき取り引き材料にされる)」
レキは反応に困った。シオがやけに早口で、なおかつこの暗がりだ、何を言ったか理解できない。仕方無しに適当な相槌で誤魔化す ことにする。
「心配ねえって。危ない橋ほど先にはいいもんがあるっ」
何を言ってもいろんな意味で無駄そうだ。シオは諦めてレキを追い越して進む。
  駅前広場でちらほらと白い影が踊っている。敬礼でもして出迎えてくれるかと思ったが、やはりそううまくもいかなかった。
「大佐、お考えなおし下さい……っ、これは立派な服務違反です」
「言ったって無駄だろう!?何度この人の気まぐれでノーネームを追いかけ回したと思ってんだ!挙げ句に同盟だと!?」
「おいっ、口を慎め!」
白い影がちらほら、つまり全く統一されてないということだ。どうやらイーグル側と反発側に分裂したようで、そういった意味では 統一されていた。
「おーおー。もめてんなぁ」
一番最後に坂道を上りきった体力無し男ことエースが、物見遊山でもするかのようにはやし立てる。レキたちにしてもヤマトたちに しても首を突っ込まない方が無難であったし、また関わりたくもなかった。少し離れた位置で腕組み状態をキープ、見物に徹する。
「お前らもよく考えろよ!!イーグルなんかについて何のメリットがある!?ユニオンを敵に回したらどうなるか分かるだろ!?」
今、気合い満タンで声を張り上げているのがおそらく火付け役だろう、血管浮かせて叫んだ結果見事に隊の動揺を誘うことに成功する。 イーグルから視線を逸らす者、近くの者と話し合う者、イリスでブレイマー駆除に当たっていた時の結束力は嘘のようだ。逆にあの 貧乏くじが隊の一体感を削いだのかもしれない。
「大佐、恐れながら自分も今回の行動には従いかねます」
「これ以上本部に逆らいたくはないよな……」
反旗は範囲を広げてはためき始める。事の成り行きを見守らざるを得ないレキたちは、数人が煙草を吹かし数人が雑談というお粗末な 有様である。中ではレキはマシな方で黙って状況を見守っていた。イーグルが不敵に笑うのが微かに見えた。
「シップを降りたい奴は降りろ。俺に与えられた艦は譲れんがな。俺に付き従う者が来れば良いし、死にたければ-」
懐に手を入れて中でコッキングする。
「手伝ってやってもいい」
火付け役は把握していたようで、迷うことなくそいつに銃を向ける。
  全員が息を呑む。解説不要かもしれないがレキとヤマトは同時に引きを覚えて口をへの字に歪めていた。
「あいつ、やることが滅茶苦茶すぎるっ」
「俺なら迷わず降りるな」
滅茶苦茶代表のレキとヤマトにここまで言われてはイーグルも気の毒である。つまり滅茶苦茶なリーダーが三人結集したチームという のが高台で待ちぼうけをくらった彼らということになる。一応共通点はあることはあった。
「お前は死にたいくちらしいな」
火付け役の火が衰え、忽ちに顔が強ばる。イーグルは挑発するようにゆっくりシリンダーを回しながら恐怖を煽った。
  口を出す気も首を突っ込む気も更々なかったが、傍観するにはいささか気分が悪い。レキが不機嫌にそっぽを向いたとき。
「降りるそうですよ彼は。ここには政府運営の鉄道も通っていますから大丈夫でしょう。私は就航準備に取りかかります」
「……そうか。時間を無駄にしたな。突っ立っているあそこの連中も収容してくれ、スペースは空くはずだからな」
「了解」
イーグルは手早くロックすると銃を下げ、白いコートを翻した。イーグルの側近か、違ってもそれなりの地位はあるのだろう補佐役 の隊員の卒のない一言で場は荒れることなく落ち着いた。数十人が黙って艦を降りていく。唾を吐き捨てる火付け役に続いて、皆肩を すぼめて去っていくのが見えた。
  案内係としてよこされた隊員に通されてレキたちはすごすごとイーグル機に乗り込む。小隊にあてがわれた艦とは言え、中は豪華客船 並に広い。状況と持ち主が相重なってか、いつもなら興味津々のジェイも肩を縮こまらせて無言で銃の段ボールを抱きかかえていた。 随分多くの隊員が去ったように見えたが、中に入ると半数以上の白制服がそれぞれに業務を行ったり、くつろいだりしている。はっきり 言ってフレイム一行にとっては窮屈だ。ジェイの必要以上の固まり具合も理解できる。はっきりついでにもうひとつ言うと、残った 連中はまともな思考回路ではない。
「適当に座れ」
「離陸します。カウントダウン開始-」
捕虜さながらに小さくなって座っていると、耳に残る高音と共にシップが浮上する。
  ユニオン、ブレイムハンター、そしてフレイム一行のゴッタ煮シップは夜風を切ってブリッジ財団本部へと進路をとった。