ACT.17 パラドックス


  バーはしぶとく残っていた。ブレイマーが頭から突っ込んでいた窓ガラスと、棚に陳列していたウイスキーの瓶、グラスなどは全滅 していたが、各々に適当な容器にワインを注いで待機していた。レキたちがイーグルから身を隠すために押し込まれた酒蔵のワインは 無事だったようだ。ヤマトがカウンター席で肩越しに振り返る。
「来たか。まあ適当に座れよ」
言われて座ったのはエースだけで、その上ちゃっかりワインとつまみを注文。要するに出来うる限り傍観者でいたいらしい、一番隅に 陣取ったのもそのためだ。そんなエースを視界から意図的に追い出して、嫌でも目に付く白い制服にレキはやはり苦虫を潰さずにはい られなかった。
「なんでそいつと、ユニオン連中まで座ってんのか説明が先だろ」
「そうだったな、忘れてた。お前ら全員銃出して部屋の隅にまとめとけ。俺らもユニオンも共通でやってることだ。……話し合いに銃は 無用だろ」
レキの不快指数が目に見えて上昇、それでも動かずヤマトを睨み付けた。
  店の奥の丸テーブルにはイーグルとその部下の白制服が数人座っている。白といっても昼の戦闘で随分汚れていたり、返り血まみれ だったりした。
「どうした?」
「……話し合いをする気はない。そいつは俺の命を狙ってるし、仲間も撃ってる。だいたい、俺たちはどの組織にも従うつもりもないし 同盟もごめんだ。ハンターにもユニオンにも協力はしない」
誰一人銃を差し出す素振りを見せない。頭を掻くヤマトに代わって、イーグルが口を開いた。
「ユニオンに従う必要は無い。同盟、か……そうだな、休戦協定ならどうだ。パニッシャーとブレイマーの、ではなく俺とお前のだ」
レキは奥歯を軋ませた。
「どういう意味だ。ユニオンを捨てる気かよ」
咄嗟に反応を示してしまったがために、ヤマトの手が隙を逃さず差しのべられる。不意を付かれて一瞬凝固していると、視線の先で 半眼でにやつく子どっさんがいた。
「銃」
食えない奴だ-レキは渋々二丁の銃をヤマトに引き渡した。他の連中が溜息混じりに後に続く。
  レキは無駄に肩を怒らせて、ふんぞり返って席に着いた。いくつかテーブルを挟んだ先のイーグルがせっかちに話を切り出す。
「クレーターにイレイザーキャノンを撃った後、周辺のブレイマーはほぼ壊滅状態に至った。しかし、その後爆発的に発生し以前と 同じか、それ以上の数に増えていることが分かった」
「そりゃそうだろ。……逆効果なんだよ、イレイザーキャノンは」
思い切り嘲笑をかましてみせる。ユニオン隊員が今更ざわめくのがいかにも滑稽に映り、妙な優越感を抱いた。
「ユニオンはブレイマーについてもクレーターについても知らな過ぎる。その点じゃ財団の方がうわてだぜ」
「その通りだ。連合政府の権力はブレイマー駆除による人民の羨望とその需要で成立しているようなものだ。ブレイマーが根こそぎいなく なれば、その集中権力が崩壊する可能性も否定できん。……故にこのイタチごっこを繰り返す。本質はブリッジ財団と何ら変わりないのが ユニオンだ。お前たちがキャノン阻止に必死になっている時点で、何か裏があるとは思ってな」
「こっちが情報を売るってことは、あんたは俺たちに協力するってのが前提になるんだぜ?どう説明する。俺は仲間以外は信用しない 質だ」
レキにしては上出来の応答である。ハルが介入してこないのがその証拠だ。それでもイーグルは何ら動じることなく、襟に付けたバッジ を外すとコインのようにレキに向かって放り投げた。キャッチした拳を開くと、確かにユニオン隊員の証である紋が刻まれている。
「大佐……!!」
「かまわん。どのみちブレイマーがいなくなれば価値が無くなるバッジだ。あれひとつで市民の安寧が買えると思えば安い」
  レキはその真意を測ろうと凝視する。このイーグルの潔く大胆な所行は、困ったことにレキが好感を抱く類であった。残りのユニオン 隊員もこぞってバッジを外し始めるのを見て、レキはそれを何でもポケットにしまった。
「一個で十分だ、こんなもん。これ以上ユニオンに邪魔されるのも面倒だしな」
何でもポケットの中からあっさりそれをテーブルの上に出す。驚いたのはフレイム側で、捉え方によってはかなり軽率な行動だったが 制する間もなくルビィは忽ちに店内を毒々しい赤色に照らした。シオの究極に不安そうな表情に対しても、レキはふてぶてしい態度で 有無を言わせない。
「例の石か。ブリッジが血眼で探してるやつだな」
ヤマトも興味津々に身を乗り出す。イーグルとユニオン隊員の反応は期待以上で、初めて目の当たりにするルビィの光に言葉を失って いた。
「このルビィがブレイマーの中核だ。こいつを、クレーターに戻せばブレイマーの発生は止まる。キャノンも大雨も大量に数を減らす けど、それ以上に増やすことになるだけだ。俺たちはただクレーターにこいつを返しに行く。それで全部終わる」
実に簡素な説明だがイーグルにもヤマトにもそれで十分だった。
「たったそれだけのことなのか?全人口より多いんだぞ、ブレイマーは」
カラクリはもっと複雑だ。それはレキたちがルビィの真実に辿り着くまでに嫌と言うほどその五感で味わってきた。しかし余計な肉付き を取っ払って結果だけを求めれば、ヤマトが驚愕するほどシンプルだ。レキと、フレイムメンバーたちですら今何故か、その単純さに 戸惑っている。
「それだけのことなんだよ」
自分自身に確認するようにレキが付け足した。複雑なのはきっと、ルビィでもブレイマーでもなく関わった自分たちの心境だ。腑に落ち ない顔のヤマトのためにも、レキは事の成り立ちを掻い摘んで説明した。人間はやや複雑な方が理解するには都合がいいらしい。ヤマト はまだ納得いったようないかないような曖昧な生返事をするだけだ。
「レキ、ちょっとたんま。イーグルは分かったよ、けどヤマトの方が不自然だろ?ブレイマーがいなくなったら商売上がったりになる。 ……首突っ込んでくる意図は何だ?」
  遂にハルが口を出してきた。どうやら長いこと考えていたらしい、因みにレキは冷えた頭でも大して考えていなかった項目だ。妙に ヤマトの口車に乗せられやすいレキの代わりに、ハルはいつも一歩引いたところから慎重にヤマトを見ていた。
「良い質問だが……一度言ったよな。俺はお前らが気に入ってる」
「それは理由にならない」
ハルの問は攻撃的だった。
有能な補佐役だ-となりでぼんやりしているサトーと比べてヤマトは嬉しそうに笑みをこぼした。
「俺たちはより楽しめることに重点を置いて動く。財団についてブレイマーを狩るよりフレイムについてブレイマーの発生を止める 方が魅力的なんだよ。こう言った方が分かるか?」
普通はそこに使命感が無くては説得力は生まれないものだが、ハルは勿論フレイム側はヤマトのこの適当な理由を否定することができ ない。彼らの行動の根本はいつもその辺りに存在するから、寧ろ共感を覚えてしまうわけだ。レキがヤマトに敵対心を抱かないのは、 そういった類似要素を直感的に感じ取っていたからかもしれない。
「妙な協力者ばっかり増やして……どうすんだ、もう」
「いいじゃねえか。これで鬱陶しいパニッシャーの追跡は無くなるんだ。どうかすりゃ財団側の情報もつかみやすくなる」
ワインにチーズクラッカーを貪りながら煙草までくわえてやりたい放題のエース、もはやハルは匙を投げ状態だ。
「そういうことだ。二大勢力とキーパーソンが揃いも揃ったメイン機関がここ。最強だろ?」
  ヤマトの考え方の他にもうひとつ、フレイム的要素が顕れる。先刻から明らかに独断で話を進めているにも関わらず、ハンターたちは 全く反対する気配が無い。ヤマトの一言一句を和やかに聞いているだけで、決定権は全て彼にあるらしい。
  どうも調子が狂うのか、レキは大雑把に頭を掻いて遠足気分で談笑するブレイムハンターたちの間に割って入った。
「財団側ってわけじゃないんだろ?雇われハンターがどこまで内部に精通できる?」
「言ってくれるじゃねえか。それは頭と腕次第だな。財団の中枢と手を組んでバックアップさせる。クレーターに入るならその程度の 準備は必要だろ」
ヤマトの宣言は多くの者の意表を突いた。突拍子も無い提案だが、反応は各々分かりやすく早い。シオは言語道断とでも言わんばかり だし、イーグルは不服を申し出て嘆息する。
「賛成しかねるな。こちらの作戦に乗るとは思えん」
「(私も……。ルビィを奪われたら元も子もない)」
「だったら丸裸でクレーターに突っ込むか?発生源なら今日のアンブレラの穴とは比較にならん程のブレイマーがうろついてるだろう、 キャノンの影響で更に増えてるとも考えられる。言ってただろ?ブレイマーについては財団がプロだ。餅は餅屋ってな」
この自信に根拠はあるのだろうか、不安は尽きないがレキとラヴェンダー、そしてイーグルはあのブレイマーのファミリーパックを 実際に体感している。“あれ以上”の想像が具体的にできると、ヤマトの論の正当性がにじみ出てきた。
「何か対策があんのか?」
「まーな。アンブレラの開発チームが個人用に改良版をつくってるらしい。そいつを手に入れるために取り引きをする」