ACT.2 サイレントレディ


   レキは機嫌が悪かった。はっきり言って非常に悪かった。
それというのもサンダーが奇襲してから後、どしゃぶりとも小雨とも言えない中途半端な威力の雨が3日も降り続いている。
外はいつにも増して薄暗いし、物資調達のために出歩くこともできない。
ストレスと体力を持て余しているのは勿論レキひとりだけではないが、とりわけ彼は苛立っていた。
「どうでもいいけど見てるんだったらちょっとは手伝えよ!」
レキが窓の外を親の仇でも見るような目で眺めていると、銀のバイクの陰からジェイが顔を出した。
この倉庫には二人しかいない。
レキの銀のバイクと他数台、残りはスクラップなのかどうかわからないラジオやタイヤ、そして大型の無線機材、ジェイの工具などが所狭しと転がっている。
この倉庫はジェイ専用というか機械様専用というわけである。
「ずいぶん派手に減らしてくれたよなぁ。ホイールもマフラーも手に入れんの難しいんだからちょっと気ィ遣えよ」
頬を黒く汚してジェイは真面目にバイクのメンテナンスに励む。
レキの愛車「ギン」は同時にジェイの愛車でもある。ジェイが運転することはほとんどないが、こうやってレース前後のケアや日々のメンテナンスに力を入れているのは彼だ。
昔はローズのバイク「クロ」もよく世話したものだが今はギンだけに神経を費やしていればいい。
ちなみに二つのバイクの名付け親はジェイだ。名前といっても車体の色そのままでどちらかというと識別のための暗号のようなものだ。
「後何日くらいかかる?」
「もう終わる。三日もこの雨じゃろくにやることもないしな。スパナとって、スパナ」
煤で汚れた左手を差しのべてレキに軽々しく要求してくる。仕方なく工具箱からスパナを取って手渡した。
「……なあ、ローズさあ俺のことなんか言ってなかった?」
「は?なんかしたのか?……別にジェイには何も言ってなかったと思うけど……」
「いや、俺そのものじゃなくてそのぉ……。えーと……」
自分から切り出しておいて口ごもるとは始末が悪い、レキが口をへの字に曲げる。
完全に黙ってしまったジェイ、がレキの方が先に情報をつかんだ。
「ラヴェンダーか。いいかげんすぱっとあきらめろよ、だいたいあの女はお前には合わないって」
言うが早いか即効で釘を刺されてジェイがしょぼくれる。励ましを期待していたわけではないが、こうばっさり斬られると返す言葉もない。
「だいたい日常的にマシンガン乱射して破壊活動に専念してるような女、いいかぁ!?尻に敷かれるのが目に見えるよ。俺ならパスだな」
「だよなぁ……。俺だってできればもっとおしとやかで男を立てるような女の子がいいはずなんだよな。でもなんちゅーか、ラヴェンダー見るとこうっ、な?」
男のくせに夢見がちな目で汚れた頬を赤らめるジェイを、レキは勝手にマゾ扱いして一歩引く。
ここにもフレイム三箇条その2をまるで無視している男がいるというわけだ。
「まあ発情してくれるのは勝手だけどほどほどにな」
ジェイがスパナを振り上げて立ち上がる。
「発情とか言うな、発情とかっ。……まぁ俺なんか相手にされてないし、お前が心配するようなことは何も……何も……」
自分の発言に虚しさを覚えて無言でスパナを収納、そのまま切なさを噛み締めて工具箱を閉めた。
レキが苦笑しているのを尻目にひとりでラヴェンダーワールドにトリップしてしまっているようだ。
   ラヴェンダーというのはブラッディ・ローズの特攻隊長的存在の女である。いつもローズの傍らにいる、ローズの良き理解者でもある。 性格に少々問題ありだが、活発という言葉で片づけられなくもないだろう。とにかくジェイが惚れるには手に余る女なのである。
    レキがギンのエンジンの具合を確かめようとグリップに手を掛けた矢先、倉庫のシャッターが不躾に上げられた。下から徐々に明るい色の髪が覗く。
なんだかとても一生懸命にシャッターを押し上げようとしているが約半分ほどのところでどうにもこうにも動かなくなったらしい、 小さなうなり声とそれにタイミングを合わせた踏ん張りが微かにシャッターを揺らした。
レキが無造作に中側から手伝うと、ケイが勢い余ってよろけながら中に入ってきた。
「ごめんねヘッド、作業中に。でもちょっとうちらには手に負えなくなっちゃって……」
肩を竦めてケイが嘆息する。ジェイも不思議がってこちらへ寄ってきた。
「?何かあったか?……ちょっと放っとくと何かしらろくでもないことが起こるな……」
話を聞く前にレキが顔をしかめる。
    彼のしかめ面には実はきちんとした根拠があった。
例を挙げれば、フレイムの某火薬担当が始末を怠ってドラム缶を10個破裂させたり、某ギャンブラーが市街でパクられそうになったり、 最近では某新入りがスケボーでブラッディローズにつっこんでリンチされそうになったり、とにかく思い当たることが有りすぎる。
いずれもレキが側にいないときに限って起こるから、レキはフレイムのチームリーダーであると共にフレイム幼稚園の先生でもあるわけだ。
さしずめメンバーは問題園児といったところか、しかも大きい園児なだけにやらかすこともタチが悪い。
「とにかくさっ、一回テレビ部屋に来てくんないかな。説明すんのも面倒だし」
テレビ部屋-ケイが名付けたレキたちの本部のことだ。
レキとジェイは顔を合わせてケイの後を追った。
   今度はケイの代わりにジェイが本部のシャッターを上げる。上げきる前にレキが身をかがめて中へ入り、でかい疑問符を発射した。
   視界に妙なものが映っている。具体的に言うと知らない女の子が、だ。
テレビの横に置物のように座っている黒髪の女、その周りを取り囲むようにベータやクイーンが座っている。
「誰それ!ベータぁ、こんなところに連れ込むなよっ、しかも堂々と」
「連れこんでねぇよ!北と東の境界線辺りうろうろしてたから連れてきたんだろ!?」
「やっぱ連れ込んでんじゃん」
ジェイが空いているところに腰を下ろす。
レキはしばらく女を凝視していたが、立ったままケイに目で合図を送る。
「今朝ベータとダイが見つけたんだって。オージローの散歩中に」
聞くやいなやレキが訝しげにベータをのぞき込む。
やけに過剰反応してベータが壁際に仰け反った。
「何でお前がオージローの散歩なんか行ってんだ?だいたいダイはどこ行ったんだよ」
ベータの発言はまず疑ってかかるに限る。自己保持のためなら平気で嘘をつく奴だ、過去何度それに騙されて被害を被ったか知れない。
ベータが慌てふためいているということは本当なのだろう、偽証のときほど彼は冷静だ。
「ダイちゃんなら角材集めにオージローとどっか行ったよ。その娘の椅子作るって」
一斉に視線が“その娘”に集中する。半ば忘れかけていたが話の中心はこの女のはずだ。
レキが中腰のまま女を見やる。
「名前は?どっから来た?」
なるべく優しげに、怯えさせてしまっては意味がない。
しかし見つめあうばかりで相手はだんまりだ。恥ずかしくなってレキは後方に助けを求めた。
ベータもクイーンも頭を振っている。
「だめよヘッド、あたしたちが何訊いてもこれなんだから。嫌んなっちゃうわー、口がないわけじゃないでしょうに」
クイーンの露骨な嫌味顔はある意味男連中のすごみより恐い。
ベータの方も肩を竦めているところを見るとケイやクイーンは聞き出し係として召喚されたらしがクイーンを宛にしたのは大間違いだったようだ。
「だからお手上げだって言ったじゃん。ヘッド何とかしてよぉー、放り出すわけにもいかないし……」
ケイが哀願してくるのはかわいい、かわいいしやる気が湧く。
しかしクイーンとベータにそろって指を組まれるとせっかく上がったやる気メーターも一気に急降下だ。
純粋でもない瞳をキラキラさせてくる後者二名を制して、顔色ひとつ変えない女の前に座り直した。