ACT.23 カタルティック アンセム


「何とかするって言うからには勝算があるんだよな?」
イーグルは能面を被ったような顔のまま瞬きひとつしない。所謂無反応というやつで、ハルは諦めて嘆息すると外の景色に目を移した。
  下へ下へと流れていく風景、その速度が緩やかになる。ハルが気づくと同時に、イーグルが八連式リボルバーをスイングアウトした。満弾であることを確認すると素早く戻す。ハルはもう何も聞かないことにした。
  エレベーターが静かに止まる。
「先に行って別部隊と合流するように。急げよ」
扉が開くなりイーグルが振り向きもせず出て行く。続く廊下にユニオン隊員が立ち並ぶのを目にして、ハルは慌てて敬礼し歯切れよく返事をした。敬礼は保たれたまま扉だけがのんびり閉まり、再び上昇する。気を抜くとすぐこれだ、などと自嘲しつつもやはりまた疲労のため息をかましていた。
  上がったと思ったらまたエレベーターの速度が落ちる。
「あ、やべっ。上がりすぎっ」
チーン――ハルのおたけびもお構いなしとばかりにエレベーターの扉が間の抜けた音と共に開かれる。階数表示は数字を示していない。降ろされた先は、ラウンド状に全面ガラス張りの展望室だった。
  当然というか人っ子一人見当たらない。普段は人がひしめき合うのかどうかも怪しいもので、ガラスの向こうに広がっているのは美しいとは言い難いくすんだ空ばかりだ。
「無駄金だよなぁこれ……」
  相引きするにはムードがない。食事をするにも一服するにも、机も椅子もないこの空間では落ち着かないだろう。ただ空を見るためだけのスペースのようだった。
(イレイザーキャノンの光は見やすい、か)
  余計なものが何もない。文字どおり高みの見物には持ってこいである。そのための簡素さだとすればおぞましい展望室だ、一度大きくかぶりを振ってハルは再びエレベーターへ踵を返した。
  その目に初めて異物が留まる。ついでに足も止まった。パネルが五枚、真ん中の一枚は「:」を表示し絶えず点滅している。残りの四枚には各々数字が表示されていた。
  巨大なデジタル時計だ、数秒観察してそういう結論に辿り着いた。誰がどう見たところでそうでしかないものに一瞬思考を要したのは、デジタル時計よやらがハルの生活になじみのない代物であるせいだ。時を細々と刻むこと自体と無縁なせいもある。
  一定間隔の点滅は妙な焦りを生んだ。実際こんなところで時計などに足止めを食っている場合ではないのだ。ハルは勢いよくエレベーターに駆け戻ると、一つ下の階のボタンを押した。息つく間もなくハルも自分の銃の装弾数をチェックし、あらかじめコッキングした。
  チーーン――またどことなく拍子抜けする音がして扉が開く。開いた瞬間から物凄いスピードで何か小さなものが入り込んできてハルの真横の壁にめり込んだ。
「は?」
ダンダン!!――パァン!――ガシャーン!――耳元に届く音は全て破壊音の類で、声という声は悲鳴か奇声だ。開いた扉の陰から見知った顔が凄まじい形相で刀を振り回しているのが見えると、ハルは無意識に、本能的に、「閉」ボタンを押していた。
「何やってんだハルってめぇっ、加勢だろーがこういう場合!」
  このエレベーターはハイテクに割に扉が閉まるのが若干遅い。のんびりしている間に、これまた見知った不精ひげ男が力ずくで扉をこじあけハルを引きずりだした。
「そいつも仲間か! 撃ち殺せ!」
「ちょお!」
「伏せてろよボケ!!」
  撃て、ではなく撃ち殺せ、というところに相手の気迫を感じる。引きずり出されて即刻、的にされかけた挙句ボケ呼ばわり、腹を立てる暇もなく頭上で何発かの銃声が鳴った。無理やり押さえつけられた頭から重圧が消えると同時に銃声も一時的に止む。ハルは立ち上がりながら痛切な顔つきで銃を抜いた。
「説明が要るか?」
「……聞きたくない」
  エースは既にユニオンのコートを羽織っていない。テンガロンハットが無いだけで完全にいつもの彼だ。先刻視界を横切ったヤマトも同様だった。状況がこうも丁寧に教えてくるのに、この上わざわざエースの口から言い訳がましい説明を聞かされるのはストレスだ。
  つまりは最初の宣言通り、潜入がばれて派手に暴れている最中なのだろう。
「何もゴール手前で大暴れしなくても……!」
つきあたりから響いてくる足音に備えてハルは愚痴を中断して銃を向ける。
「イーグルの野郎はどうした。自分ちで迷子か」
エースはハルに背中を押しつけて反対方向に通路に視線を集中させる。挟みうちにされるも応戦準備は万端で、エースとハルの銃がほぼ同時に火を噴いた。但しその弾がうまいことうまいところに命中するかはまた別問題だ。
  相手は曲がりなりにもユニオン隊員の、それも将校クラスだ。発言がいかに雑魚っぽかろうがそこは紛れもない事実でしかない。更にこちら側にとって不利な点を挙げれば、ここはユニオンの本部、つまり敵陣の中心であること。ヤマトがそれら全てを払拭する獅子奮迅の大活躍をしてくれたところで、後から後から援軍に合流されたのではたまったものではない。
  撃つだけで、相手を黙らせることも先へ進むことも叶わない状況に危機感を覚えた矢先、エースがついに行動を起こした。左手はそのままユニオンを射撃、右手の銃でエレベーターのボタンと扉を撃ち抜く。
「エース!」
「仕方ねぇだろ! 新手がこっから来たらもうアウトだ!」
エースの視界に長い棒のようなものが一瞬かすめる。そうかと思うとエースが応戦していた側の銃撃が途切れる。この機を逃す手はない、すかさず振り向いてハルの耳元ぎりぎりで精密射撃をしてみせた。これによってハル側のユニオンも一時的に片付いたのだから文句はつけられない。
「もたもたもたもたしてんな!! 死ぬ気でついてこい! 俺が道を開く!!」
ヤマトの額に特大の青筋が、はち切れんばかりに浮き立っている。鞘に収めたままの刀を華麗に振り回して、群がるユニオン隊員を蹴散らしてくれた。
  エースが悠長に、称賛代わりに口笛を吹く。
「だと。追うぞ、こんなもん相手にしてたらきりがねぇ」
「同感……っ」
スタート地点で既に息を荒らげている二人、示し合わせてヤマトの後方についた。気持ちとしては先陣を彼に切って頂いて自分たちはその援護、のつもりだったがやはりこれもうまくいかない。ヤマトは自分の好きなように跳ねまわるし、アシストしようものならぶち当てかねない。ハルもエースもそれぞれ一発ずつ、そういった弾を撃っていた。
「殺す気かてめぇら!! どこ狙ってやがる!」
で、これが三発目だ。ヤマトにとってはどちらによる発砲かなんてのはさほど問題ではない。
「ええぃちょこまか動かれるとやりにくいんだよ……!」
エースはエースで苛立ちが手元に出る。
  ヤマトの神業は本来あの三人の部下の完璧な連携アシストあってのものだし、エースは誰それのアシスト自体もとからそう得意ではない。フレイムメンバーに限っては、その癖を知り尽くしていることから難なくこなせるだけだ。
「いい加減くたばらねぇとぶった斬るぞ!」
やりかねない――ハルは二人のかみ合わない連携(?)プレーを素知らぬ顔で流して、後方からの追手迎撃に回っていた。ヤマトの分かりやすい怒りとエースの苛立ちが互いに向かないうちに、とハルは威嚇射撃を続けながらジャケットのポケットに手を入れる。そのまま連射しつつ手際よく手榴弾を投げた。ちなみに毎度おなじみ“ギブス特製”である。
  ズガァァーーン――後方の掃除は思わぬ形で片付く。覚悟していたはずが予想よりも派手に通路を吹き飛ばしてた。ハル自身目を点にするくらいなのに、予期していなかったヤマトとエースが驚かないはずもなく、交戦中のユニオンも皆呆気にとられていた。
  彼らの目を覚まさせたのはけたたましい警報だった。顔を覆うハルとは対照的ヤマトは会心の笑みを浮かべる。
「いいもん持ってたな、上出来だ」
「悪い……鳴らすつもりじゃ……」
「鳴っちまったもんはしょうがない。そいつで一気にコンピュータもたたくぞ」
ヤマトはようやく鞘と刀身の隙間にに親指をかける。目的は眼前の機械扉をぶった斬るためだ。
「おいおい……分厚いぞ、明らかに」
エースが口元を引きつらせながらカートリッジを入れ替える。
「扉を斬ったら即行で投げ入れろ。吹き飛んだ奴は運がなかったと思うしかないが……一応警告はしてやれよ」
エースの冷やかしも相手にせずヤマトは腰を落とした。
  あれだけ騒いでこれだけ警報が鳴り響いているにも関わらずこの扉は一度も開かなかった。当然人の出入りもない。ヤマトの右手のひらに力が込められる。
「開けるぞ」
刹那、鉄と刀身が奏でる和音が美しく響き、扉には斜め十字の閃光が刻まれた。