FINAL ACT ブレイズ


  レキは足元の砂を適当に蹴散らして、そこに座る。ユウが動こうとしないので、自分の隣の砂を手で払いのけて座るよう促した。無論砂を払ってもそこには砂があるのだが、気分的にガラスやプラスティックを取り除けたことにできる。ユウが仕方なく、隣に座った。
  レキは暫く眩しそうに沈む夕日を眺めて、目を休めようと砂を見つめる。砂山で作ろうかと周囲の砂をかき集めてみたが、レキを嘲笑うかのように固めた側から流れて崩れる。早々に諦めた。
「クレーターは爆破してもらった。鍾乳洞も、ルビィがあった部屋も」
  ロストシティに帰還して数週間経つ。この手の話を、レキ自ら話し始めたのは初めてだった。否が応でも聞こえてくる事後報告や他人のうわさ話に、レキは最低限しか関与しなかった。
  ユウはほとんど何も聞いてこなかった。クレーターでの出来事も、ユニオン本部での一部始終も、彼女は彼女で知りたいはずだったがレキに対しての質疑は無い。おそらくレキが話さなくても事の顛末は四方から聞こえてくるのだろう。
「……あいつに頼んだでしょ」
「手っ取り早いだろ」
ユウは目ざとい。大抵のことはお見通しだ。イリスで、イーグルに頼んだ内容はこれだった。
  彼はユニオンの体制も整わぬ内に、精鋭を引き連れて真っ先にクレーターの封鎖に赴いた。残存したブレイマーの処理をしながら奥へ進んでいったが、撤退する頃にはレキの気持ちを察することができた。同調したと言っていい、関わったイーグル部隊も似たような感慨を抱いた。それだから、クレーターの爆破、及び完全封鎖に誰一人として異を唱える者はいなかった。
「あんな作り物の天国じゃゆっくり眠れないからな」
  ユウが小さく笑いを吹き出した。レキも流石に心外そうに顔を上げる。
「天国なんて、生きてる人間が生きてる人間のために作るんだから仕方ないでしょ」
「またそういう……」
呆れながらもどこかで納得していた。漠然と天国はああいうキラキラした温かい場所だと思っていたが自分が、あるいは自分についてきたような連中がそこで安住できるかと言ったら難しい気がする。既存の天国にスリルがないのは考えものだった。
  くだらないことを考えている自覚はあったが、それを笑ってくれる人間がもう近くにはいないこともレキは分かっていた。受け入れることで、何かが楽になって、それがどこかで寂しくもある。いつかのシオの言葉をよく思い出しては苦笑していた。
  またくだらないことを口走る。
「……ここ出ないで、それなりに楽しくやってたら何か、違ったかな」
「さあ。どうかな、あたしには分かんない。……選ばなかった道は結局選ばない気もするし。時間は戻らないから。……進める人間は進まなきゃ」
  レキは小さく、頷いた。ユウの肩に背中を預けて少しだけ風景に気持ちを向ける。
  本音は、口にしたその言葉だったのかもしれない。こうして何もせずぼんやりしていたら、二人が戻ってくる気がしてならない。そしてそれをきちんと窘める自分も居て、ジレンマはレキの心を羽交い締めにしていた。
  レキはこうして未だに振り返る。楽しくて、懐かしくて、満たされた時を思い出す。そしてもう一度前を向く。ユウが笑う「今」の方へ視線を向ける。
「ユウ」
  日の半分は海に飲み込まれていた。
「未来(さき)の話をしようか」
カウントダウンがゼロになるまで、続く先の話をしよう--明日の朝、日が昇ったら何をするとか、今度ここに来るのはいつにするとか、やりたいことと行きたいところを数えよう--。空になったポケットに新しく何かを詰める、一杯になるまで繰り返し探しに出る。一杯になったらユウのポケットにも詰めてやれ、そう思いながらレキは次の行動を考えて話し、ユウと笑った。疲れ切るまで話そうと思った。
  太陽が空から海の中へ隠れていく。今日を過去にして明日に繋いでいく。
「レキ……、寝たの……?」
ユウの嘆息がレキの前髪を揺らした。
  オレンジ色だった目蓋の向こうが静かに夜色に染まっていった。目が覚めたらまた続きを話そうと思った。ポケットに入らない一番大切なものを、毎日抱きしめようと思った。
  明日も、明後日も色を変えながらそこに在る空のように--。

  生きる切なさを知る全ての人へ、この言葉を贈る。
Fin