ACT.3 スカーレット


   かつてこの大都市を滅ぼしたブレイマー、ハルやフレイムの仲間の家族を奪ったブレイマー、そして今エイジを喰らわんとするブレイマー。
5メートル級の大きさを誇るものは奴らが生まれてくるクレーター付近でも希だった。 レキには分からないが、それがエイジを掴んでいる力はおそらくすさまじいものなのだろう。
  レキが呼吸の乱れを制してブレイマーの頭部を狙っている間にも、エイジの骨がへしゃげる奇怪な音が轟く。
錯乱しきったエイジはその度に狂ったように泣き叫んだ。
「頭だろ、頭……!こいつを当てりゃあ……」
  突如、視界がブレイマーで一杯になる。間合いが一気に詰められてブレイマーのもう一方の腕がレキへ伸ばされる。
不意の攻撃にレキの頭の中は一瞬真っ白になった。避けるにしても反撃するにしても良い方法が思い浮かばない上、それを実行する間がもうなかった。
顔を背けた刹那-。
ダァァン!!- -一際大きな銃声が鼓膜を揺らす。
あれだけ撃ってももげなかったブレイマーの腕が一瞬の爆発と共にただれ落ちていく。落ちた衝撃でレキの顔にも汚い液体の飛沫が飛んだ。
「レキ!こっちだ、急げ!!」
呆然としていたレキの頭に聞き慣れた声が響く。
声の主はいつものテンガロンハットを頭に乗せて硝煙の上がる銃をこっちに向けている。
ブレイマーがうめき声を上げるのをちらちら見ながら、エースがレキに手招きした。
「遅ぇんだよ!何のためにハルにメモ渡したと思ってんだっ」
助けてもらっておいて第一声がこれだから、エースも素っ頓狂な奇声を上げた。
ダッシュでエースと合流するレキ、滴る汗を手早く拭う。
「なんだありゃあっ。育ちすぎだ、何喰ってんだ。最近のブレイマーは発育がいいったらねえな」
エースは瞬時に状況を判断すると持っていたオートハンドガンをしまって連射可能な可変バーストに持ち変える。 ブレイマーの巨大さにあっけに取られながらも、手元ではセーフティを外していた。
「何でエースが撃ったら効くんだよっ、細工した?」
半ば悔し紛れにエースの銃を睨む。
エースは満足そうににやついてさほどありもしない上腕二頭筋を見せびらかした。
  ブレイマーの耳をつんざくような絶叫に、意識は再び目の前の現実に舞い戻る。二人して歯を食いしばりながら耳を塞いだ。
「早くしねぇとエイジがやべぇっ」
「ったく、どこまでも世話のやけるクソガキだぜっ」
テンガロンハットを深く頭にねじ込んでエースが無造作に銃を構える。彼の発砲までの動作には何一つ無駄がなく、言うなれば鮮やかそのものである。
可変バーストのエースのハンドガンは一度のトリガープルで三連射、弾は全てエイジを握りしめているもう片方の腕に命中した。
しかし先刻のように派手に吹き飛んではくれない。弾は当たったものの傷はすぐに修復されていく。
「タフな野郎だ……!おい、レキっ。見てないで撃てよ、きっちり同じところをなっ」
誰でもできる芸当のようにあっけらかんと言ってくれるが、そんな所行ができるのは、レキが知っている限りではエースくらいのものだ。
高速で頭を振ってみたが、エースはもはや見てもくれない。
「がぁあ!!痛ぇ!痛ぇよぉ!……助けて……っ」
ブレイマーがもがく都度、反対の腕には力が込められているらしい、エイジが悲痛なうめき声を上げる。 そうでなくてもブレイマーの体中をとりまくあのべとべとの液体はまるで胃酸のようにエイジの全身を濡らして皮膚を溶かしつつあった。
「先に撃て!俺が何とかする!」
言われるままにぶっ放すと、エースがその発射位置に合わせて引き金を引く。 まさに神業だ、エースの弾はレキが命中させた箇所に寸分の狂いもなく三連発で当たった。
  エイジはようやく地面に叩きつけられて空中浮遊から逃れることができた。
両腕を無くしてもなお、ブレイマーはうなり続けた。
「エイジっ、大丈夫か!?」
レキがすぐさま駆け寄る。
  このまま逃げるなり、とどめをさすなりして楽に事なきを得るはずだった。
皮膚は無残にただれていたもののエイジの意識ははっきりしていて、視界も明瞭であった。
だからこそ余計に、彼はこの先の恐怖と絶望を本能的に察知していたのかもしれない。レキを見ても目を血走らせて唇をガタガタ震わせていた。
  本当の惨劇はここからだった。 「ヴォオオオオン!!」
痛みか屈辱かにか分からないがブレイマーの咆哮は一際低く大きい。そもそもそんなものを感じる痛覚や感情はあるのだろうか、 どちらにしてもエースとレキの攻撃はブレイマーの神経を逆撫でしたようだった。
「レキ!離れろ!」
安堵の一服に火をつけた矢先に、エースは煙草を口から落とした。
そうでなかったらレキに対しての危険信号を送ることが不可能だったのだ、レキはわけがわからないままバックステップで再びエイジと距離をとる。
レキの眼前をブレイマーの頭がなぎ払っていった。
暴走していると言えば最初からそうだったが、今は出現時の比ではない。両腕のない体で壊れた振り子時計のように四方八方に頭を振る。
腹の底から出されるうなり声にレキの体は振動しこわばった。
動くことができずレキも、エースもただブレイマーの狂乱ぶりを呆然と眺めている。
  ふと、その規則性のない動きが静止する。おもむろに床に転がった「食べ物」に関心を移した。
「エイジぃ!逃げろっ!!」
「よせっ、お前が喰われちまうぞ!」
エースは通常ムキになってレキを止めたりはしない。
だから彼の伸ばした手をなんなくかわして、レキは再びエイジのもとへ走った。
エイジは腰が抜けているのか、それとも立ち上がる体力さえ残されていないのか侮様に尻もちをついたまま後ずさった。
全身にまとわりついたブレイマーの体液が、エイジの逃亡を阻止するようにしっかりと足に絡みつく。
「レ……レキ……!あ……」
もう、ろくに恐怖を叫ぶこともできない。震えの止まらない唇のせいで前歯ががちがち音を立てた。
「レキィ!!」
振り絞った声で叫んだのは、誰でもないレキの名前だった。
そしてそれは、エイジの最後の声。
ブレイマーの口は歯も舌もないただの穴、まるで吸い込まれるようにエイジの上半身はその穴に入り込んでしまった。 下半身が力無くもがくのをレキは為す術もなく見ている。
飲み込むでもなく、かみ砕くでもなくブレイマーはエイジの体をくわえたまま微動だにしない。 そのうちにエイジが動かなくなるとそれはひとつのオブジェのように、何か完成された風景を作っていた。
「エイジ……!」
エースがレキの後ろで顔を背けてかぶりをふる。
エイジの腕が勢い良く降下したかと思うとだらりと垂れ下がった。
  腹が減る、レキは朝食もとっていなかったからもうすぐ昼も近いと思うと無性に腹が減った。
ブレイマーもそう思っていたのかもしれない。
エイジに対して特別執着を持つわけではなく、上半身で満足すると用無しとばかりにあっさりエイジの死体を吐き捨てた。
そう、死体だ。
腹部から上は全ての水分を抜かれて単純に言うと干からびていた。肌の色は褐色となりほぼ骨しか残っていない、さながらミイラのようだった。
思わず目を覆うほどの光景、それなのにレキは逆に視線を逸らすことができなかった。目蓋の裏に焼き付くほど見つめる。 すぐ側で激しい物音がしたが、それももはやどうでも良かった。
「喰われてぇか!ぼやぼやしてっと俺たちもエイジの二の舞だぞ!しっかりしろ!」
先刻の音はエースが自分を突き飛ばす際の体に響いた振動だった。
機敏に起きあがるエースを目にして、レキもかぶりをふり何とか平静を取り戻した。立ち上がって銃を握る。
「すっかり刺激しちまったみたいだな……どうする?」
「こいつ使いな。今度こそ頭狙え、口ん中放り込んでもいい」
エースが、視線はブレイマーに向けたままレキの手に何かを握らせた。
卵形のオーソドックスな手榴弾だ、レキが一瞬目を丸くする。そしてすぐに苦笑いをこぼした。
「倉庫ごと吹っ飛びゃしないだろうな」
「文句はギブスに言えよ。俺が奴の両目にぶちこんでやるからその隙にやっちまえ、いいな」
頷いて、レキはやっとひとつ自分の行動を褒め称えた。エースにこの場所を伝えるように仕向けたのは何より正解だった。
エースが可変バーストに加え懐からいつものオートハンドガンを取り出すと、レキは少しの安堵を覚えた。