ACT.3 スカーレット


  エースは昔からブレイマーの対処には冷静で的確だった。 それが何に由来するものであるのかレキは詳しくは知らないが、特に知りたいと思ったこともないし、実際エースに聞いたり詮索したりすることも無かった。
レキにとって大事なのものは、裏付けや根拠よりも事実だ。それは今も同じである。
レキは渡された手榴弾に確かな手応えを感じていた。
「しくじるなよ!」
銃を握ればエースは誰よりも二枚目だ、その射撃は鮮やかという他ない。クソ重たい鉄の銃を二丁も、片手で軽々と構えて無造作に引き金を引く。
発砲の後の激しい反動もエースにとっては慣れたもので、傍目にはほぼ無いように見えた。
精密なエースの弾の軌跡を目で追いながら、レキもブレイマーの間合いに詰め寄った。
暴れ続けるブレイマーの大振りのパンチを何とか交わしてエースのための囮をかってでた。
エースは気前よくトリガープルを繰り返して当たろうが当たるまいがお構いなしに連射していく。
間髪入れずとはこういう息つく間のない時を言うのだろう、ブレイマーがレキの存在に構わなくなるまでそう時間はかからなかった。
  痛覚があるかどうかは知らないが、のたうち回るブレイマーの姿は圧巻である。 レキがそれを横目に手榴弾のコックを噛みきった。
「よっしゃ!突っ込め!!」
咆哮をあげる大きな口にレキが渾身の力で以て手榴弾を放り投げる。
エースがこれで最後とばかりにぶっ放した弾丸を見送って唇を舐めた。
「ふせろ!来るぞー-!」
言った側から、ブレイマーの体は一瞬でものの見事に膨れ上がり、破裂寸前のゴム風船のようになったかと思うと味気のない音で粉々になった。 予想された光の四散や爆発の際の派手な轟音は無く、ただ肉の飛び散る湿った効果音と過剰なほどの血しぶきが場を支配した。
とっさに手をかざしたものの、肌に直接飛んだブレイマーの肉片はやはり不快を誘う。
倉庫内はブレイマーの血の散布によって生臭く、異常な光景となった。
自分の体も、周りも、どこを見渡してもただ赤い。
「……こいつはすげぇな。献血でもしてくれりゃあ良かったのによ」
エースが血の飛んだテンガロンハットを頭からとって不機嫌そうに眺め回す。
ちょっとした助太刀のつもりがとんでもない重労働になってしまった挙げ句に、お気に入りのハットがこうなってしまってはエースが肩を竦めるのも無理はなかった。
そして、レキが呆然と立ちつくすのも理由は違えど当然の有様だ。
「おい、レキ。帰るぞ、こんなところに長居してもしゃーねーだろ。……とりあえず落ち着いてからだ。全員に話すのも、ローズに話すのもな」
「……ああ」
レキは動かないエイジの屍を見ていた。
死んでいるのは確かに人間なのに、ここにあるのはブレイマーの血ばかりでそれが余計に虚無感を漂わせる。
もはや人でなくなったエイジの前におもむろに歩み寄って跪いた、ちょうどその瞬間。
バァン- -タイミングを見計らったように誰かが、開け放したままの鉄扉に手をつく。
エースは疑われまいとレキの視界の隅で必死に頭を振っていた。
来訪者は、この場所に最も来てはいけない人物だった。
「ユウ……!何で……!!」
不意の出現に一番取り乱したのはやはりレキで、思わず座りかけた足を戻して立ち上がった。
彼女のバイクのエンジン音も、その後の足音も、気配さえもなかった。否、レキが気づかなかっただけかもしれない。
どんな顔をつくればいいかわからずにレキはそのままローズから目を逸らした。
今度は痛いくらいローズの近づいてくる足音が耳につく。
「何で?……それは……あたしの台詞でしょ」
ローズが何を言いたいかくらい分かる。それでもレキは弁解や慰めや、その他のいろんな言葉をあえて口にするのを躊躇った。
真実を示す明確な言葉をレキは知らない。何を口走っても嘘臭い気がして、沈黙を保つ以外できなかった。
それでも状況が、ローズに事実だけは分からせてしまう。
「……エイジを殺したの?どうして……って言いたいけどやめとく。聞いても意味無いし、聞きたくもない」
急に今まで気にも留めなかった小さな音までがやけに響いて聞こえる。 例えば足下の砂利を踏みしめる音や息づかい、ローズが銃を構える時の服の擦れる音、そしてセーフティをはずす金属音。
  ふと顔を上げた時、眼前にあったのはローズの顔ではなく黒く淀んだ銃口だった。
「よせ、ローズ!見りゃわかんだろ、お前の弟はブレイマーに喰われたんだよ!レキが殺ったわけじゃねぇ……!」
ダァン!!- -エースの焦りはローズの引き金を留めておく理由にはならなかった。むしろ彼女の神経を逆撫でする形で発砲を促してしまう。
耳の真横を通り過ぎていった銃弾に、レキの思考は停止寸前だった。
  ローズのきつく結んだ唇が微かに震えるのを、滲む瞳を、おそらくレキは一生忘れることはできない。
この血の海の悲惨な光景よりもはるかにレキの胸を打つ、目の前の煙を吐く銃口。
「どっちだっていい……、結局同じことじゃない、あんたがエイジを殺した!!あたしのたった一人の弟……、一番大事にしてきたものを!!」
泣いて、喚いて、いっそ撃ち抜いてくれたらどんなに楽か知れない。
が、ローズはこういう時絶対に涙を流さないし狂ったように当たり散らすこともない。
憎悪を堪えた先の無表情で、唯一の感情のはけ口だった銃をゆっくり下ろすとローズは視線を落とした。
「お前の……言ってることは正しい。何言ったって俺が殺したようなもんだし、そう言われても……仕方ないな。助けてやれなくて、ごめん……」
「……許さないから」
ほとんど独り言のように呟くローズ、それでもレキにはしっかり聞き取れた。
「絶対、許さないから。……絶対……!」
歪んだ口元は何かがあふれ出すのを必死に堪えている風で、それがレキへの憎しみかエイジへの無念かはわからないが、 どちらにしてもレキが真っ直ぐに受け止めるには容量が大きすぎる気がした。
背を向けてその場を跡にするローズを引き留めることもできずに、伏し目のまま彼女の後ろ姿を見続けた。
「帰るぞ。ポリスが嗅ぎつける」
「……わかってる。後ろ乗れよ、どうやって来たか知らねぇけど」
レキは自分でも不思議なくらい心静かでいられた。何となくどこかで、結局こうなるような気がしていたのかもしれない。
エースがバイクに乗るのが嫌いなのを承知の上で気の利いた冗談が言える程、レキ自身苦笑している自分に嫌気がさした。

  それからしぶるエースを無理矢理後ろに乗っけてわざとスピードを出してアジトに帰ると、 これまたすさまじいしかめ面のエースを引きずり降ろしてそのままテレビ部屋のシャッターを上げた。
すぐにハルとジェイが顔を覗かせる。本来ならレキとエースの血しぶきの飛んだ顔に驚愕するところなのだろうが、一瞬目を見開いただけで二人は黙って肩を貸してくれた。
別に足下がふらつくような怪我は負っていない。それなのに急にきた疲労と安堵で、レキはハルの肩に半身を預けていた。
「大丈夫か……?真っ青だぞ」
ジェイがエースを引きずって倉庫の隅に横にさせるのを尻目に、レキは軽く頷く。渡された白い布で顔をこすると、思ったよりべったり赤い水がこびりついて言葉を失う。
改めて周囲に気を配ると、布を渡してきたのがハルでもジェイでもなかったことに気付く。もっと白くて、細い腕。
「シオ……、ここにいたのか……」
正直しまったと思って深々を嘆息する。
この光景を目にされたからには真相を話さなくてはならないだろう、前髪に手を突っ込んでひそめた眉を隠すと、レキは胡座をかいて座り込んだ。
エースはバイクに乗せられたのをいいことに、これみよがしに気分が悪い振りをしているし説明はどうやらレキの役目らしい。
「……全員呼んでくるか?それかトラップだけでも呼んで……」
「いや、いいよ。……悪いけどお前らで全員に回してくれよ、必要なとこだけかいつまんで。全部を全員に話すようなことじゃない」
遠回しにシオに退出を求めてみたが、伝わらなかったのか案外強情なのか出ていく気配はない。
血の付いた白い布を首にかけて、レキは壁に背を預けた。
「……エイジが死んだ。8番倉庫にブレイマーが出て……喰われた」
今度はあからさまに全員が驚愕を顕わにする。