ACT.3 スカーレット


「う、わぁお!どうしたんだよこんなにいっぱいっ。空じゃねぇよな!?」
ベータが喜々としてその一本を手に取る。鍋の周りから動かなかった連中もどよめいた。
レキもその一本を手に取る。
「全部本物っすよ!みんなでパーっとやるっすっ」
「たまには役に立つじゃねぇか!!シオのカレーにはやっぱ美味いビールっしょ!」
ベータがもう一本、掴み取って両手に持つと振り向いて後方の奴らに見せつける。
感嘆と歓声と、狂喜の拍手が何故かベータに注がれた。
レキが眺めていた一本を地面に置く。
「ヘッドも飲むっす。憂さ晴らしには宴会が一番っす」
「……お前、これどっから持ってきた?しかもこんなに……」
ベータが躍りながらビールを山ほど抱えていくのを尻目に、レキは至極真面目な顔で言う。
ゼットはきょとんとした顔でレキの顔をのぞき込んだ。
「心配ご無用っす。アル中のじーさんにいらないからってもらったもんっすよ。ほらいつもうろついてるじーさんっす」
「ただじいが?……」
ゼットとレキの話に出た男は通称“ただじい”、都市部からロストシティに流れてきたせいかいつも妙に物持ちが良かった。 よって少しねだれば(集れば)ほいほい物資を分けてくれる。東スラムを根城にするチームにとっては物資調達源である。
「酒だけはくれねぇかと思ってたけどなあのじーさん。後で煙草でも分けてやっか」
と、レキが無造作に5,6本の瓶を掴み上げる。ゼットにも運ぶよう顎で指示してさっさとカレーの下へ踵を返した。
「おっしゃあ!!シオの激うまカレーに乾杯ーっ。全員瓶持ったか!?行くぞぅー!」
「乾杯ー!!」
次々と瓶を打ち付け合う軽快な音が響く。
レキはと言うと毎度同じく音頭に乗り遅れて乾杯し損ねていた。妙に腹立たしく、地団駄を踏む。
自分が飲んでいるのとは別の瓶を掴むと、後ろに隠してコソコソをシェイクした。
「幸せだなぁ……酒は美味いしカレーも美味いし、これで隣にラヴェンダーさえいりゃあ言うことないのに……」
2本飲み干して早くも語りモードに突入しようとするジェイ、それを阻止すべくレキがすかさず後方に回り込んだ。 みんなのためと、乾杯できなかったことへの八つ当たりである。
「ああ、もう何日会ってないんだろ……ラヴェンダー、ラヴィ~~俺のどこが気にくわねぇの~?ラヴィ~」
「全部だよ!」
ブシュー-これまた軽快にビールの泡がジェイめがけて弾けていく。
不意の攻撃にジェイは受け身もとれず棒立ちのままビールをもろに浴びた。
ひとつ残念だったのは、大部分はあの作業用ヘルメットに防御されてしまったということだ。レキの舌打ちが派手に響いた。
「……そこで何で俺なんだよ!!もっと幸せそうな奴狙ってくれよ、エースとかクイーンとかさあっ」
「クイーン狙ったって逆に喜ぶだけだろ、あいつマゾ入ってるし」
「ひっどーい、そういうヘッドはサド入ってるじゃなーい!」
悪酔いしてハルに全身キスの嵐をお見舞いしているクイーンも一時お楽しみを中断して一応弁解してくる。
横にキスマークだらけのハルが青い顔でぐったりしているのはこの際気にしないことにしておく。
「じゃあお前はエースにやってこいよ、そんな勇気があるならな。俺はあそこでイチャこいてるケイとアフロに天誅かましてくっから」
確かにジェイの言うことも一理ある。不幸そうな奴をこれ以上不幸にしたところで快感のかの字もありはしない。
新しいビール瓶を2本持ってレキはわざわざ幸せコンビを破壊しに腰をあげる。
すでにまったりし始めているケイとダイの前に仁王立ちで立ちはだかった。
「うわぁ、ヘッド!俺何もしてないよっ」
「ちょっとヘッドー、八つ当たりは良くないよー」
普段はケイと同じスピードで喋るダイも今回ばかりは舌を高速回転させる。
レキは無言のまま問答無用で中身をぶちまけた。滝のように流れるビールにダイもケイもただ目をつむって耐える。
「……返り討ちにあったか。使えねぇな、あいつ」
びしょぬれのダイとケイ以上に全身水浸しのジェイ、どうやらエースに無謀にも仕掛けていったらしい。恨みがかった目でレキの方を見ている。
「どっちがだよ!何そんなおっとり系にかけてんだ、フレイムヘッドならフォックスくらい行ってみろっつーの!」
「やだよ、殺されるだろ。だいたいフォックスならさっさとつぶれて寝ちまった」
「は?寝た?めずらしいな、普段そんなに飲むっけ」
ナイフの達人フォックスはカレーパーティからさっさと退散して本部で寝息をたてている。
いつもは絶対に他人より先に寝るなんてことはあり得ない彼が、今日は一足先につぶれてしまったようだ。
  鍋の横ではチャーリーが微妙に嬉しそうにビールをカレーに混ぜている。 シオが不思議そうに見ていると、黙ったまま小皿にカレーをよそう。それをまた黙ったままシオに差し出した。
シオが口をつけるなり大きく目を見開く。よほど美味しいらしい激しく頷きまくっていた。
「シオー飲んでるー?飲まにゃ損々よー」
シオが笑顔で応答してベータにもカレーをお裾分けする。ベータはそれを食べて、シオとチャーリーの背中を力一杯叩いた。
「やっべー、マジ美味いって!ヘッド、ヘッド呼んでこよ」
チャーリーのピンクのモヒカンが揺れる。どうやらビールの隠し味が効いたようだ。
ベータの場合は酔いが回ってハイなせいもあるだろうが。
  宴会(半ば乱闘気味)はいよいよ佳境に入っていた。
ビールかけはさらにエスカレートしてフレイムメンバーの半分は頭からびしょぬれだったし、シオとチャーリーのカレーは気付けば空っぽ、オージローが鍋をなめ回す程である。
それにつれてダウンする者も増えていった。
エースはカレーを食べて自分の分のビールを飲むとさっさと寝てしまったし、あれだけ騒いでいたベータやジェイもぐったりしている。
一度始まったらたいてい次の日の朝までぶっ続けのフレイムの宴会も、今日はお開きが早そうに思えた。
レキが一発大きなあくびをぶちかます。
残っているのはしんみり飲んでいる者だけだ。
「おい、ダイ。ケイ連れて中行けよ。外で寝んな」
ダイは放って置いてもいいのだがケイは一応中に入れた方がいい。爆睡するダイをたたき起こして無理矢理ケイをおんぶさせた。こういうときはやたらにデカイのも役に立つ。
ジェイがふらつきながら本部に入るのが目に入る。その肩にはもっとふらふらのハルが青白い顔でぶらさがっていた。
「悪い、先に寝るわ。もうなんっか眠くってっ。シオとかベータとか適当に倉庫に放り込んだから」
「おい、適当にって……」
「ほっといたって全員爆睡だってっ。もうほんっとダメ、おやすみー」
力無いあくびを漏らしてジェイも本部に体を引きずる。
おそらく寝ている者の大半、もしくは全員が無意識の内に本部に入っているだろうからそのすさまじい光景が目に浮かぶ。
想像して口元が引きつるが、結局レキも本部へ向かった。
「あ、ヘッド。おつかれっす、もうお休みっすか?」
「あ?おー、なんか眠くてなー。お前元気いいな、若いっていいよな」
半分下りてきた目蓋を必死にあげるも、自分の言動が妙なことに気付いてレキは頑張るのを止めた。
気だるく手を振ると、のそのそとシャッターに手を掛ける。
「ああ、ゼット。起きてんならそこら辺片づけといて。限界来たらお前も転がっといっていいから……」
もはや目を開けるのは困難に思えたので、レキは顔だけゼットの方へ向けると相槌を待たぬまま本部へ倒れ込んだ。
おそらくレキの下にはジェイかハルが埋まっているのだろうが、他人にかまっている余裕はない。
シャッターはゼットが外から閉めてくれた。
「ヘッド……ごめんっす。みんな……ごめんっす……許して……」
外にはもうゼット以外誰もいない。
空になった大鍋から微かにカレーの残り香が漂った。散乱したビール瓶と湿った地面、 その上でゼットは声を殺して泣いた。