ACT.3 スカーレット


気付けば後方にはまた別の群青の制服と帽子を被った男が数人いる。こちらは見慣れていて、すぐに地方警察の連中だということが分かった。
「おいおい、震えてんのか?しっかりしてくれよ、お前にはいろいろ頼みたいことがあるんだからな」
「な、なんでこんなところにユニオンが……!!何しに来たっすか、ロストシティはあんたたちの管轄じゃないはずっす!」
すっかり夢心地からは覚めてしまった。強いて言うならこれは悪夢だ。
いつもいたちごっこを繰り返していた地方警察と違い、ユニオン-法務警察連合政府-は生ぬるくない。 逆に言えばロストシティもちっぽけな少年グループに口を出してくるほど暇なはずもなかった。
「まあまあ……落ち着いてくれよ。別にお前をどうこうしようなんて思っちゃいない、悪いようにはしないさ。俺たちに協力してくれれば、の話だけどな」
「協力……?」
白い制服に取り囲まれて、ゼットが平静でいられるはずもなかった。まだ体内に残るクスリが皮肉にも恐怖や絶望を増大させる。
「なあに、簡単さ。俺たちの言うとおりにしてくれればいいんだ。そうすればお前だけは見逃してやってもいい」
「マジっすか!?やるっす!あんたたちに協力するっすよ!」
ゼットの間髪入れずの反応に驚いたのはユニオンの男達の方だった。顔を見合わせてから微笑する。
雨足が次第に弱まってくるのを横目に入れながらゼットは身を乗り出していた。
「……お前どうやら新入りのようだな。それなら話が早い。俺たちの任務はロストシティのゴミ掃除だ。お前のチームのガキ共に小細工してくれりゃあいい。 チーム内の奴なら、簡単だろ?」
ゼットは乗り出していた半身から冷や汗が一気に流れるのを感じた。
事の重大さが今になって浮き彫りになってくる、止めようのない進行に胸中は押しつぶされそうな程圧迫された。
「ヘッドを……はめるってことっすか……?そ、そんなの……」
「できないなんて言わないよな。……言えないはずだ」
心拍数が異常なほどあがっている。もはや鼓膜を揺さぶるのは自分の心臓の鼓動だけで、それが急激に早く、大きくなるのが分かる。
眼前に突きつられたシルバーボディのハンドガンに、ゼットは口をつぐんだ。膝から下が小刻みに震えて、尻に敷いていたスケボーが同時にやかましい音を立てる。
ゼットの正直すぎる態度に銃をかまえた男は思わず嘲笑を浮かべる。
「なあに、少し考えれば分かることだろ……。どの選択がお前にとって一番有益か。……十秒待ってやる。貴様がどうしたいかそれで決めろ」
合図はコッキング、男がセーフティーを外したかと思うとカウントダウンを口ずさみ始める。
次々と減っていく数と怪しく光る銃口がゼットの胸中をかき乱した。

  -雨は先刻急に降るのを止めた。シャワーの蛇口を一気にひねって水を止めるかのように、何の前ぶれもなくあがってしまった。 わずかばかりの太陽でもやはり日が差す方が心地よい。
光化学スモッグの隙間から降り注ぐ日光に、レキは気持ちよく腕を伸ばす。ついでに首の関節もぼきぼき言わせておいた。
と、不躾に肩を叩かれる。振り向いた先にシオがこちらを見上げ気味に立っていた。
「ああ、飯?チャーリーの奴自分で呼びに来いよなぁ……悪いな、パシリにして」
シオが大きくかぶりを振る。
大袈裟な動作に、レキがまた視線だけを空に向けた。
「そっか、雨……あがったからな」
シオが苦笑混じりに何度か頷く。
先刻まで普通に会話していただけに一方通行の声は幾分空しく感じられた。
  シオが声を出せばまた雨が降る。彼女の愛らしい声を聞くのは結構なことだが、それによって今一度どしゃぶりをくらうのは正直ごめんだった。 安易にシオの発声を促すようなまねはできない。できないが、自分の都合のみでシオに沈黙を強要するのも考え物である。
肩を並べて歩きながら、レキは小さくうなった。
「しんどくなったら別にしゃべってもいいから。ストレス溜まるだろ、ずっと黙ってるとさ」
シオが気付いてゆっくりかぶりをふる。レキの唐突な提案に、柔らかく笑んだ。そして口パクで、<慣れてるから、大丈夫>とまた大袈裟にやってみせた。
ふと、その身振りに疑問を覚えるレキ。
「普段はどうしてんの?いっつもそんな口パク?」
レキの不意の質問はシオにとってはやっかいなものだった。とりあえず一度大きく頷いて、困ったふうにそわそわする。
レキがジャケットのポケットから分厚いメモ帳と万年筆を取りだしてシオに渡した。
「悪い、忘れてた。チャーリーから預かってたんだ、シオにやってくれってさ。……一緒に飯作ってたんなら直接やりゃあいいのに」
シオが早速、一枚目の頁をめくって何か書き出す。相変わらず平仮名で、そしてレキに渡した。
<ひとこともしゃべらなかった>
「だろうな。俺だって年に10回くらいしか話さないもんな。すげー無口なんだよ」
レキの言うとおりチャーリーは極度の口べたでおまけにシャイだった。
シオは調理の際の一部始終を思い出して笑いをこぼす。そしてまた、せわしく用紙に向かった。
<里ではもう少し早く口を動かしても大丈夫なの。みんな慣れてて、私の唇の動きが読める>
今度は漢字仮名交じり文で、上に全てルビをうってくれた。なるほどこの方が分かりやすい気がする、内容よりもシオの気遣いの方にレキは感心した。
「そういや今日何つくったの?」
シオが指さす先にはすでにフレイムの面々が雁首そろえて鍋を囲んでいた。
一応ヘッドであるレキを待っていたようだ、かぐわしい香り漂う空間でさんざんお預けをくらえば連中でなくても殺気立つものである。 しかも今晩のメニューは放って置いても腹ぺこサンを呼び寄せる効力のある、カレーだ。
「おっせーよ!もう~早く食おうぜっ」
膝に空っぽの皿を抱えてスプーンを突き立てるジェイ。ちなみにスプーンと皿はダイが一生懸命木彫りした天然100パーセントのものだ。
レキが適当にあしらって定位置に着く。
運良く雨があがったおかげで今夜は野外でカレーパーティと相成った。と、言うより雨上がりにこの人数で狭い倉庫にこもれば、それこそ死人が出る。
「それじゃあ!シオが手伝ってくれたありがたーいカレーを食べよう!合掌!」
パンッ-全員が全員すさまじく熱心な宗教家のように手を合わせる。
対してレキはそれに乗らずに辺りをきょろきょろ見渡していた。音頭をとったハルが不服そうにレキを睨む。
「和を乱すなよ……。しょうがねぇヘッドだな」
「そうじゃねぇって。……ゼットは?誰も呼んで来なかったのか?」
いつものように胸中で人数確認したところ、どう考えても一人足りない。それがゼットであることは今日の落ち着いた雰囲気ですぐに分かった。
「あれ……いないのか?」
レキが半眼でハルを睨み返す。
「しょうがねぇサブヘッドだな。人数くらい把握しろっての」
レキがしぶしぶゼットを呼びに行こうとした矢先、倉庫とは逆方向からスケボーの走る音が耳をかすめた。案の定、ゼットが猛スピードでこちらへ飛ばしてくるのが見える。
レキが嘆息しようとしていると、ゼットがレキの前で華麗に急ブレーキを決める。同時に両手の荷物を地面に下ろした。
「死ぬかと思ったっすー!!腕がちぎれそうっすよ」
ゼットの腕などあろうがなかろうがさほどたいした問題でもない。
レキが袋の中身を訝しげにのぞき込んだ。
人数分、いやそれ以上のビール瓶が所狭しと詰まっている。先日バイクレースの打ち上げでエースが調達してきたしょぼいサイズのそれとは違い、ちゃんと大きな瓶である。
レキが覗く横から、ベータも興味津々に割り込んできた