ACT.4 ラクエンニワカレノキスヲ


 「最後の晩餐」をご存じだろうか。レオナルド=ダ=ヴィンチが残した無類の名画である。
キリストと十三人の使徒が長い食卓を囲み盛大に夕食を摂る。
キリストがおもむろに言う。
「私は明日殺されるかもしれない」と。
使徒は皆食事の手を止め驚愕の表情をさらす。ただ一人の使徒を除いて、だ。
それがユダ、右端で一人金貨を握りしめキリストを売った裏切り者の名である。

  フレイムの昨夜の宴は最後の晩餐そのものであった。ただ一つ違うのは、ユダの存在を誰も予期していなかったこと。十字架は確実に準備されていた。
「ウォン!!ウォーン!!ウォンッ!」
オージローのけたたましい鳴き声がしても何人かがしかめ面で呻くだけで起きあがろうとする者はいない。
と、思いきや、オージローの世話係であるダイだけは寝ぼけ眼をこすって上半身を起こした。訝しげにオージローの方を見やる。 散歩の催促にしては時間帯が早すぎるし、何より鳴き方に違和感がある。
「オージロー?まだ早いから静かに……」
呟きながらシャッターを押し上げた瞬間、ダイは目を見開いた。
ほんの少し開いた隙間からオージローが尾をたたんで体をねじ込んでくる。先刻の威嚇はどこへやら一変して情けなく鳴いている。
ダイはオージローが中へ入ったのを確認するとすぐさまシャッターを閉めた。
「……誰だぁ……?オージロー中に入れただろ……肉球が痛ぇ」
レキが寝たままで夢心地に呟く。ダイが血相変えて叫んだ。
「へ、ヘッド!!やばいよ、起きて!連合の奴らに囲まれてる、完全に俺たちを狙ってる!!」
「はあ……?連合?」
思考回路が上手く働いてくれない。目蓋を閉じたままでいろいろ脳裡の引き出しをあさった。
「ヘッド!連合政府だよ、ユニオンっ!!寝てる場合じゃないよーっ」
聞き慣れないダイの怒鳴り声に徐々に頭が活性化、思い切り眉間にしわを寄せて半身を起こすレキにダイがたたみかけるように叫んだ。
彼の緊迫ぶりに他の者もようやく不機嫌そうにまぶたをこすり始める。
「連、合……ユニオン……ユニ、オン!?なんっつった!!ダイ!!」
レキが枕代わりにしていたジェイの腹に体重をかけて飛び起きる。
幸か不幸かおかげでジェイも完全に目を覚ました。
「レキ……ってめえ、殺す気かよ……!」
ジェイが寝起きとボディーブローのせいで、やたらにかすれた声でむせ返る。
ジェイのくだらない主張を半ば無視して、レキは視線もくれずジェイに引っ込むよう手をはらう。
「全員起こせ!人数確認しろ!!」
「はあ!?何言ってんだよ、まだ夜も明けてねぇのに……」
レキでさえ状況把握に手間取ったのにジェイが一瞬で全てを理解して鋭敏な行動をとるはずもなく、やはりというか当然というかあくび混じりに呑気な台詞を吐いていた。
どこまでも使えない男だ、舌打ちしてレキがてっとり早い方法を選んだ。
「死にたくない奴は起きろ!!アジトがユニオンに囲まれてる、ハル!!人数数えろ!!」
ハルにだって無論そこまでの順応性はない、がこれだけせっぱ詰まって叫ばれると無意識にでも点呼をとるのがハルだ。飛び起きてわけがわからないまま頭数を数えた。
「何人くらい、いた?何だって今更ユニオンなんかが出てくんだよ……!!」
  ブレイマーに滅ぼされ、世界に見捨てられた土地、ロストシティ。自分たちのルールだけが唯一の秩序、 誰も踏み込まない、干渉しないのが暗黙の了解と化していたこの街。
  レキは半信半疑でシャッターを押し上げた。刹那-
バチッ!!-その派手な音は頑固に夢にしがみついていた連中を覚醒させた。
何かがシャッターの隙間から入り込んできて、レキが慌てて手を離したせいでシャッターが勢い良く落下したのである。レキの足下、すぐ横からうっすらと煙が昇った。
「何だよ……今の。レキ……」
「見りゃあ分かるだろ、連合様のレーザーだ。穴開いてねぇか、レキ」
以外にも一番順応性に富んでいたのはエースだった。冷静に状況判断なんかかましながら、早くもデザートイーグルの弾倉に弾を込める。
呑気に寝ている者はこの段階でようやくゼロになった。皆青ざめた顔でレキの方を凝視している。
「……マジで囲まれてる……俺たちをあぶり出すつもりだ。全員本部ここに集まったのは失敗だったな……っ」
シャッターを背にしてレキが座り込む。いまいち飲み込めない成り行きに歯がゆさを覚えて奥歯を噛み締める。
  どう考えたっておかしい-何の引き金も引かず事が一気にここまで進むはずがない。 考えれば考えるほど、思い返せば返すほど、導かれる答がひとつしかないことに気付かされるだけだった。
レキがおもむろに立ち上がる。
「……一人除いて全員いるよ。うまいこと本部に寄せ集められたのかもな」
「そっか、全員いるんだな。まぁ散らばってても状況はそんなに変わんねぇだろ」
あえて平静を取り繕った。内心は腑が煮えくり返る程頭に血が上っていたが、責めるべきは己のような気がして顔には出さずにいたのだ。 下手に喋ると怒鳴りそうで途端に沈黙を広げる。
「変だよなあ!?……なんでそろいもそろって爆睡しちまったんだよ……!いつもだったらチャーリーがもう起きてるし、第一誰か見張りに立ってるはずだろ! なんで昨日ビール持ってきた奴がここにいねんだよ!!おかしいだろ!?何すましてんだよ!」
無表情で自分の銃にカートリッジを詰め込むレキ、その横でジェイが耐えきれずに喚く。
「ジェイ……、よせって」
ハルが割り込む。
「ゼットの野郎!俺たちを売りやがったんだ!!でなきゃこんなつじつまの合うようなことあるわけないだろ!?」
空のビール瓶を睨み付けながらレキに突っかかると、ハルが止めるのも振り払ってさらにレキに詰め寄る。
スタンバイされた銃を、レキは冷ややかな眼差しでジェイの足下に放り投げた。
「ギャーギャーうるせえな。んなこといちいち喚かなくたって全員分かってんだよ。見たまんまじゃねぇか」
今ジェイと無意味な口論を繰り広げている場合ではないことは百も承知だ。
おそらくレキの刺々しい言いぐさにジェイもカチンときているだろうことは、その場の空気で誰しもが読めた。
けれどその先に進むことはない。ジェイは黙って、投げられたハンドガンを拾いあげた。
ジェイもレキも、普段温厚(?)なだけにあっさり頭に血が上るタイプだ、お互い認識しているから泥試合には今更ならない。
「……で。どうすんだ。ユニオンが出てきたってことは地警みたく一筋縄じゃいかねぇだろうな、いっそのこと両手挙げて出ちまうか?」
「馬鹿言うなよ、そう簡単に潰されてたまるかってんだ……!」
ジェイが次から次へと引きずり出してくる銃に、レキが手際よく装弾していく。 一応ここにいるメンバー分くらいは足りるはずだが、使いこなせるか否かは別問題だ。ちなみにジェイは、整備はピカイチでも射撃はイマイチだ。
「俺とエースとハルでなるべく時間稼ぐから、後衛はフォックス中心に何とかしな。ケイとクイーンはシオのこと頼む。いいか、つかまんなよ!」
「ヘッドも気をつけてねっ。シオはあたしたちに任しといて!」
ケイが小さな体を反り返らせて力強く胸を叩く。
それを見て微笑するとすぐ、エースがシャッターに手をかけた。
ハルがぶつぶつ祈り文句なんかを後ろで並べるものだから、どうも踏ん切りがつかない。元警官のくせにとんでもなく小心者である、エースが肩を竦めた。
「開けるぞ!!準備いいか!?」
誰かが返事をする前にエースはシャッターを力いっぱい押し上げた。
勢い良く差し込む朝の太陽に、レキは一瞬目を細める。