ACT.4 ラクエンニワカレノキスヲ


  地方警察の敷地は、本部そのものの割合は10パーセントにも満たず残りの90パーセント以上は収容所と言っても過言ではない。
その中からフレイムが捕らわれているブロックを見つけだすだけでも針の穴に糸を通すような話だ。 その上、虱潰しに探していく程時間も余裕もないとくるから頼みの綱はもはや彼しかいないような気がした。
「オージロー!どっち!?」
いつのまにか先頭はオージローになっていて、彼が吠える先にケイが走っていくという構図ができていた。
ちなみにオージローの道案内に何ら根拠はない。 ただ他の誰を信頼したところでレキたちの元へ辿り着くとは到底思えなかったので、犬であるオージローに白刃の矢がたったというわけだ。
ほとんど立ち止まることなしに三人は次々と収容所を素通りしていく。
「おい、ハル!大丈夫なのかよ、オージローちゃんとわかってんだろうなっ」
「俺に聞くなよっ。まあ最悪ダイんとこにでも行ってくれれば……」
オージローが確信を持って(!?)進む道をただ辿るしかない人間たち、情けなさも無能さも極めたところでお犬様の偉大な嗅覚が実証された。
ウォンウォン!-勇ましく吠える、その先に一際オンボロな収容施設があった。
「ほんとかよぉ、うさんくせえなぁ……っておい、ハル!!」
オージローの指示通りハルはその鉄扉に体当たりする。意外にもあっさり、建物内へ流れ込んだ。
「お前らはそっちのブロック探せ!急げよっ!!」
レキがいないとなるとリーダーは当然サブヘッドであるハルとなるわけだが、彼がこうも機敏なリーダーシップを発揮するのは稀だった。
思いの外しっかりとした指示にベータもケイもおとなしく従う。
「レキ!いたら叫ぶかなんかしろー!」
ガァアアン!!-返答は間髪入れずに響き渡った。
ハルの視界に並ぶ鉄格子の牢の一画で誰かが出入り口を蹴り上げたらしい。正確な場所は探すという一手間なしに把握できた。
「真横ででかい声出すな!うるせえんだよ、だいたい遅ぇ!何やってたんだよ警報なんか鳴らしやがって……っ」
苦労に苦労を重ねて助けに来たにも関わらず、第一声が愚痴の嵐とはとんだ毒舌お姫様だ。
レキは鉄格子に足の裏を押さえつけたままハルにしかめ面をさらした。
「……これは俺たちのせいじゃないよ。サンダーのアホが……まあいいや、他の連中は?」
「ここ一列に固まってるよ。シオとクイーンが隣のブロックだな」
会話しながらもハルは半ば上の空で手元を動かしている。扉はすんなり開いたが、さすがに牢の蝶番は厳重だ。
あせるハルにエースがうんざりした顔で近寄る。
「何やってんだ、爆竹かなんか持ってねえのか」
「あ、持ってた。ギブスにもらった……」
「ちょ、ちょっと待てっ。だったらそれで先にエルロンドんとこの鍵壊せよ。あいつなら残りの鍵くらい手早くあけるだろ」
エルロンドは元を辿ればちんけな財布スリだが、鍵だのロックナンバーだのをはずすのは超一流だ。 確かに全ての牢に爆竹を仕掛けるよりも遥かに時間短縮になるが、レキの本音は効率云々より自分の身の安全の確保にあった。
普通の爆竹ならたいして気に留めない。そこにギブスが作った、という修飾語が付くだけでどんな火薬も殺人兵器と化すのである。
レキの真意を理解せぬままハルは急いで奥の牢へと走っていった。
レキたち一同、ほっと胸なで下ろす。刹那、
「ウギャーーー!!」
汚い悲鳴と、サンダーの爆弾に引けも劣らぬ爆音が牢内を揺らす。
安堵の溜息をついた直後なだけに青ざめるのもまた早かった。
  しばらくして煤まみれのハルと備長炭のように黒くなったエルロンドらしきものがレキたちの牢の前まで来る。 こちらの取り繕った笑みに木炭は青筋を浮かべた。
「知っててやったんですね、ヘッド……」
立ちこめる煙にむせるエルロンド、それでもレキたちの蝶番をいともあっさり外してしまった。
エルロンドの恨めしげな視線を浴びながらもそそくさと外界へ出るレキ、エース、そしてジェイ。一発景気づけに伸びをかまして窮屈すぎた牢屋ライフにおさらばする。
ちなみにこの間も警報はきちがいのように鳴っていたが、レキたち一同はやたらに落ち着き払っていた。
レキはこれから始まる無酸素運動に備えてストレッチなどやってみる。
「シオとクイーン見っけたよ!!これこのとーり!」
ケイとベータが本物のお姫様を救出したらしい、喜々として合流してきた四人を確認するとレキは満足そうに笑んだ。目だけで頭数を数えてさらに頷く。
「なんだ、ちゃんと全員いるなっ。固まって行動すると逆戻りの可能性大だから-」
「あっちだ!!ノーネームのブロックの扉が破壊されてる!」
レキの指示を遮って聞こえたのは何とも間の悪い雄叫びで、数秒半眼で唖然としていたがレキはすぐに舌打ちをもらした。 頭をかいて近づいてくる多勢の足音に苦虫をつぶす。
「いいか、今度こそ捕まんなよ!ばらけて逃げきれ!!……全員無事だったらイリスで会おう、俺はそこを目指す。お前らも、全員だ」
各々が神妙な面もちでレキの話を聞く。
無言で頷く者、オッケーサインを作る者、苦笑いで応答する者、反応はさまざまだが否定する者はいなかった。
  レキは端から順にフレイムの面々を眺めてその顔や、表情、声を脳裏に刻みつけた。次に再び生きて会ったときに備えて、そしてレキ自身が生き抜くために。
「いたぞ!全員出てきてる、急いで応援を……!ぶ!!」
誰も放屁などはしていない。
先刻の醜い効果音はレキが追っ手の顔面に思い切り蹴りを入れた際に相手側が発したものだ。
そいつを踏み台代わりに後方にいた数人もなぎ倒してフレイムヘッド・レキが逃走路を切り開いた。
軽快、かつ大胆なアクションにジェイが冷やかしとばかりに口笛を吹く。
「行け!!」
再び先陣を切ろうとするオージローを押しのけてベータが颯爽と扉をくぐる。
続いて犬とその飼い主(名前はなんとなく割愛させていただく)、料理長、ナイフおたく、火薬おたく、とおたくが連続して出ていく。
フレイムの紅一点が元気良く飛び出したかと思うと、フレイムのおかま一点もなよなよとそれを追う。
最後にまとめてスリ野郎、ギャンブル野郎、情報係に元ボクサーなんかが押し合いへし合い出ていった。
「シオは俺と来い!お前らは大丈夫だろ!?後はかまわねえからな!」
手のひらを力強くシオに差しのべる。慌てて手を出す彼女を早々と掴んでレキはドアをくぐった。
その光景を見て愛の逃避行劇とでも勘違いしたのか、ジェイが死にものぐるいで2人の後を追う。
「てめっ、レキ!また抜け駆けかよ!!ずりぃぞ!」
「うわっ、ちょっと待てってジェイっ。そっちはユニオンが!」
辺り構わず飛び出すジェイに振り回される形でハルも、最後に残ったエースは肩を竦めてかぶりを振った。
「落ち着きのねえ奴らだな……ろくに煙草も吸えねえ」
レキからもらった一本の煙草ももはやシケムクとなって、単なるお口の恋人と化していた。 ふにゃふにゃの先端をまた強く噛み締めて、エースがなぎ倒された見張りから銃を抜き取る。
合計で三丁、一丁は懐に、もう一丁は弾倉を確認してそのまま左手に、最後の一丁は誰かにくれてやるつもりでズボンの後ろポケットに無理矢理ねじ込んだ。 安っぽいフレームに満足いかない様子でセーフティをはずす。
「仕方ねぇ、暴れるか。ばらけろっつったってあいつらどうせ同じところにいるんだろうしな」
銃を渡す誰かはなんとなく決まっていた。いくつかに別れた逃走グループのどれを追うかもなんとなく決まっている気がした。
  ロストシティ-楽園からは追放されてしまったから、また新たな楽園を築かなかればならない。一同イリス・北へ足を進めることとなる。