ACT.5 アメアガリ


   エースの読み(と言っても誰にでも予想できたことだ)はほぼ的を射ていた。 疲労困憊オーラを体中から放って、やはりというか結局というかあのメンバーが肩を並べて歩いていた。
  レキがひとつ、大きな溜息をこぼす。誰に向けて、というわけではない。ただ体がすさまじくだるかった。
「ここまで逃げてきたはいいけどどうするー?とりあえず落ち着きたいよなあ」
ジェイの頭にはいつの間にか愛用のヘルメットが復活していた。地方警察から逃げる途中で運良く見つけたのである、フレイムの特製ステッカーも健在だ。
「よりによって集合場所がイリスなんてな。延々と北に進むしかないよな」
「いいじゃねえか、どうせロストシティにゃ戻れねぇんだ。この際都会で豪遊ってのも悪くない」
どうも観点が自己中心的なエースを冷ややかに見下して、ハルは淡々と嘆息する。我関せずとあくびを連発するレキに視線を送ると、彼も涙目のままこちらを一瞬見た。
「とりあえずアイリーンの工房に行くわ。……銃だけでも補充しとかねぇと不便だし、今後のことも話し合わなきゃだろ」
後方で朝食について無駄な論争を繰り広げていたジェイとエースに向けてわざわざ報告する。 別に目玉焼きに塩こしょうがかかろうがソースがかかろうがはっきり言ってレキにはどうでもいいわけで、もう少し言うと目障りだった。 だいたいもう朝食という時間でもない。必死にユニオンと地警の追跡を振り切ってきたところ、気付けば夜となり朝となり、昼となろうとしていた。
  太陽は南中にさしかかろうというのに朝食トークはいっこうに止む気配を見せない。むしろ醤油派のハルまで話に加わったものだから論争は白熱していた。
「ね、ね、シオはどれかける目玉焼きに。ソースなんか邪道だよなあっ」
「バカいえ、何でもかんでも塩とこしょうかけりゃ味がつくと思いやがって」
俺は塩こしょうだな-レキが聞かれてもいないのに胸中で返答する。いつのまにやらぼんやり話に参加している自分の暇さに呆れたりした。
シオは、というとジェイにもエースにも同意せずハルの方を指す。
どうやら目玉焼きナイス味付け選手権は醤油に軍配が上がったようだ、ちなみにそんなくだらない大会は存在しないのでご了承頂きたい。
  レキ、ハル、ジェイ、エース、そしてシオ。地方警察でフレイムが一端解散した後同一の逃走ルートをとったのはこの5人だった。
「(他の奴ら……全員逃げ切ったかな)」
不意に他のメンバーの消息について不安がよぎる。その度にレキはかぶりを振って気にしないよう努めた。
頭は悪いが勘だけはやたらに働く連中だ、心配するだけ無駄だと思えなくもなかった。それに今ははぐれた仲間の安否より気にかかることがある。
「……次の路地で右に曲がって走るぞ。全速力でな」
レキの気がかりに先手を打ったのはエースだった。
ハルもなんとなく気付いていたのか神妙な顔つきで頷く。
目玉焼きについて真剣に話していた割に、しっかり周囲に気を配っているのだから侮れない、などと今更エースの底深さを再認識したところで曲がり角にさしかかった。
「(今だ、走れ!)」
さっぱり状況を把握していないジェイを蹴り飛ばした後、シオの手をひいて路地に駆け込むレキ。
そしてエースの革靴の音とハルのサバイバルシューズの音が響く。続いて、先刻からどう考えてもひとつ余分だったブーツの音。
今のメンバーでブーツを履いているのはレキだけだったがそれにしては軽やかな靴音だ。
レキたち5人が突拍子もなく身を潜めたせいで、もう一つの足音はひどく慌てて路地へと駆け込んできた。
無論、そこには追跡者を待ち伏せていた5人が、腕組みして立っているわけである。
「ずいぶん長いことストーカーしてきてたよなあ?ユニオンか地警か知らねぇけど一人ならこっちに歩がある」
これ見よがしに指をバキバキ鳴らすレキ、どうやら顔に出さなかっただけで連日の出来事にかなり苛立っていたようだ。 この際リンチでも追い剥ぎでも、ストレス解消のためなら正当化されそうな気配だ。
コートを頭からかぶっていかにも怪しいその人物は、意外にも小柄らしく身長はレキよりも10センチほど低かった。
少しずつ後ずさりながら逃亡を試みる追跡者を、レキは半眼で見やっている。
さあ一発ボディーに!と意気込んだところでエースのストップがかかった。
レキが直前で拳を止めると、ゆっくりしゃしゃり出て眼前の人物を品定めし始める。
別の意味で再び後ずさるコートの人物、エースはかまわず上から下までジロジロ見続けた。
「……まだかよ」
未だ殴る気満々のレキを適当にあしらってエースはようやく視線を上げた。
どちらが不審者か分からなくなる、満足そうなエースとは対照的にレキは不完全燃焼のストーブのようだった。一酸化炭素を放出しないだけまだマシだが。
「何なんだよ、ぶん殴っていいんだろ?」
「ダメだな。俺はフェミニストなんだ、いくら敵対チームの幹部とはいえ女は殴れねえなあ」
エースのしまりのないにやけ顔の謎がようやく解ける。
相手は女だ、がはっきり言って他の4人にとってそんなことはどうでも良いことだ。
女がエース好みの美脚だろうが、目の覚めるようなどブスだろうがどちらだって良いのである。
レキがエースを押しのけて前に出るほど気にかかったのは性別よりも所属と役職だ。その時点で目の覚めるようなどブスでないことはシオを除く4人が確信していた
。 レキが手加減なしに女のコートをはぎ取る。
「……どういうつもりだよ、俺らをつけ回すなんて」
女はとっさに顔を隠そうとしたが、口調からそれが無駄だと悟るとうつむき加減にレキたちの方へ向き直った。 レキやエースの仕打ちにご立腹な様子で、お世辞にも感じが良いとは言えない。
レキも仏頂面なためお互い様と言えばそうだ。
「ラ、ラ、ラ、ラ、ラヴェンダー!!なんで、どうして!?ブラッディは!?」
ジェイ一人だけが場違いにも笑顔をこぼしている。先刻のエースよりもだらしない顔で今にも飛びつきそうなのをハルがウンザリしながらも制した。
女、ラヴェンダーもハルと同様しかめ面で耳を塞ぐ。
「別にあんたたちをどうこうしようと思って来たわけじゃないわよ。……ただ一応フレイムには、レキには伝えた方がいいかと思って」
ワインレッドのライダーススーツは細身の彼女にはよく似合う。肩まである黒髪が空気の振動で微かに揺れた。
レキはふと思い出す。ユニオンの男が言っていたブラッディ・ローズ解散の話、ラヴェンダーが単独で行動しているということは事実なのかもしれない。 おまけにレキを名指しできたということは十中八九ローズがらみのことと考えられた。
ローズがレキとのことをどの程度彼女に話しているかは分からないが、例え話していないとしてもうすうす勘づいているだろう、それはフレイム側の人間にも言えることだった。
「もう情報、いってるかもしれないけどブラッディ・ローズは事実上解散したわ。今東スラムを縄張りにしてるチームはない……たぶんすぐにスカルが侵略するだろうけど」
「は!?チーム解散!?何でだよ、まさかブラッディにもユニオンが……!」
「うるさいって!おとなしくしてろよっ」
どうにかしてラヴェンダーとの会話に参加しようと奮闘するジェイをハルが力一杯羽交い締めにしている。 そうでなければそろそろレキが鉄槌を下そうと践んでいるころだ。ハルの懸命な(目立たない)努力によって幸い無駄な争いは避けられた。
「……ローズが抜けたのか?」
ほんの確認のつもりで口にする。できれば間違いであって欲しかったがラヴェンダーはおもむろに首を縦に振った。
「……なんで……」
「わからない。私には何も話してくれなかったわ。ローズなしでチームをやってくことも考えたけど、できない。……ローズはシバについたの。デッド・スカルの幹部として」
「はあ!?」
奇声を上げたのは勿論レキではない。あれほどうるさかったジェイでもないし、一歩後ろで見ていたシオでもエースでもない。
首をはさんできたのはハルだった。唖然として大人しくなったジェイを放って眉根を顰める。