ACT.5 アメアガリ


「何だよそれ、冗談だろ?よりによってデッド・スカルなんて何考えてんだよユウの奴!」
「おいハル……」
ハルも勢いでつい昔の呼び名を使う。ラヴェンダーは聞き逃したのか、その振りをしたのかとにかく反応は見せなかった。
「レキへのあてつけか。復讐ってことならデッド・スカルが一番いいだろうが、また極端な行動に出たな、あんたんとこの頭は」
「やめてよ。ローズを侮辱しないで。本当はあんたたちに教えるかどうかも迷ったんだから。 ……でもローズがチームを捨ててデッド・スカルに肩入れするなんてどうしても信じたくない。だから……」
ラヴェンダーが言葉を濁す。
  確認するが、フレイムとブラッディ・ローズは東スラム内での、いわば一番身近な敵対チームだ。お互い協定を組むなどありえない。 その前提を分かった上でラヴェンダーはここへ来たのだから相当な覚悟だっただろう。
レキが区切りとでも言うように、ひとつ大きく息を吐く。
「……昔の仲間として、俺もそう思ってる。一緒に来るか?あいつが狙ってるのは俺かもしれないし、ラヴェンダーが確かめたいなら」
安易に提案したつもりは毛頭ない。フレイム内の決定権90パーセントはレキに委ねられているからここでたいした葛藤は起きないはずだった。 今回に限って残りの10パーセントがやけに絡む。
「ちょっと待てよ。ローズがレキ狙ってんなら、ラヴェンダーがそれに荷担してる可能性だってあるだろ。……連れてって大丈夫なのか?」
ラヴェンダーが露骨に心外そうな顔でハルを見る。無論お互い顔見知りではあるが、チームの№2同士というのはそれだけで険悪になったりするものだ。
視線だけで威嚇しあう2人の間にジェイが割って入った。
「ラヴェンダーはそんなことしないって。大丈夫、俺が保証するし!ローズは今でこそ敵だけど昔の仲間だろっ、協力しようぜ。なっ?」
ジェイの台詞に本音は半分くらいしか含まれていない。もう半分はとにかく何とかしてラヴェンダーと一緒にいたい、という思いだけだ。
ハルも呆れて肩を竦めた。結局いつもレキの判断が覆ることはない。
「とりあえず仲間との合流地点をイリスにしたんだ。準備が出来たら出発して北を目指す」
「ずいぶん遠くに待ち合わせしたわね。まあ……いいけど」
レキの意味深な含み笑いにラヴェンダーはただ小首を傾げるばかりだ。
彼女の言うとおりここ、タウン・スプリングから都市イリスを目指そうと思ったら半端ない根性が必要になる。しかもユニオンから隠れながら向かうとすると長旅は必至だった。
無論レキの表情からも分かるように、集合場所をわざわざイリスにしたのは、きちんとした理由がある。ハルなんかはうすうす勘づきつつあった。
「よっしゃ!じゃあ早いとこアイリーンとこ行って、銃そろえて出発するぞっ。ちょっとの間だけどラヴェンダー、よろし……く……」
ジェイの五月蠅い笑顔に嫌気がさしたのか、ラヴェンダーは差し出された右手もとかく無視して一人で大通りに出た。
派手にへこむジェイをなだめるシオ、日常茶飯事だからとレキが顔の前で手を振った。
ラヴェンダーに続いてフレイム面々も大通りへ復帰する。
  職人の町、スプリングはやはり大通りに出ると華やかで活気に満ちていた。“バネ町”の名前の通り、道沿いには所狭しと工具店や機械専門店が並んでいる。 この世の終わりのように落ち込んでいたジェイも金属や鉄を打つ音や溶結の火花を感じてすぐに目を輝かせた。
「どこだったっけか……アイリーンの工房」
レキが後ろ手に頭を掻きながら似たようなぶらさがり看板を見定めていく。
後方をのんびり歩いていたシオがたまらずハルの肩を叩いた。
《アイリーンさんて?》
少し前にレキにもらった分厚いメモ用紙に、あいかわらずの達筆で書いてハルに見せる。 ハルを選んだことに特に理由はないが、敢えて言うなら漢字にルビをふる手間が省けるということだろうか。ハルは一人で勝手に動揺しているが。
シオが訝しげに再度肩を叩く。
「あっ、えーと、そうだよな。アイリーンってのはフレイムの銃専門のメカニックでさ、あ、メカニックって分かる?」
前方を歩いていたレキたちは突如始まったハルの独り言にギョッとして振るかえるが、シオの分厚いメモ用紙を見て胸をなで下ろした。 説明だとかの面倒な類はハルに任せるに限る。関わるまいと、連中は素知らぬ顔を装った。
《機械を整備してる人だよね?ジェイは違うの?》
「ジェイもそうだよ。あいつは銃以外もやれるからさ、レキのバイクとかいじってんの見たことない?ま、でも銃関連はアイリーンの方がプロだからさ。 普段はこの街で普通に職人やってんの。俺達と違ってノーネームじゃないしね、アイリーンは」
シオは何度か頷くとメモ用紙をしまった。
要するにそのアイリーンに新しい銃をカスタマイズして頂こうというわけだ。レキはともかく、地方警察から奪ったハンドガンではエースは納得していない。 それにたった二、三丁の銃をこの人数で使い回すわけにもいかなかった。
「ここだよなっ。しょぼい看板ぶらさげやがって!これだから根暗のマニアは手に負えねー」
誰に責められたわけでもないのに言い訳じみたぼやきをこぼすレキ。簡素の鉄の看板を見上げながら謂われのない罵詈雑言を吐いた。
「いらっさーい。ごゆっくりー」
扉を押すなり何とも適当な対応が返ってくる。カウンターに気だるそうに頬杖をついた若い女が、ぼんやりした目で入り口を見ていた。ドアベルだけが空しく響く。
「……ずいぶんな接客だな、おい。それだから客がつかねぇんだよ、腕は落ちてないだろうな」
女はレキの言いぐさに暫く凝固して分厚い眼鏡越しにこちらを見定めた。歳は若そうだがそのビン底眼鏡と妙に似合う作業服のせいか、くたびれた老人にも見えた。
と、アイリーンは眼鏡をかけ直してゆっくり腰を上げる。気付いたならそれなりに敏速に動いて欲しいものだ。
「ヘッドぉ?何しに来たの?冷やかしなら帰って帰って。忙しいんだから」
「お得意さまに向かって帰れとは何だっ。俺たちくらいのもんだぞ、お前んとこでガンチェックすんのなんて」
「金も払わない常連がどこにいるってーのよ。それで?メンテですか、弾薬ですか、ちゃんとお金もらいますよ」
久しぶりの再会のはずだが彼女はどちらかというと会いたくなかったようだ。邪険な扱いでさっさと厄介払いしようとしているのが分かる。
しびれをきらしてエースが持っていた地警の銃をつきだした。
「これをくれてやるから一番良いデザートイーグルくれ。それと三段式の可変バースト、精密にカスタムしろよメガネちゃん」
アイリーンの額に青筋と冷や汗が一度に浮かぶ。カウンターに置かれた銃をあっさりなぎ払って、身を乗り出してきた。
「こんなしょぼい銃であたしの銃を買おうっての?バカにしてもらっちゃ困るわ、金はツケといてやるから細かく注文書いてちょうだい。ぴったりくっきり仕上げてやるわよ」
エースがしてやったりという顔で笑みをこぼす。前回もこの方法でほぼ永久に支払われることがないだろうツケを実現したのだった。
エースに便乗してレキやハル、ジェイもそれなりに注文を付け足していく。
それを横からのぞき込んでアイリーンがあからさまなしかめ面をさらした。
「このバカみたいに面倒なカスタム書いたのは……」
エースが紳士を気取ってハットをあげる。嘘臭い爽やかスマイルを作ってはアイリーンの口元をひきつらせた。
だいたいこの後エースとアイリーンの実に細かな注文の論争が繰り広げられることになっているので、レキたちはそそくさと店を出ることにした。