ACT.5 アメアガリ


  その女を目にして抱く感慨はおそらく全員違うものだろう。
エースの場合まず思ったのは“やばい”と“まずい”だった。的確な処置としてすぐにラヴェンダーの口を塞ぐ。
一番厄介な反応をしそうなのが彼女だったからだが、エースの突拍子もない行動はもう一人の厄介な人物には逆効果だった。
レキが訝しげに視線を標的へ向ける。
もがくラヴェンダーを取り押さえるので精一杯のエース、視線と口パクでジェイに合図したが皆無だった。
レキはしっかりとその女を眼に入れた。
エースが苦虫をつぶす。
「ローズがここにいるってことは……デッドスカルと財団は裏で繋がってるってことか。うすうすそんな気はしてたけどな、どう考えたって羽振りが良すぎる」
「ろ、ローズですって!?どこ!どこ!」
レキが独りごちると同時にラヴェンダーがエースを振り切って廊下に飛び出す。
時すでに遅し、ローズの姿はそこにはなくラヴェンダーの雄叫びとエースへ向けた恨みの籠もった怨念だけが残っていた。
「何で止めたのよ!チャンスだったのに!」
手っ取り早いのがとにかく好きな女だ、言いながらすでにエースの襟元を掴んでいる。
エースはたいして動じた様子も見せず深々と嘆息なんかかましている。
「言ったわよね、あたしの目的はあくまでローズだって。どうしてそれをよりによってあんたに邪魔されなきゃなんないのよ!」
憤りは沸点を超えつつある。
確かにチャンスをつぶしたのはエースだが気付いてさえいればジェイもハルも同じ行動をとっただろう。
あの時こんな風に辺り構わず喚き散らされていたら今頃アスカ共々牢獄行きだ。
「はち合わせした後どうするつもりだった?……お前のためにうちのチームが迷惑を被るのはよろしくないな。フレイム三ヶ条にもあっただろ?“ひとりはみんなのために”ってな」
「……ちょっと違うけどな」
エースが勝手に付け足したのはどこかの小学校の校訓めいたものだが、言いたいことは良く分かる。エースの予想を裏切って平静なレキも適当に首を突っ込んできた。
ラヴェンダーの不服そうな顔立ちがみるみる内に悪化していく。
「知らないわよ、あんたたちのとこのルールなんか、興味もないし、義務もない。フレイムに入るつもりはないってそれも言ったはずよ」
「だったらこっから先は一人でやりな。義務は発生する、俺たちと行動を共にする限りな。……俺はブラッディ・ローズに興味はないが興味津々なのがうちにも何人かいてな、 それにつき合ってるだけだ」
エースが、物事に対して熱くなるのは稀なことだった。女に対して口調を荒くするのも滅多に見られるものではない。
彼がこうなるときはたいてい“全体の均衡”が崩れそうな時だ。 第2条<敵対チームとの馴れ合い禁止>はほぼ無視する男も、第3条<フレイム的民主主義>、エース曰く一人はみんなのために!はやけにこだわった。
諭されて、ラヴェンダーはマジギレ、かと思いきや頭が冷えたのかふてくされながらも同意したようだった。
「……よく言うわよ、うちの娘にさんざん手ぇ出しといて」
エースが満足そうに頷く。
ラヴェンダーはレキ同様すぐに頭に血が上るタイプだが馬鹿ではない、くだらない口論で同盟を決別するような真似はしなかった。
ジェイがほっと胸をなで下ろす。
「ローズが居るってことは、シバもいたりすんのかな。面倒だよな、ここで会っちゃうと」
またハルがくだらないことを言い始める。くだらない、というのは話を蒸し返すなっという意味だ、レキが青汁一気飲み後のような渋い顔をしてかぶりを振った。
「今はシオ、だろ。スカルもブラッディもどうせどっかで闘り合うことになんだからさ」
無表情に話を聞いていたアスカに視線を送る。
それを合図ととってアスカが再び歩みを始めた。どうやら彼女は余計な(とりわけ自分たちに関係がないようなことには)関心がないらしい。 気にしている風でもないし、実際聞いてもこなかった。
  照明が先刻の場所よりも落ち着いていることに気付く。赤々と灯っていた蛍光灯が今この場所では薄暗いものになっている 。明らかに財団の関係者が生活しているようには思えなかった。
「アスカさん、ひょっとしてアメフラシって……みんなこういう扱い?」
汚くはない。少なくともレキたちが押し込められていた地方警察の牢よりははるかに清潔だ。
ただ今までとのギャップが激しすぎるせいで妙ないたたまれなさを抱いた。
ハルの問いに対してアスカがおもむろにかぶりを振る。
「見たでしょう?私の部屋。たいていのアメフラシはああいう不自由のない生活を保障される。私たちが不満を募らせて大雨なんかを降らせないようにね」
「だったら……」
「ルビィが懸かれば話は別。……財団側はどんな手を使ってもシオからルビィの所在を聞き出そうとするわ。私たちは財団にとってそういう存在なの」
そういう存在-レキはシオが前に話したことをうっすらと思い出していた。
アメフラシの里の者が勝手に雨を降らせないための人質として、そしてさらにはブレイマーが何らかの形で手に負えない脅威となったときの切り札として 彼女たちは財団に生活を脅かされている。ノーネームとしてのレキたちは謂われのない迫害と社会からの疎外を受けてはきたが代償として自由を得た。 複雑に絡み合う思考を、レキは黙って整理している。
「……変な話だな。人質はあんたたちじゃなくて村の連中じゃないのか。いざとなったら村なんてのはあっさりあんたらを見捨てて雨を降らす、集団なんてそんなもんだ。 “アメフラシ”の力が欲しいなら財団は根こそぎそこを叩く。奴らが欲しいのは“アメフラシ”そのものより“シオ”だ。……違うか?」
最近のエースはらしくもなく、よく話に首を突っ込んでくる。 以前は誰がどんな深刻な話をしていても一人で物思いに耽っていたが、ロストシティを出た辺りから話に乗ってくる上核心をつく。
アスカはばつが悪そうに目を伏せてゆっくり頷いた。
「……そうね、私は里が好きだから……失いたくないからここにいるわ。シオもきっとそう。あの娘の力は強いから…………私たちはお互いが人質なのよ。 シオにとっては私が、私にとってはシオが」
「だったらもうここに居る必要ないな。シオは今から俺たちが強奪するわけだし。じっくりアメフラシの里でも案内してもらえるってわけだ」
アスカが理解できずに眉をひそめる。
レキは自分の台詞に一人で納得しているため、ここは補佐の出番だ。別名通訳係とも言うが。
「……助けに来ますよ、絶対。俺らも財団、って言ってもそれと組んでる奴らにいろいろ借りがあるし」
「そうそう、フレイムは悪のヒーロー戦隊なんだよな!ハル!」
ゴンッ!-聞いている側の拳が痛くなるくらい鈍い音が響く。
ジェイのヘルメットを殴りつけたのはハル、残念ながら殴られた方は痛くもかゆくもないわけで、より一層ハルが気の毒に思えた。
もはや口で怒鳴る気力もないらしい、無言でジェイに冷ややかな視線を浴びせた。
「正義の味方は信用ならないもの、丁度良いわ。……シオのこと、お願い。話す自由もないシオから体の、心の自由まで奪いたくないの」
「信用しちゃっていいのかよ、俺たち裏を返せば誘拐犯だぜ?」
いい人扱いされるのは正直気が引ける。しかも勝手にフレイムとかいうなんとも知れないチームに妹を加入させられたと知ったらどう思うだろう、 内心冷や冷やしながらレキは釘をさす。
「だったら誘拐し通して。最後まであの娘をさらい続けて。……中途半端な同情はいらないのよ、あなたたちにできるかしら?」
フレイム一同レキを中心に顔を見合わせた。こういう時マニュアルも打ち合わせもなしで息が合うところが気持ち悪い、アスカに向けて全員向き直る。
「上等!」
彼女はシオと同じ笑顔で、目を丸くして笑った。