ACT.5 アメアガリ


ブラッディローズ特攻体長の異名は伊達ではない、綺麗に掃除された入り口からフレイムの軟弱男性陣はスゴスゴと財団内部へ潜入した。
中もこれでもかと言うほど照明が眩しい。不快そうにレキは目を細めた。
「さて、と。こういう場合姫様はどこに監禁されてるんだっけ?」
レキの言う通り問題はここからだ。財団本部はすさまじく広い。無論彼らにその中をうろついた経験者などいるはずもないからシオの居場所など見当がつかなかった。
眼前に続く長い廊下とドアの数々を見ながら一行はすっかり立ち往生してしまった。
「片っ端から開けてくってのは……ダメ、だよな、やっぱり」
先刻のこともあってか非難囂々を予想した上でレキが申し訳なさそうに提案、フレイムヘッドとしての決定権はどこへやら皆の顔色をうかがう始末だ。
が反応はレキの予想を裏切るものだった。
「それしかないよな。これだけ広いとお手上げってかんじ」
「いいんじゃない?てっとり早くて一番確実」
サブヘッドコンビがあっさり同意を示すと他に文句をつけてくる者はもういない。
レキが満足そうに頷くと数え切れない程のドアを見据えた。
   バン!!-
「シオ!いるか!?」
「ダメ、はずれ!次!」
バン!!-
「シオー!いない!!次!」
バン!!-
「誰だ貴様ら!どこから入ってきた!!」
「あーやかましい!抹殺!」
バン!!-
「……おぉ悪い。着替え中か」
バン!!-
以下無限大。
  ちょうど100部屋目のドアの前まで来ると5人が顔を見合わせる。
ドアを開いて、叫んで、人がいればぶん殴りいなければさっさと退室、この繰り返しが意外にもきつい。皆妙な汗と息切れを覚えていた。
「……誰だぁ、てっとり早いとか言ったの」
「効率悪いな、次だめだったら別の手考えるぞ」
レキとエースが座りきった目で合図、ハルが記念すべき100番目のドアを開けることとなった。
そろそろ粗品くらいもらっても良い頃だ、大きく溜息をつきながらハルが勢いよく扉を押す。
「シオー。いる……っ」
“か”の字は喉で飲み込むことになった。入るなり誰かに口を塞がれて腕を引かれる。
倒れるように中に入るハルに気付いて、レキが急いで扉をくぐる。同様に視界の外、真横から部屋に引きずり込まれた。ハルと同じく、バランスを崩してよろめく。
「誰だ!?っつーか痛ぇし!」
「シィ!!」
レキが振り返った先、激しく言葉を制す彼女が視界に入った。思わず言葉を飲み込む。
レキとハルが尻餅をついたまま呆然としていると、エースたちも様子を窺いがてら中に入ってきた。 こうやって落ち着いてゆっくり入ってくれば腕を掴まれることも口を塞がれることもなかったわけだ。
  部屋の住人は残りの3人をあっさり中に招き入れると静かに扉を閉めた。
エースが改めて彼女を見やって何やら意味深に含み笑いをした。
「お願いだから大きな声を出すのは止めて。ここから先は研究棟だから人がたくさんいるわ」
女の容姿は一言で言うなら艶やかだった。金に光る長い髪に真っ赤な着物を身に纏った若い女、目鼻立ちもしっかりしている。
エースがにやつくのも合点がいくが理由はそれだけではない。雰囲気はまるで正反対だが、その声とその顔は呼び続けた名前の彼女によく似ていた。 一瞬言葉を失うほどに、それでも暫く見つめて冷静になってくると女がシオでないことは分かった。
「シオを……知ってる、よな。なんか関係が……」
「シオの姉、名はアスカ。……あなたたちはシオの友達?そこら中で叫んでたから何しに来たかは見当がつくけど」
女、シオの姉であると名乗ったアスカは淡々として動じる様子もない。
自分たちの一部始終が把握されると分かると無性にやりきれなくなり、レキたちは先刻までのバカさ無限大の行いを振り返って赤面した。
「……言わなかったよな、シオ。姉ちゃんいるなんて」
疑っているのかショックを受けているのかハルが呟く。
シオに受けたかわいらしい印象とは対照的にアスカには妙な緊張と動悸を覚えてしまう。顔が瓜二つなだけになおさらだ。
「聞かなかったからだろ、どっかの誰かがかっこつけて介入しないとか言うから」
「ちょと待て……俺かよ、それ」
素知らぬ顔で視線を逸らすジェイ、確かにレキが原因のひとつであることは否定できない。
集中的に遠回しな非難を喰らうレキを見て、アスカが不意に笑う。
その瞬間にこちら側の警戒心が一気に解けたのは言うまでもない。彼女がシオの姉でレキたちの敵でないことは、その愛らしい笑顔で証明された。
エースが絶えず満面の笑みを浮かべ続ける。
「シオを助けに来たんでしょう?っていうことはルビィはこの中の誰かが持ってる?……ブリッジが目の色変えて探してるわ」
「……俺がシオから預かってる」
アスカにしても、レキにしても、お互いを100パーセント信用しきれてはいなかった。
アスカのいる部屋は家具にしても内装にしてもどことなく豪華だったし悪い待遇を受けているとは思えない。 むしろ財団側としてルビィを手に入れようとしているとも限らない。
射るようなレキの視線はアスカにもそのことを気付かせていた。
「私を信用できるならついていらっしゃい。シオのところまで案内することはできる。そこまでしかできないっていうのが本音だけど」
「あんたは逃げないのか?見たところ拘束されているようには思えねぇし、ここの構造は知り尽くしてるって風だ」
エースはめざとい。伊達に場数を踏んでいるわけではない、アスカを吟味しつつおさえるところはおさえていた。彼女の言動が矛盾だらけであることをそれとなく示して見せた。
アスカはたいした感慨も見せずドアノブに手をかける。
「……だから私が信用できるなら。私だってあなたたちを全て信用したわけじゃない。でもシオがルビィを預けたなら、それなりの人たちなんだろうとは思うわ。……見た目はともかく」
咄嗟に全員、自分たちの身なりを再確認。頭は赤い上薄汚れたレザーージャケット野郎、視線をずらせば無精ひげでシケムクをくわえた男、とどめは無意味なヘルメット。 アスカより数段怪しいのはレキたちの方だ、付け加えると不法侵入者でもある。
アスカの冗談めいた言いぐさに頭を掻きながらレキはアスカの上からドアを押した。
彼女の笑みはどこか気品があって疑心を取り除く。
「……名前は?」
「レキ、そっちはアスカ、だったよな」
「アメフラシの里に帰ったら……帰れたら里を案内してあげるわ。覚えとく、レキ、ね」
レキに特別興味があるようには見えなかった。どちらかというと何か先を見据えたような言い回し。辺りに視線を配ってアスカは軽く手招きした。 それに一行が列をつくってつづく。
  先刻どたどたと走り回っていたのがアホらしくなるくらいアスカは慎重で選ぶ道も裏の裏といった風だった。確かにこれは案内無くしては進めない。 決して大柄ではない細見の身体に身に纏っただけという感じの紅の着物は鮮やかでも、どこか寂しく映った。 「止まって。誰か来るわ」
今何階のどの辺りにいるのかレキたちには見当もつかない。アスカはその全てを把握しているのだろうか、迷いのなかった足が急に立ち止まる。
それに倣って連中も壁に背中を押しつけた。
「研究員か?こんな時間までご苦労なこった」
「いえ……見たことない。それに研究員は皆白衣を着てるはずよ」
アスカの視線の先には若い細見の女がいる。
響くブーツのヒールの音でエースが耐えきれなくなり顔を覗かせた。ほんの軽い、遊び心のつもりだった。が、アスカと視線を共有した瞬間にエースの顔色が変わる。