ACT.6 ダブルエネミー


  ノーネームと言えばヤマトの記憶にあるのは、この間財団に侵入してきた少年たちだ。あの後専門外にも関わらず追跡に動員させられたから覚えている。 仕事が入らなければ今も追い掛け回していると思うと疲労を感じた。
十中八九そいつらのことだろう、入口の前まで来てヤマトは足を止めた。踵を返して席に着くと、もはや完食されつつある大皿をそれごと引き寄せて食べ始めた。
下手に確認に出て仕事、それも関係の薄いものを増やすのはヤマトの望むところではない。
「さわらぬ神に祟りなしってな」
首を傾げながら顔を見合わせるハンターたち、皿を取られたためその中のひとりはちゃっかり追加注文をとっていた。

  市街の一角で食事を摂っているヤマトたちがレキたちの存在に気付いた頃、やはりユニオン本部でもその情報が伝わってきた。
町中でレキたちを追いかけ回しているユニオン勢から絶えず位置情報が報告され、フレイムメンバーの逃走路はほぼ割り出されつつある。
  肩に七つの星がある腕章、それが付いた真っ白なコートをあの男、イーグルが羽織った。イーグル専用の八連式リボルバーと警棒をコートの内ポケットに入れる。
「現在のおおよその位置は特定できるか?」
「金髪の二人は工場区を逃亡中です。行方が分からないのが帽子を被っていた男でアーケード街を抜けた後から確認されていません」
「……あとの二人は」
「住宅区で確認されています。編成はいかが致しますか?」
全部で20以上のモニターを前にして隊員が正確にフレイムメンバーの逃走ルートを伝える。
イーグルはたいして考える素振りも見せず踵を返した。
「A班からD班までは工場区の二人を追え。一人は野放しにしても構わん、残りは俺と住宅区の二人を捕まえる」
イーグルはそれだけ簡素に述べるとドアを抜けてさっさと下に降りていく。モニターを監視していたユニオンの丁寧すぎる敬礼だけが後に残った。
  イーグルの足早な靴音がやけにリズムよく廊下に響く。
「わざわざこちらに顔を出すとはな。この機を逃す手はない……!」
ユニオン本部がにわかに活気づく。銃器を整える金物じみた音があちらこちらから聞こえる中、イーグルはいち早く市街地へ出て真っ直ぐ住宅区へ向かった。
用意された車の中でやけに上機嫌なイーグル、普段はにこりとも笑わない彼が今日に限って口元をゆるめている。運転手がバックミラーでそれを確認して戸惑っていた。
「(地警を後任してきて正解だったな。奴等の誰一人としてロストシティに戻っていないところからして……捨てたと考えるのが正しい。)」
窓の外の景色が徐々に家々へと変わり始めるとイーグルは胸元のポケットに入れたリボルバーのセーフティを外した。固く重たいコッキング音、 響くはずのない音が沈黙の車の中で一際大きな音をたてた。

  「きつくないか……?限界来たら言えよ、抱えてやっから」
シオが両手と首を猛烈に振る。どう考えても強がりだ、何故ならレキはすでに限界寸前なのだから。
家屋と家屋の間の70センチほどしかない狭い隙間に身を隠してレキは尻餅ついて座り込んでいた。
何度と無く荒い呼吸を繰り返すが全く落ち着く気配はない。心拍音は恐ろしく早く大きく脳裏を支配していた。
少し視線を通りの方にやると白い服の連中が目を光らせてうろうろしているのが分かる。草の根分けてでも、という根性だ。レキは何も言わず頭をもたげた。
「あいつら……逃げ切ったかな」
誰に言ったわけでもなくふと独りごちる。期待していなかった反応をシオはわざわざ書いてきた。
≪一度みんなと合流しよう。このままだとバラバラになっちゃうよ≫
レキは読むのが遅いのか理解が遅いのか、それとも判断に苦しんでいるのか数秒紙を見つめたまま微動だにしない。
しかし、暫くしてひとつ大きく嘆息するとおもむろに立ち上がってシオのメモ帳を伏せた。
「ダメだ。そんなことしたら全員捕まる可能性の方が高い。今捕まるわけにはいかないだろ、俺も……シオも」
受け取りようによってはひどく冷たく聞こえる。シオがどうとったかは分からないが肩を落としたのは確かだ。 強制的に伏せられたメモ帳は要するに口出しするなの意で、シオはおもむろにそれをしまった。
「……たぶんすぐ会えるって。下に行けっつったろ?だから俺らも地下に向かおうぜ、それが一番手っ取り早い」
微妙なフォローだ、がその不器用さがシオの受け取り方を良い方に傾けた。苦笑して頷くと、シオも大通りの方に視線を移した。
考えていることはレキもシオも、どうやら相違ないようである。
「奥の通路のマンホール、見えるか?でかいやつ……この通りさえ突っ切れれば俺たちはゴールだ」
シオは頷くものの万事うまくいくとは二人とも思えなかった。情報が行き渡ったのかユニオン隊員は先刻からこの辺りを動こうとしない。
レキは横切るタイミングを計っていた。
  刹那、監視の目がそれる。合図だとか声だとかを出す暇もなく、レキは不躾にシオの腕を掴んで反対の道を目指しスタートをきった。 大通りに体が半分、顔を出したとき-やけに辺りが静かになった。レキの僅かな足音も同時に鳴りやむ。
「初めましてだな、お前が“フレイム”のチームリーダーか」
冷や汗がゆっくり背中を伝う。レキの視線の先には真っ黒く淀んだ銃口、二人はどうやらおびき出されたようだ。
真横で銃を構えるイーグルを筆頭に数十人のユニオン隊員が遠巻きに同じ動作をしていた。
たかがノーネーム一人とアメフラシ一人にずいぶんな態勢だ、正直白い制服のオンパレードは圧巻だった。
「……おっさん誰?俺はあんたなんか知らねえけど」
一つ、レキにとって幸いなことがあった。
「連合政府大佐のイーグルだ。パニッシャー……そう言えば分かるか?」
通りに体がはみ出しているのはレキだけで、後ろにいるシオは壁に挟まれて奴等からは見えていない。
「ブレイマー専門の処理班がわざわざノーネームのお守り?仕事間違えてんじゃねえの?」
「これも仕事の内なんでな。悪いがお前の所の下っ端の小僧に自白剤を使わせてもらった……何も知らなかったようだがな」
レキの顔色が一瞬間こわばるのをイーグルは見逃さなかった。
ひとつひとつ何かを確認するような口調にレキもイーグルの目的を察する。シオが下手に声を出せないのは今この時においては好都合だった。
「ゼットか……!なるほどな、東スラムを襲撃したのはあんたの指示ってわけだ。……何が目的だ」
後ろ手に掴んでいたシオの腕を離す。手の仕草で反対方向に走るように伝えた。
「俺たちは純粋にブレイマーを駆除したいだけだ。そのための犠牲は惜しまない。お前にはこの意味が分かると思うが」
レキの神経は平静を保つギリギリのところまで揺さぶられている。もともと我慢強い方でもないにも関わらず、イーグルは容赦なく心理攻撃を仕掛けてくる。
未だ気配の消えない背中側の人物に内心舌打ちを漏らしながらもレキはまだ、平常心を保った。
「お前がここで暴れても他の仲間にはデメリットにしかならない。チームの頭ならわかるだろう、銃をこっちに投げろ」
偉そうに-口調も仕草も、容姿さえも癪に障る。イーグルのエリート丸出しの雰囲気はレキにとって気にくわない意外の何ものでもない。
シオの逃亡も望み薄なら従うしかないだろう、嘆息ついでに懐に手を突っ込んだまさにその時だった。
  悲鳴、それも一人ではない。脳の先端から発せられたようなかなりの緊迫感を持つ悲鳴が轟く。全員、目を見張った。