ACT.6 ダブルエネミー


マンホールからの使者があふれ出さない内にさっさと紛れるのが得策だ、ほぼ全員一致で小走りに表通りへ向かった矢先。
「ちょ、ちょっと待って!」
もうダメ出しされるのはウンザリとばかりに、レキが嫌々立ち止まる。が、レキ以上にうんざりした表情を作っているのはラヴェンダーの方だった、頭を抱えて唸っている。
「何」
「考えてみてよ、イリスに向かって走ってでもここはイリスじゃなくて、途中にある大きな都市って言ったらひとつしかないじゃない。……見たことあると思ってたのよ」
「はあ?結局何、どこだか分かるっつーのかよ」
鈍すぎる、ジェイでさえも何となく理解して顔を覆ったのにも関わらず、レキは逆にラヴェンダーの遠回しな言い回しに突っかかった。
「どうすんだよ……誰だ最初に上に上がれって言った奴」
ラヴェンダーの弁護のつもりか、ジェイが便乗してうんざり顔をさらす。
「俺だけど!だから何なんだよ、腹立つなっ」
声を荒らげるレキ、それが直接原因かどうかは置いておいて表通りから差し込んでいた日の光が急に途絶えた。 正確には遮断されたと言うべきだろう、伸びる人影にレキも視線を上げた。
「お前たち、そこで何をやっている。こっちへ来て身分証明を見せろ」
百聞は一見にしかずとはよく言ったもので、その男の服の色はレキに全てを悟らせた。
全身白で統一された制服、その色はレキたちにとってもはや腹立たしい以外の何物でもなかった。
ユニオンの隊員がこんな路地を普通にパトロールしているということは、ここは中央、ユナイテッド・シティに他ならない。
どうやら彼らは敵から逃れるために別の敵の懐へ自ら入り込んでしまったようだ。
「ぐずぐずするな、この街でまさか恐喝などやってたんじゃないだろうな。クズ共が、キテレツな格好しやがって」
レキが静止したまま青筋を浮かべる。
ジェイの胸ぐらを苛立ち任せに掴んでいたから百歩譲って恐喝呼ばわりされたことは流すとしよう。 しかし全身白い服の男に格好をとやかく言われる筋合いはない、思い切り目が戦闘態勢に変わるレキをハルが後ろから制した。
「騒ぎ起こすなよ……っ、フレイムだって気付かれたらアウトだぞっ」
「……分かったって。隙見て走って逃げるぞ、とにかく街から出らんことには……」
「コソコソ喋ってないで身分証明を出せと言ってるだろうが。応援を呼んだからどうせ逃げられん」
  ユナイテッド・シティ-ユニオン本部がある中央大都市である。地方のおざなりな治安維持とは違いここは日々のパトロールにもユニオン隊員がまわされている。 殺人事件やら強盗などはほぼ成立しないし、万引きや恐喝など都市にありがちな軽犯罪もここではめったに起こらない。 そしてホームレスもストレートチルドレンも、ノーネームもここには一人として存在を許されない。
「証明を出さんとこを見ると貴様らノーネームか?……面倒だな、地警からノーネームのガキ共が逃亡したおかげで、ノーネームは全員本部に連行することになってんだ。 そうだな、ちょうどお前みたいに真っ赤な髪の……」
言いながら男は目を見開いた。ポケットからクリップで留められた資料の束を取り出すと乱暴にめくっていく。
最悪の事態だ、すでに棒となっていた足に鞭打つ羽目となる。
「お前らフレイムのメンバーか!?どうやってここ-!!」
ストレッチ代わりにレキが男の顔面に回し蹴りをぶち込む。
宙を舞う資料にはきっちり5人の顔写真が貼られていた。無論ラヴェンダーを除く5人だ。
よろめきながらも倒れないところは流石ユニオンといったところか、鼻面を押さえてもしっかりと仲間に連絡を取ろうとしている。
レキが軽く腕を回して皆に合図する。
「散るぞ!何とかして下に戻れ、絶対絶対捕まんなよ!!」
「了ーー解!」
表通りに転げるように飛び出すと、思った以上に身動きが取りづらいことが分かる。
ショッピングモールのど真ん中らしい、溢れかえる人混みはカモフラージュというよりは障害物という感じだ。
  のんびりとした人の流れに逆らってひたすら走るレキ、振り返ると20メートル程後方に白い制服の群がこちらを指さして雄叫びを上げているのが見える。 そしてすぐ後ろにシオが、肩で息をしてレキを追っていた。
「シオっ、……あー、ハルかエースと居た方が安全だったんだけどな」
「あの頭の赤いガキだ!!応援を呼んで連行しろ!」
レキがやたらに狙われやすい理由はどうやらこれのようだ、確かに周りを見渡してもレキのように真っ赤な髪の者は見当たらない。
苦虫をつぶしながらもシオの手を引いた。
「言ってる場合じゃなさそうだっ、はぐれんなよ!」
シオが力強く頷くのを見届けてレキが再び走り始める。
レキと同じ原理である意味ユニオンを発見するのは容易である。あそこまで潔癖なまでの白い制服はユニオンであることを周囲に叫んでいるようなものだ。
視界に白いものを確認してはそそくさと腰をかがめて方向転換した。
「(埒があかねえよなぁ、これ……。このままじゃ確実に捕まる)」
白い制服は増殖する一方だ、これに財団側の追っ手まで参加されてはたまらない。
空港やホテルでファンに追いかけ回されるトップアイドルの苦しみが分かったような気がしてレキはしみじみと感慨にふけった。
しかし現実はそんなに幸せな立場ではない。レキはどうひっくり返ってもトップアイドルではない、せいぜいシオがそれで彼はその付き人程度である。 付き人が素行不良のせいで二人して逃げ回る羽目になるとは何とも本末転倒だ。
レキは派手に舌打ちして再び加速した。

    ユナイテッド・シティ繁華街の片隅、ショッピングモールよりは落ち着いた雰囲気の通り、洒落た造りの看板やメニューウィンドゥが立ち並ぶ。
その中の一軒でのんびり昼食を摂っているのは財団のブレイムハンターたちだ。皆それぞれの私服で統一感はない。
カザミドリ-アメフラシ同様カメレオン・シフトによって生まれた種族-である例の少年、いや少年の容姿をした男を真ん中に5、6人が食事を摂っている最中だった。
「面倒ですよねぇ、ユナイテッドシティ周辺の狩りは。ところどころにユニオン勢がいてうざいことこの上ない」
「そうかあ?ド田舎に派遣されるよりマシだと思うぜ、俺は」
大皿に豪快に盛られたスパゲッティーを取り分けながらの会話、何人かはぐったりしてあくびを漏らしている。
「ブレイマーを商品としてる財団と、害敵としてるユニオンじゃ根本的に違うもんなあ。対立するのは勝手だけど雇われハンターの俺たちにまで影響があるから迷惑だよな」
口一杯にスパゲティーを詰め込みながら一同が頷く。端から見ればただの観光客だ。
  彼の言うとおりブリッジ財団とユニオンは権力を二分している上、ブレイマーに対する考え方においても正反対の見解を示しているから 俗に言うと二つの組織は犬猿の仲にあった。
「ヤマトさん、食わないんですか?仕事前に食っとかないと後は食べる気失せますよ」
ハムスターもびっくりのためこみ方だ、頬にこれでもかという程詰め込んだままフォークでカザミドリの男を指す。
男、ヤマトは皿も空のまま出入り口を凝視していた。
「外、騒がしくないか?」
「そりゃそうですよ、ユナイテッド・シティなんですから。食べないならもらいますよ」
店内は勿論前の通りにも活気があることはヤマトも承知している。それとは違う異様な雰囲気に対して口走ったのである。
食い気に集中した部下では話が広がらず、ヤマトは席を立った。
外ばかりを気にしていた彼に気づいていたのか、店員のひとりがそれを呼び止める。
「ユニオンから逃げたノーネームの何人かが発見されたみたいですよ、この辺に来たんじゃないですか?」
ずいぶんあっけらかんと言ってくる。この辺りではユニオンの活動をめずらしがる者はいないらしい、たいして関心もないのか誰も確認に出る気配はない。