ACT.7 インベーダーゲーム


「すいません、止めたんですけどまさか一人で行くなんて……。スカルとブラッディの頭が接触してる気配があるって言って……」
今度はレキとラヴェンダーがやけに反応する。咄嗟に上方に注目するラヴェンダーに対し、レキはあくまで平静顔を装った。
  デッド・スカルとブラッディ・ローズが、換言してシバとローズが接触した、それは既にラヴェンダーから聞かされていたから初耳ではない。 彼女はその事実を暴くためにレキたち一味と行動を共にしているのだから。
が、こうして第三者から思いも寄らない形で聞かされると何故か真実味があった。
  レキが黙っていると、トラップが反比例して焦り出したのが分かる。受信機の向こう側のメンバーと何やらもめていた。
「悪ぃ、考え事してた。それで?スカル側から何か言ってきてないのか?ケイ一人煮て食ってもあいつらの利益になるとは思えないけどな」
「煮て食べられたら困りますよ!!なんて事言うんですかヘッド!」
トラップではない、別の、より半狂乱の声が乱暴に割り込んできた。レキは咄嗟にレシーバーから顔を逸らす。
何とも情けない泣き声を発しているのはおそらくダイだ、確かに彼にこの手の冗談は今はまずい。
「冗談だよ、本気にすんなっ。だからケイが戻って来ねぇならとっ捕まったって考える方が自然だろ?捕まえたなら人質ってことだ、何か俺たちに要求があるはずじゃねえの?」
「ひ、人質……ケイが……」
何故応答相手がトラップからダイにチェンジしたのか分からない。 冷静さを欠きまくったダイはレキの苛立ちを煽るだけの存在だ、さっぱり具体的な話に入れないことにレキは半ばキレ気味だった。
と、おやまの大将の堪忍袋が破裂する前に、察してトラップが戻ってくる。
「俺にもよく意味が分かんねぇんっすよ……っ、『ルビィと引き替え』ってメモが来たくらいで。どうしましょうか?俺らだけで救出に行くべきですか?」
再びレキが口を閉ざす。キーワードは連鎖するものの肝心の繋ぎ目部分がどうにも見えない。 それでもこの場に出てくるはずのない単語にレキは苦笑する他なかった。今となってはケイの軽率な行動をなじっても仕方がない。
  ほんの数秒目下に視線を移して彼なりに他者に承諾を得ると、レシーバーを握り直した。
「……ヘッド?聞いてますか?」
「ああ、聞いてる。ケイについてはお前らは動くな。そのまま真っ直ぐイリスを目指せよ、ケイの救出には俺らが行く」
内心は舌打ちをかましたかった。が、こんなつまらないことで水路で待つ連中やトランシーバーの向こう側の仲間を不快にさせるのも馬鹿らしい。 いろいろなことに腹は立っていたがどちらかと言うと心配の方が勝っていた。
  トランシーバー越しだとしても散り散りになった仲間の声を聞けたことは、レキにとっては大きな意味があった。
「いいか、間違っても独断で動くなよ。特にダイにはよく言っとけっ。ケイは必ず助けてやっから!」
「もちろんっすよ、ダイには俺も注意払っとくし……まぁヘッドなら無事助け出してくれると思いますから。ケイのことよろしく頼みます」
「おお、任しとけ。お前らも気を付けてな。……何かあったらまた連絡する」
「了解……!」
トラップが電源を切ったらしく、感度は良いのに磁気嵐だけが聞こえる。レキも無造作に電源をオフにして梯子を降り始めた。
  下の連中がレキに注目するのは当然だった。待ちわびたようにだらけていた姿勢を正す。
座り込んだままのジェイにトランシーバーを渡すと、レキはひとつ大きく溜息をついた。
「……聞いての通り、野暮用が増えたな」
うんざりした風ではないが、視野に無いトラブルであるため正直頭がついていっていない。
「でもこれで少し分かったな。……スカルの後ろについてたのはやっぱりブリッジ財団だったってことだろ。繋がりはクスリ、裏で捌くのに デッドスカルほど良いコネクションはないもんな」
  ブリッジ財団は元々製薬業界で躍進してきたグループだ、 近年の目覚ましい成長の全てがブレイマーの血清とその研究だけに寄るものでないことは、ちょっとばかり裏社会に顔を突っ込んでいれば知れていることだ。 デッドスカルがバイヤーとしてドラッグを捌くことで、財団には収益と裏社会へのコネクションが手に入り、スカルは後ろ盾を手に入れる。
ハル自身がここ最近(と言ってもロストシティを追われる前の話だが)トラップと共に探っていたことが、今回で確信に変わる。
「地下水路まで追いかけたはいいがブレイマー騒ぎでうまいこと逃げられた。そこにうまい具合にケイがスカルにとっ捕まる……利用しない手はねえよなぁ。 ルビィと取引に出したのはスカルじゃねぇ、バックの財団だ」
エースも悠長に見解を述べる。そこまで落ち着き払って分析されても最悪な状況が浮き彫りになっただけだ。 ハルもエースも言いながら肩を竦めていた。
  ラヴェンダーが口を開かないのはおそらく考えている内容が二人と微妙にずれているせいだ。
どちらかと言えば、レキが考えていることに近いものがあるのだろうが、レキはそれをこの場で口にする気はなかった。
「どうする?この人数だと目立たないか?」
「ああ、二手に別れよう」
ハルの指摘は最もで、それに対するレキの判断は的確であった。
やけにあっさり言ってのけるレキに、シオが慌ててメモ用紙に何か書く。焦っているせいかいつもより字が乱雑だ。
《これ以上分かれるの?危険じゃないの?》
普段ならレキの決定に何かしらのいちゃもんがつくことはない。 あったとしてもジェイが愚痴をこぼすくらいで、それがいちいち決定事項を揺るがすようなことにはならなかった。
「仲間が捕まったんだ、俺はチームの頭だし絶対に取り戻す。そのためにはこんな大人数でウロウロしたって効率悪いし、返って危険だろ? 雨降らしの里に先に行くチームと、ケイの救出に行くチーム、分かれて行動した方がいいってわけ」
シオは黙っている。と言うより最初から声に出していたわけではないから正確にはメモ用紙が白紙のまま開かれている状態を指す。
メモをしまう様子でもないし、まだ何か言いたいことがあったのかもしれないがレキは敢えてそれを待つことはしなかった。
自分の考えを覆す気もないし、間違っている気もしない。派手に方向性が違えばハルかエースが何らかの形で口出ししてくるはずだ、 それが無いからレキは確信を持てる。
「……心配しなくても全員無事で合流できるよ。ルビィも渡すつもりはない。それに……」
レキにとってはある意味で好都合だったのかもしれない。
脳裏をよぎるロストシティ最後の夜、あの日の悦楽と次の日の怒りが昨日のことのように思い出されてレキは奥歯を噛み締めた。
「……シバに用もあるしな」
シオはメモをおもむろにしまった。レキの冷淡な口調がそれを強制したようにも思えた。
  実を言えば、レキの胸中はシオには想像もつかないくらい煮えくり返っていた。 エイジを唆しレキと敵対するよう仕向けたのも、今回ケイを人質にとったのも、レキにとっては腑が煮えくり返る要因である。 加えてラヴェンダーやケイの話が真実なら、シバはローズにも何らかの脅しをかけている可能性がある。 それがブラッディ・ローズ解散の直接の原因かは分からないが、確かめる絶好の機会だ。
「俺とエース、ジェイはケイの救出組、ハルはシオと二人で先に雨降らしの里に向かって。ラヴェンダーは……」
「勿論、レキと一緒に行くわ。分かってるでしょ?……ローズがいるかもしれない。いいわよね?」
決意の眼差し、有無を言わせない力を持つラヴェンダーの目にレキは首を縦に振る他なかった。
「あくまでメインはケイの救出だからな、あんまり無茶な真似すんなよ」
「分かってる。邪魔はしない」
ラヴェンダーの言葉がどこまで信用できるか不安だったが、了承した以上仕方がない。
  不安げなシオの肩を軽く叩いて、レキはもう一度梯子に手をかけた。