ACT.8 ターゲット ロック オン


   《カメレオン倉庫の8番横、建設中の貯蔵庫有、その工事現場にて》ーレキが地上に出てすぐ、乱雑に書いたものを ハルがしっかりとしたメモとして書き写したものである。勿論レキが最初地面に書いたのは全て平仮名だった、敢えて漢字仮名交じり文に 直したのは、ハル本人がその方が読みやすいからだった。 トラップに事前に聞いておいたデッド・スカルとの取引場所が、それである。
「カメレオン倉庫かぁ……嫌な思い出しかないな。ガキの頃は絶好の隠れ場所だったけど、今じゃスカルのたまり場だしな」
ジェイが決まり悪そうにうなじを掻く。チラリとレキに視線を送ったが、彼は生憎ジェイと同じ思いでに浸ってはいない ようで見向きもしなかった。ただ、良い思い出が無いというところだけはいささか当たっている。
  “カメレオン倉庫”というのはレキたちが勝手につけた呼称で、本来はブリッジ財団の商品を納めている巨大倉庫街の ことを指している。財団のトレードマークであるカメレオンのシルエットが倉庫の外壁に押しつけがましいほど大きく 描かれているから“カメレオン倉庫”、ネーミングは彼ららしく安易だ。
「マンホールの上が近くで良かったな。……じゃあ俺とシオは行くけど、相手が相手だけに無茶はすんなよ」
無茶をしそうな人物と言えばこのメンバーでは限られてくる、とりわけハルがそう判断している二人に限って他人事の ような顔をしていた。一人は上の空、とも言える。
「……聞いてんのか、レキ」
「ん?ああ、お前こそ気を付けてな。ほら、さっさと下りろよ、シオが下でお待ちかねだぜ?」
いまいちはぐらかされたようで、ハルは煮えきれない表情のまま再び梯子を下って行った。 レキがご丁寧にマンホールを閉める。
「真っ暗になる前に行くぞ。……いろいろ不利になる」
  夕刻、薄紅の太陽が西の空を真っ赤に染めている。ロストシティよりも光化学スモッグが少ないらしい、夕焼け と呼ぶにふさわしい色でレキたちの影を作っている。
ただそれを気に留めている余裕はない、いつも通り平静なつもりで正直焦っていた。
「フレイムの紅一点に何かしたらあいつらただじゃおかねえ!エイジのことだって……!」
「ジェイ、よせ」
エースがくわえたばかりの煙草を取ってジェイの言葉を制す。レキの神経に障る内容だ、察したジェイが慌てて 口ごもるもレキには勿論聞こえていた。
  デッド・スカルもシバも、そしてこの倉庫というシチュエーションもエイジの死の瞬間を連想せずにはいられない。 レキが不気味なくらい無口なときは怒りが頂点を振り切っているときだ。 一番分かっているはずのジェイ、自らの軽い言動を恥じた。
ケイに何かしたら?ーその時こそ、レキのかろうじて保たれている平常心が瓦解するときだ。おそらくハルが懸念した “無茶”は高い確率で起こる。それがレキにしろラヴェンダーにしろ、ジェイに止める力はないしエースに止める つもりはない。
  レキが雨降らしの里行きチームにハルを抜擢したのは留め金となる存在を事前に排除したかったという意図もあった。 フレイムのヘッドとしても、レキ個人としても、そろそろデッド・スカルの存在には我慢の限界だった。
「ジェイ、弾残ってるか確認しろ。なかったらこれ入れとけ」
「……取引じゃねえのかよ、全面戦争みたいなメンテして」
先刻まで意気込んでいたはずだが、エースが念入りに銃のチェックと弾の補充をしているのを見て訝しげに応答するジェイ。
渡された新しいカートリッジを胸ポケットへしまう。補弾は先ほど地下水路で済ませたばかりだから完璧だ、めったに 撃たない割にチェックだけはこまめにしているところは腐ってもメカニックだ。
「万が一ってのは常に頭に入れとくもんだ。スカルにしろ、俺たちにしろな」
エースが、銃のメンテに満足したのかロックをかけるとホルダーに二丁の銃をしまう。デッド・スカル側に応戦する気が あろうがなかろうが、最初から銃を右手にぶら下げて行くなどこちらから喧嘩を売っているようなものだ。
  手ぶらかどうか、既に互いに判別できる距離にある。カメレオン倉庫8番、その横の建設途中まるだしの空き地にて、 シバ率いるデッド・スカル総勢50名、そしてレキ率いるフレイムーのごくごく一部2名とブラッディ・ローズのメンバー 一名は対峙した。ピラミッド状に積まれた鉄筋の前に横長く広がるデッド・スカルのメンバー、無意味に薄ら笑いを 浮かべ片足に重心をかけて立ち並んでいる。気に食わないのはこちらが気を利かせて銃をしまって来たというのに、あちらさん はお構いなしに鉄パイプを担いでいる点だ。
が、一番問題なのは互いの意識の違い云々ではなくレキの視線の先の存在だった。
「よう、元気そうだな。パクられたって聞いたが……まさかそれが今の“フレイム”か?」
シバは流石に両手を空けている。無論上着の内ポケットには何丁か銃を仕込んでいるだろうが、それはレキたちも同じだ。
ただお互い形式に則って一触即発を避けようとしたのである。
しかしその割には空気はひどく張りつめていた。とりわけフレイム側が。
「ヘッド……!……ごめんね、あたしが……!」
シバの斜め後方でスカルの男二人に羽交い締めにされたケイが確認できた。姿を見て安心したのも束の間、沸き上がってくる 怒りにレキは見えない程度に拳を握りしめた。口は真一文字に固く結んだままだ。
「あいつら……!ケイに何もしてねえだろうなっ、ダイじゃなくたってキレるぞ……っ」
ジェイが気付いているのかいないのか、普段ならレキが口走りそうなことをもどかしそうに口にする。
エースは一歩下がって状況を客観視していたから、今がどういう危機的状況かは一番把握していた。
「おい、レキ。落ちつけよ、とりあえずケイの無事が最優先だろ。……ラヴェンダーもだ、手ぇ出してえのも分かるが お前らの用事は二の次だからな」
煙草をくわえ火を付ける振りをしてエースが小声で釘を刺す。レキの痛々しいほどの我慢は後ろから見ていても分かったが、 放っておくとラヴェンダーは確実に何か行動を起こしただろう。
エースの不意の投げかけにラヴェンダーも気付いて、前方に奪われていた視線を地面に向けた。
「……ルビィってのは持ってきたか?あくまで取引だからな。こっちだって今お前らとやり合う気はねえよ」
だったら何故?ーシバの言動は矛盾だらけだ。彼の何食わぬ顔もレキへの視線も、そして傍らに当然のようにおいた 彼女の存在も、どう考えてもレキを挑発しているようにしかとれない。
  彼女はそこにいた。無表情で腕組みをして、シバに寄り添うように確かにそこにいた。
「……レキ」
「分かってるよ」
シバの隣にいるのが紛れもなくローズで、そこに何の違和感も覚えさせない、ということはレキだって理解している。エースが 言おうとしたのは先刻話した優先順位のことだろうが、それも一応頭では分かっているつもりだった。
「ローズ……っ、っ……なんでよ……」
ラヴェンダーの存在に向こうも気付いているはずだ、それなのに顔色ひとつ変えないどころか眉ひとつ動かさないのだから腹立たしい ことこの上ない。突きつけられた事実はラヴェンダーにとっては最悪のものだった。
「もし『ない』って言ったらどうする?」
レキが遅ればせながら返答した刹那、シバが内ポケットに手を差し込んで案の定隠し持っていた銃を取り出す。間髪入れずケイを ロックオンしてコッキングした。引き金に指がかけられる。
「ちょっ!嘘だろ!?」
「シバ!よせ!!」
ケイが思わず目蓋を閉じる。
「ルビィならある!!ケイには手ぇ出すな!」
引き金は軽く、引かれた。