ACT.8 ターゲット ロック オン


「バーン」
騒然となった中にシバのふざけた声と引き金を引いただけの金具の音が響いた。
弾丸は元から入っていなかったのだ、取り巻き連中にそれを放り投げると何事もなかったかのように不敵な笑みを浮かべた。
レキの舌打ちも、やはり派手に響く。シバ以上に、周りで馬鹿面で馬鹿笑いするデッド・スカルの奴らに腑が煮えくり返り そうになった。
「小便ちびってんじゃねえのかあ!?何びびってんだフレイムさんよ~」
「さっさと出さねぇからこうなんだよ。ヒャッヒャ!」
レキが前触れなくジャケットに右手を突っ込む。
  全員この時に限って注意を払っていなかったようだが、レキの気が短いのはフレイムのメンバーなら誰でも知っていることだ。 その上一度キレると手に負えない。逆に言うと、デッド・スカルとローズをローズを目の前にしてここまで我慢できたことの方が レキにとっては奇跡みたいなものだ。
  青ざめるジェイ(役立たず)を押しのけてエースがレキの腕を無理矢理ジャケットの奥に押し込んだ。
「挑発に乗るなよっ、奴らはケイなんか何とも思っちゃねえ。お前が動けば確実に殺られるぞ……!」
そしてほぼ確実に血生臭い銃撃戦になる。この人数相手に無謀な戦いは避けるべきだし、レキにも分かっているはずだ。
ただこの男は、体と心が必ずしも比例して動くタイプではない。エースが予測したように、レキは今ポケットの中でダブルアクションを 握りしめている。
「……出すもんよーく考えろよ。相手はアホのサンダーじゃねえ、それも覚えとけ」
再びゆっくり視線を上げると、レキの仕草ひとつを皮切りに、シバとデッド・スカルの約半数が彼と同じポーズをとっていた。
レキは暫くシバをにらみつけて内ポケットの中で握っていたものを離す。そしてそのすぐ下にあるごつごつした感触のものを強く 握りなおした。おもむろにそれを引き出す。必要以上に身構えるスカルの連中を冷ややかな眼差しで一瞥して、拳を前に差し出すと ゆっくりと手を開いた。
「シバ、お前はこれが何か……知ってるのか?」
ルビィはレキの手の中で四方八方に紅い光を放ちながら目映く輝いていた。反射するような街灯は生憎この周辺には設置されていないし、 日はとっくの昔に西の空へ帰っていった、となるとルビィ自らが発光しているとしか考えられないがそれにしてな威力が並ではない。
レキの顔を幻想的に赤く照らしながらルビィはただ輝いていた。
「さあ?知らねえし興味もねえな。……取引材料ってとこは結局変わらねぇけどな」
「先にケイを解放しろよ。……スカルは信用ならねー」
レキの正直過ぎる発言にまた下っ端共が顔を歪めたが、シバはつまらなそうに後ろに合図を送った。最初からシバの関心はケイなどにはなかった から殺すも生かすも気の向くままだ、全く執着を見せずケイの手足を自由にした。
「よこせよ。お前らだって素直に言うこと聞く玉じゃねえだろ」
「まだだ、ケイが俺たち側まで歩いてきたらこっちから投げる。……てめえらと一緒にすんな、筋は通す」
「上等だ」
“取引”は換言すれば駆け引きだ。どう裏をかいて自らの要求のみを通すかが行動の鍵となる、はずだがレキの言葉には裏どころか何の計算も 組み込まれてはいない。文字通りの物々交換で文字通り、レキはルビィを投げた。
半分の境界線を越えたケイが一気にレキたちの方へ走ってくる。
「ヘッドー、ごめん~~~っ」
自らのふがいなさに悔し涙をこぼすケイ、肩を丸めて子どものように顔を伏せた。
ここでようやくレキに安堵の溜息が許される。こうもあっさり正当な取引が行われるなど、実のところ予想外だった。
デッド・スカル、シバはそういう性格だ、再確認して視線はシバの姿を追った。
「無事だな。怪我ないか?何もされてないよな?」
オーバーリアクションで首を縦に振りまくるケイ、普段のほほんとしているだけに彼女の泣きじゃくり方は異常に感じる。
親父のようにケイの頭を撫でながら、レキの顔つきが徐々に強ばるのが分かった。
「……何かされたのか?」
ケイは先刻と同じように全力でかぶりを振っていたがその頬は誰かに殴られたらしい、僅かに腫れている上、唇の端は切れていた。
目の色が変わったのはレキだけではない、横で冷静沈着ぶってレキの行動の抑制係をやっていたエースまでもが青筋を浮かべて指の骨を 鳴らし始めた。
「野郎……俺の仲間に手ぇ出しやがって……!」
「ケイのもち肌に傷つけた奴ぁどこのどいつだあ!?待ってろケイ、おじさんがぎゃふんと言わせてやる」
二人の座りきった目を見て青ざめたのはケイの方だ、慌ててジェイに合図して狂人どもを押さえ込んだ。
レキは純粋な仲間意識からだがエースの場合はヨコシマなセクハラ正義感からだから、そんなもので銃撃戦など起こされてはたまらない。 エース本人はジェントルマン精神だと言い張っているが、それにしてはいつも台詞がどことなくセクハラ的である。 だいたいまだ自分のことをおじさん呼ばわりする年齢でもないしそこまで老けても見えない。
  何はともあれ当初の目的であったケイの救出は果たせた。が、ひとつ解決してしまったせいで今度は当初の目的以外のことが 浮き彫りになる。ジェイが声を潜めた。
「……レキ、いいのかよ。ルビィ。シバに渡ったてことは財団に流れてくってことだろ。あんな簡単に投げやがって……」
一つ目はこれだ。レキが苦虫を潰す。シオがわざわざレキに預けたにも関わらず割とあっさり手放してしまった自分が意味不明過ぎる、 しかし苦悩しても後の祭りだ。それにどの状況で、例え人質がケイでなかったとしても、それがフレイムメンバーの誰かである限り レキは躊躇なく同じ行動をとっただろう。レキ自身も、そしてこの場にいるフレイムメンバーもそれが分かっているからたいして引き留め もしなかったのである。
「しょうがねぇだろ。ケイの命とあの石とじゃ重さが違う」
「ヘッド……」
「まぁ賢い選択とは言えねぇけどな。この非常時にスカルに突っ込む奴もどうかしてる」
哀愁を帯びて決め台詞を吐くレキ、そしてその感動に打ち震えるケイの頭上に、正論という名の漬け物石が落下する。ここに一人でも とてつもなく頭の切れる者でもいればルビィを渡さずしてケイを取り返すことはできただろうし、そもそも誰かさんが元から無謀な単独 行動さえ起こさなければこんなことにはならなかったはずだ。が、今更言ってもやはり手遅れであるし、レキの性格上そういった小賢しい 作戦は実現しなかったであろうことも言える。結局どう転んでもこの事態は免れなかったのである。「もしも」はどの時点でも成立はしない のだから。
  レキの視線は未だシバを捕らえている。当初の目的外、の目的の二つ目が発生しようとしていた。否、シバにとってはこちらの方がメイン だったのかもしれない、裏付けと言わんばかりに彼らはルビィ自体にはさほど興味を示さなかったし、取引が終わったにも関わらず帰る気配を 見せない。
  そして確実にそれがメインだった者もいる。口火を切ったのはその人物、ラヴェンダーだった。
「それで?どうしてデッド・スカルの……あんたの隣にうちのローズがいるかが分からないんだけど。馬鹿のあたしにも分かるように説明して くんない?」
ラヴェンダーの唐突な皮切りに意表をつかれたのは寧ろレキの方だった。シバは待ってましたと言わんばかりに不敵に笑っている。