ACT.9 ヒガシズム、ソノサキ


  雨降らしの隠れ里、滞在二日目の朝、と言ってもそれは感覚上の話だ、おそらくとっくの昔に正午を迎えていたのだろう が起きてすぐの時間は彼らにとっては全て朝だった。何しろ時間を把握するための要素がここには不足しすぎている。太陽は分厚 い雲に覆われ、時計と名の付くものはどこにも見当たらない。喉かと言えば聞こえはいいが、正直寂れた、というイメージだ。 エースの「ド田舎発言」もあながち間違いでもなかった。
「屋根があるっていいよな~。久しぶりに爆睡!ってかんじ」
ジェイが宿から外に出て、景気づけとばかりに大きく伸びをする。ちなみに天候としてはそこまでの爽やかさはない。雨降らしの里だけ あって湿気と不快感は否応なく付きまとっている。
「で?会わせたい奴って?」
雁首そろえて宿の前で欠伸をするフレイムの面々、レキが涙目で問いかけたのはシオだ。あまりに起きてこない連中を心配して、という よりしびれを切らして起こしにやって来た彼女の第一声が、レキが聞き直したそれだった。
  シオが含み笑いのまま大松明の真正面の小屋を指さす。大きな疑問符を浮かべたまま、一行はぞろぞろと列を作ってシオの後に続いた。 さしずめ美人ツアーガイドと老人旅行団体といったところだ、覇気のない若者たちにシオも半ば呆れ気味であった。
「中?入んの?」
シオが軽く頷くと、レキは小首を傾げながら御簾をくぐった。刹那-。
  情けないことに二、三歩後ずさって後続者をなぎ倒す。何の気無しに先陣を切ったのがまずかった、悲鳴までは上げなくても両目はこれ でもかというほど見開く。面食らった状態で、レキは小屋内に目を奪われていた。
「レキ!何なんだよもう!見えねえし!……うわぁぁ!!ブレイマー!シオ、ブレイマーいるって!!」
レキに足を思い切り踏まれながらも身を乗り出して室内の様子を確認したジェイ、こちらもそれがまずかった。レキとは対照的に派手に絶叫 する。エースとラヴェンダーは前方二人に入口を塞がれ現物を確認できないまでも小さく奇声を発する。ジェイが取り乱して辺り構わず狼 狽えるのを横目に、レキは徐々に状況を把握し始めた。
  一瞬身構えたブレイマーはロストシティやユナイテッドシティで見たものよりも遥かに小型で、人間用の木椅子にはみ出しながらも収まっ ているサイズであったし、何よりその隣の椅子には先客・ハルが落ち着いて座っている。ハルの他にもやたらに小柄な老人が人形のように 腰掛けていた。
「ブレイマー!!ハル!喰われるぞぉっ、レキ、銃銃!銃!」
「やかましいのよ!!邪魔!!」
レキの代わりにラヴェンダーが、混乱の大元を視界から排除してくれる。未だに入口で棒立ちのままのレキの肩先から、彼女も背伸びして ブレイマーを目に入れた。多少は驚いたようだがジェイの大袈裟な実況中継のおかげでそれ以上の驚愕はない。
「会わせたい奴って……もしかしてこれ?前言ってたトモダチ?」
レキがその話題を覚えていたことが意外だったのか力強く何度も頷くシオ、に全員唖然とする。
  小型とは言えブレイマーであることに変わりはない。こうしてハルや老人と仲良く食卓を囲んでいるなど理解できない光景だ。
「突っ立ってらんで入らんか、レキ。ジェイもエースも久しぶりじゃのう。……美人のお嬢さんは初見じゃ、フレイム新メンバーかの?」
ハルの前に座ってのんびりお茶をすすっている老人、白く長い髭は胸部まである。薄緑色のローブとへしゃげた同色の帽子、それに丸渕の 眼鏡を掛けてその長い髭を撫でている。
  声に聞き覚えはある。しかしいまいち反応できずにいるレキ、場が数秒静まり返った。
「……なんじゃ、もう忘れてしもうたか。記憶力のない奴じゃのーう。ハル一発で分かったというのに」
不服そうに綿菓子のような髭を撫でる。ハルが苦笑混じりに背後で同じ動作を真似ると、ようやくレキが老人の記憶を掘り起こした。
「ひょっとして……ナガヒゲぇ?だよなっ!こんな小せぇじーさんとうとういねえよな!」
「そうじゃ、そうじゃっ。忘れられたかと思うたわい!ほれ、座れっ。れでぃーふぁーすとじゃぞ」
木椅子から飛び降りると、その身長が異常なまでに低いことが分かる、レキと並ぶと背丈は約半分しかない。ラヴェンダーの前まで来 ると彼女の顔を見上げる形で手を差しのべた。
「これはこれは初めましてお嬢さん。フレイムのドクター、ナガヒゲじゃ。そちらさんは新しいメンバーかの?」
ラヴェンダーが少し困ったように手を取る。
「いいえ、私はフレイムのメンバーじゃないわ。その……ブラッディ・ローズの者なんだけど……わけあって」
軽快に振りまくっていた手をピタリと止めてナガヒゲが凝固する。ラヴェンダーが冷や汗を流す、と同時にすぐさまナガヒゲは握手の続き を再開、おまけに浮かれた笑い声まで響かせた。
「ブラッディの娘かっ、それもまた良しじゃ。しかし残念じゃのう……お前さんさえ良ければフレイムに入ってわしと一発……」
「だあ!もうじーさん歳考えろよ!女の子見りゃすぐこれだっ……まさかシオにも変なこと言ったんじゃないだろうな……」
ジェイが慌てて二人の手を引っぺ返す。フレイム掟三ヶ条の内、敵対チームとの馴れ合い禁止令をここぞとばかりに無視し続ける一人が 実はナガヒゲである。歳が歳だけにエースよりも質が悪い。
「なんじゃジェイ、いたのか。相変わらず騒々しい奴じゃのう」
髭の中で漏らした舌打ちがこもって聞こえる。ラヴェンダーを先に席に通して、その後にすぐシオを呼び寄せる。両側に女性二人を座らせ 自分はその間の席にちゃっかり収まった。座れなどと急かした割にはレキたちが腰を落ち着ける場所は無さそうだ。
  皆、改めて至近距離にいるブレイマーに目を向ける。再会を喜び合おうにもどうしても意識がそちらに向いた。
「会わせたい奴ってのはこのブレイマーと、ナガヒゲってわけか。組み合わせ的には強烈だな」
「なあなあ、ナガヒゲはいつからここにいんの?何つながりで?」
落ち着いた振りをしながら肩を竦めるレキと、全力でブレイマーの恐怖を忘れようとするジェイ、混乱は未だ継続梅中だ。
  ナガヒゲは彼自身が言うようにフレイムのメンバーである。アイリーン同様ロストシティ以外に住む仲間というわけだ。元はナガヒゲも ロストシティでレキたちと共に行動していたが、年齢のこともあり、外のメンバーとしての道を選んだのである。
「もう一年近く経つかの。たまたま森へ迷い込んだところに彼らの隠れ里があったんじゃよ。のんびりして空気もうまいし、ここで診療所 を開くことにしたんじゃ」
言われて見れば廊下の奥にはいくつかのドアがあって、それが病室であることを告げている。患者がいるのかと思ったが、開け放されたドア の奥にはいずれも人の気配は無かった。
  ちらり-別に誰かの下着が見えているというわけではない。ある意味それ以上に警戒して何度かブレイマーに視線を送る。誰が、という わけではなく、シオやナガヒゲ、すでに慣れ始めているハルを除く全員だ。
「……気になるか?まぁ始めは皆そうじゃろうな。心配せんでもわしらに牙を剥くことはないわい、シオがいれば尚更じゃ」
確かに借りてきた猫のように大人しいのは事実だ。しかし気になるものは気になるし、なじめないものはなじめない。皆、シオの手前作り 笑いで取り繕っているに過ぎない。おそらくハルも本質的にそうなのだろう、レキたちよりも先に着いていたとは言え、ほんの数日でそこ まで適当できるとは思えなかった。