SAVE: 12 A puppet in the Broken world


「ねえ」
 京の予想に反して、小雪はすぐさま口を切った。深夜の社内で二人きり「しのぶ」パーティというのも悪くないと思っていた矢先だ。
「私に何か、言うことがあるんじゃない?」
単刀直入。本題上等。しのぶ缶を膝の上に乗せて、小雪は顔だけをこちらに向けた。表情はよく分からない。
「えーと……今? ここで……?」
「今、ここで」
迷いなく答える小雪とは対照的に、京は無意識に後頭部を掻いていた。それから少しの間何か考えて唸る。煮え切らない態度に小雪は一瞬眉を潜めたが、すぐに見えないように窓の方に視線を移した。月が明るい。周りの星を霞ませるほどに。
「私いろいろ考えたんだけど、考えて、それじゃ駄目だって思った。やっぱりちゃんと話さなきゃって。京だっていろいろ考えてて、思うところもあって話さないのかもしれない。でもそれって結局、私はまだまだ信頼されてないってことなんだよね。そう思うとなんか、心配だったのと同時に、やっぱり落ち込んで……中途半端に隠されてることにも腹が立ったり。勝手かもしれないけど」
「……隠してたつもりはない」
「でも言ってくれなかったのは事実でしょう」
「わかってるもんだと思って」
「だから、そういうところ。確かに人づてには聞いた、それが凄く……正直ショックだった。今さらだって思うかもしれないけどきちんと京の口から話して」
「……今? ここで?」
「今、ここでっ」
「じゃあ、好きだ」
 その瞬間、時が止まった。と言ってもそれは京と小雪の両者間のみの話で、見つめ合う二人をよそに月には残念なほど雲がかかったし、自販機は省電力モードに切り替わって極端に騒音を潜めた。どこかの犬が遠吠えしているのがかすかに聞こえ、もっと遠くで救急車だか消防車だかの緊急車両のサイレンが鳴っているのが聞こえた。数秒間の出来事だった。京はその間中この日一番の真剣ぶった眼差し、つまり決め顔で小雪の反応を待っていた。
 待つこと三十秒。発せられた第一声がこれだ。
「……は?」
その一語に、小雪の気持ちは集約された。
「え。何、違うの?」
その一語で、京も悟る。それが遅れて驚愕をもたらし、混乱をもたらす。今度は決め顔はおろかほとんど言葉も厳選する余裕がない。すがるように、敢えて保たれていた距離を高速で詰めた。
「ごめん、何!? これ何の話!?」
「バカじゃないの!? ほんっと馬鹿! もう……っ、帰る!」
「ちょちょ、そんな怒んないでよ。アイナンバー見せあった仲じゃないの」
「見せ合ってない!」
突進する勢いでこの場を去ろうとしていた小雪、細かいところに間髪いれず突っ込みをいれる。細かいが、これ以上この男の解釈で話が歪曲させられるのはごめんである。京は京で、これ幸いと小雪の後を追うことに成功した。
「……そうだ、俺見てないな! 薬品廃棄場のときは気失ってる俺のナンバーを小雪がひんむいたわけで、つまり俺だけが見られ損ってことになる。これってどう考えても不公平じゃないか!?」
京はあたかも正論を述べるように熱弁をふるう。小雪は反論を諦め徹底的に無視を決め込むことにした。猛スピードで階段をくだりながらタクシー会社に電話する。不幸中の幸いなのは、後方で適当な謝罪を繰り返す勘違いセクハラ男と帰宅方向が真逆であること。今至近距離で顔を見られるのは耐えられそうにない。
 逃げるようにタクシーに乗り込む。月が、明るかった。小雪の頬は発熱しているように熱かった。


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