SAVE: 02 セーラー服と45口径


 スプラウトセイバーズカンパニー──“スプラウト”の権利と尊厳を守るという大義のもと、彼らが関わる事件、事故、犯罪の対応まで行う言わばスプラウト専門の「警察機関」である。しかし実際にそう位置づけるには、両者にはあまりにも相違点が多い。スプラウトが加害者、あるいは被害者である大きな事件に着手すればそれなりに見えるのだが、実際の日々の業務と言えば彼らの生活相談であったり、健康相談であったり、恋愛相談であったりする。
 そういった業務を一手に引き受けるのが、社屋の一階に窓口を構える「生活相談課」だ。社会保障の手続きからおばあちゃんの話し相手まで、相談の内容は先に挙げたとおり多岐にわたる。そのため始業から就業まで人の往来はひっきりなしである。
 浦島京介は白姫小雪と共に、その生活相談課の入り口付近に立っていた。視界の中にある広々とした待合ロビーには、早朝だというのに老若男女のスプラウトが席を奪い合うように座っていた。定期的にアナウンスが流れ、呼ばれた番号札を持つ者が鼻息も荒く窓口に向かっていく。
「まあ、つまりはセイバーズ内のクレーム対応課、だな」
 大抵の者が窓口に立つなり怒鳴り散らす。小雪も胸中でなるほどなどと頷いてしまうくらいだ。
「浦島っ。ろくでもない紹介をしないでもらおうか。うちは生活相談課! スプラウトたちにとっちゃ生活保障に関わる大事な部署なの!」
生活相談課の主任が、ジェンガさながらに際どいバランスで積み上げられた資料の山を抱えて入り口をすり抜けた。黒縁眼鏡を掛けた小柄な男性で一見頼りなさげだが、社内ではやり手で知られている。
「はいもう散った散った、そんなとこに突っ立たれちゃ邪魔でしょうがないっ。それから、白姫くんだったよね。ろくに紹介できなくて申し訳ないけど、うちはこの通り人手が足りてないから、浦島がイヤになったらいつでも転課届を──」
「それじゃ主任、おつかれさまでーす」
資料に埋もれてほとんど顔の見えない生活相談課主任に向けて一礼すると、京は逃げるようにエレベーターに向かった。小雪も一礼して後を追う。朝からI-システム課、法務課と挨拶に周ったが、どこへ行っても京はこの調子だ。
 京はエレベーターのくだりのボタンを押すと、思いついたように小雪に向き直った。
「……学校で習う前から、セイバーズにああいう部署があるって、知ってた?」
「生活相談課のことですか? はい、一応は」
「そう、そりゃ優秀。スタンダードには全くといっていいほど縁がない部署だからね、うちの一階にプチ役所みたいなのがあるってこと、知らない人の方が大半だ。……本来ならああいうのは全部お役所の仕事だと俺は思うけどね」
 京が何の気なしに口にした“スタンダード”という単語に小雪は口をつぐんだ。“スプラウト”ではない、元来の人間のことを区別して示す言葉だが、そのスタンダードたちはあまり好んでこの言葉を使用しない。彼らはより単純に「人間」と「スプラウト」というふうに区別する。些細なことなのだが、この男はスプラウトなのだと改めて実感する瞬間だった。
 エレベーターに乗り込んで、京は5階のボタンを押した。
「とりあえず一旦保安課に戻って、休憩がてらうちの説明もしよう。出払ってる奴もいるから全員紹介ってわけにはいかないけど」
「はい、お願いします」
 エレベーターが止まると、京はそのまま「開」ボタンを押し続けて小雪を先行させた。促されるままに小雪が廊下に出る。京もエレベーターを降り、特に無駄口も叩かず廊下を歩き出した。
(なんか……変……!)
 小雪は不信感と警戒心をマックスまで上げていた。浦島京介が変人であることは既に知っている。だからこそ真逆の意味で今「変」なのだ。つまり、まともなのである。朝一から社内の案内をしてくれているが、それが思った以上に丁寧だ。時折偏見交じりの補足が入るものの、概ね的を射た内容でもある。その上どの課へいっても誰かしらから声をかけられる。大抵冷やかしや文句なのだが、それでも相当顔が広いことだけは確かだ。昨日の今日で人が変わるとは思えないし、実はこちらが地なのだろうか。
(そうであってくれれば嬉しいんだけど)
 けじめはつけるタイプなのかもしれない。深くは考えないようにして、小雪は保安課の開いたままのドアをくぐった。
「おつかれさまです」
「あ、お帰り。どうだった? 下。忙しそうだったろ」
タイピングの手を止めて、城戸が爽やかな笑顔で出迎えてくれた。彼は見るたびいつも感じの良い笑顔だ、部署が部署ならさぞかし女性に人気もあることだろう。などと思いながら、小雪も元気良く返事をした。
「課長はお留守でしたし、お邪魔になりそうだったので戻ってきました。生活課も大変そうですね」
「あはは、あそこの課長はいつ行ってもデスクにいないからねぇ」
「常にどっかに謝罪に行かされてるからな。菓子折りのチョイスに困ったときは聞きに行くといいぞ」
荒木が冗談交じりに話に参加する。火をつけていない煙草を口にくわえたまま難儀そうに報告書を入力していた。京の相棒である桃山心太郎は課内には見当たらない。
「どうぞ。砂糖とミルクは、いれる?」
 京と共にデスクに着くなり、柔らかな物腰の女性にコーヒーを差し出された。ゆるやかパーマが肩下で揺れる、笑顔がかわいらしい人だ。思わず見とれていると、女性のほうが口元を手で押さえて「しまった」という表情をした。
「ごめんなさい、はじめましてだったねっ。ここの経理業務を担当してる青山みちるです」
「あ、白姫ですっ。こちらこそ失礼しました、よろしくお願いします」
小雪は慌てて立ち上がると、丁寧にお辞儀をした。
「あ、そんなに畏まらないで? ここ、男性ばかりの部署だし、小雪ちゃんが入ってくれてほんとに嬉しいっ。困ったことがあったら遠慮なく相談してね。……あ、まずは浦島くんに相談しなきゃいけないかっ」
「そうそう、いくらみちるさんでもそこは譲ってもらわないとっ」
 みちるがまた穏やかに笑う。京の机には角砂糖がひとつ乗ったコーヒーソーサーが置かれた。荒木と城戸の机上にはブラックが置かれている。みちるはどうやらそれぞれの好みを熟知しているようだ。小雪には真似のできない細やかな気配りというやつである。
 小さめの角砂糖を放り込んで、京は満足そうにカップに口をつけた。小雪も添えられた角砂糖とミルクを淹れ、一息つくことにした。
「……以上がセイバーズの花形部署、保安課の全メンバーってことになるわけだけど」
「え? まだ課長も含めて6人しか会ってませんけど」
「そう、その6人。課長とみちるさんは現場には出ないから、実際のセイブ業務は今まで俺とシン、荒木さんと城戸さんのバディで全部捌いてた。……びっくりした?」
「……びっくり、しました」
「ま、そこに小雪を入れて動ける奴が5人と。言っとくけどうちは生活課なんて比べ物にならないほど忙しいからねー、覚悟しとくように!」
「はいっ。望むとこです」
 素直に返事が出る。小雪は安堵を覚え始めていた。昨日見たセイブ現場は何かの間違いだったのだと割り切ろうともしていた。細かいことを言えばひとつ、かなり気にかかることがあるが今は保留にしておくことにする。
 机上に立てたファイルの壁の向こう、城戸の席から噛み殺した笑いが聞こえた。
「何笑ってんですか、城戸さん」
 城戸は笑い上戸だ、京の席が真向かいでなく、斜め向いであることを心底ありがたがっている。そうでなければ今頃腹筋崩壊して入退院を繰り返しているところだ。
「だって浦島……勘弁してくれよ、お前なんか先輩っぽいんだもん……」
「だもんって……かわいこぶるのやめてください。それで今まで何人の女の子を騙してきたんですか」

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