SAVE: 03 ブラックパーティーをぶちこわせ


 薄暗い照明の下、浦島京介と白姫小雪は隣同士肩を寄せ合って座っていた。少し身をよじるだけで互いに体に触れてしまうような距離だった。つまり、小雪にとっては最高に居心地の悪いポジションである。京の方をいちいち見なくても、彼が気持ち悪いくらい満面の笑みを終始浮かべていることくらい分かる。だから一切見ない。気配だけで十分腹立たしい。
「よーし、全員飲み物揃ったなー?」
金熊がテーブルに手をついて、重そうな体を支えながら立ち上がった。ようやく始まる。小雪はとにかく、始まるのを今か今かと待っていた。始まってしまえば、この鬱陶しいオーラ全開の隣人についてはどうとでもできる。真剣な眼差しを金熊へ向けた。
「随分遅くなってしまったが、今日は知ってのとおり白姫くんの入社歓迎会だ。これからスプラウトセイバーズで一緒にやっていく仲間として、また一社会人として、白姫くんには大いに期待している! 今後もその調子で頑張るようになっ」
「はい、ありがとうございます。お役に立てるように頑張ります」
「結構! それでは乾杯といこうか。スローガン唱和! 浦島!」
「はいっ!」
思い切りのいい返事と共に京が立ち上がる。
「それではみなさんグラスをお手元に! スプラウトセイバーズ、スローガン唱和! “全力セイブ!──”」
『君の心とその笑顔!』
「はい、どうも! それでは、かんぱ~い!」
 ジョッキが打ち付けられては次々と軽快な音が鳴る。京も中腰のまま金熊、荒木と順々にジョッキを鳴らしていった。ようやく完全に腰を落ち着けて、隣にいる小雪にジョッキを差し出す。悪びれずに笑顔を見せられて、小雪も仕方なく乾杯する。
 小雪がスプラウトセイバーズカンパニー藤和支社・保安課に配属されてから一週間が過ぎていた。勤務二日目に京と共に、魚住愛海をセイブして以降は大きな事件は起こっていない。管轄内のパトロールや書類作成などをこなして数日が過ぎた。そうして週明けの月曜の夜、保安課長である金熊の提案でささやかながら歓迎会を開いてもらっている。会社から駅に行くまでの道沿いにある大衆居酒屋、ちょっと狭苦しいところが逆に金熊は気に入っているらしい。
 一杯目が空になるかならないかというところで、金熊が荒木に何か持ちかけているのが目に入る。企画といい段取りといいそして進行といい、保安課は大抵金熊がやってのける。一応上座に陣取ってはいるが、目線はいつも皆と共にあるような気さくな上司、というのが小雪の金熊に対する印象だった。
「というわけで、白姫。課長命令で今更ながら自己紹介することになった。浦島の説明だけじゃ不安ってのは確かに俺も同感だ」
荒木の言葉に京がむせる。いろいろと反論しようとしてタコワサを喉に詰まらせたらしい。ビールで流し込む京を無視して、荒木はさっさと順番を指示していた。
「えー本当に今更だが、保安課主任の荒木仁だ。分からんことは基本浦島に確認すべきだが、そいつの言ってることがめちゃくちゃだと思ったら俺に報告するように」
「主任……。だとするとほぼ十分に一回は主任に報告することになるんですけど」
「ん、ああ……。そうか。厳選してくれ、特にひどいやつだけピックアップ」
 小雪も荒木も冗談のつもりはないらしく溜息交じりにジョッキに口をつける。途端に場が辛気臭くなった。荒木はこう言うが、実際報告してみると笑い飛ばされることが多い。しかも城戸とタッグを組んでだから、なおのことたちが悪いのだ。
(他人事だと思って……)
 その城戸と目が合って、いつもの爽やか過ぎる笑顔を返される。ブレイクスプラウトをセイブするときもこのスマイルのままなのだろうか、それはそれで少し怖いかもしれない。
「城戸一馬、荒木さんの補佐をやってます。ってまあ、今更だよねぇ」
「おい城戸、ちゃんと言っとけよ。毎朝目の前のデスクでコント繰り広げるのはやめてくれって」
荒木がまた、冗談でもないように横やりを入れる。城戸の目の前のデスクといえば、小雪、その隣が京だ。城戸は特に否定する様子もなく、はははなどと軽く笑い飛ばしている。
「毎朝って……私がですか? 何も面白いことなんてしてませんけど……」
小雪の心外そうな顔を見て、城戸が笑いを噴出した。この人の笑いのつぼは理解不能だ、城戸がこうやってわけのわからないタイミングで笑い出すと、荒木にもうつるのが厄介極まりない。このバディは毎朝、京と小雪の業務連絡に聞き耳を立てては隠れもせず大爆笑しているのだ。
 城戸がジョッキで顔を隠して小さく震えだしてしまったため、強制的に順番がみちるにまわった。
「青山みちるです。経理業務が中心だけど、できるだけみんなのサポートができればと思ってるので困ったことがあったらいつでも相談してね。課長や主任に言えないことでもいいから」
「みちるさん、私毎日困ってます。十分に一回」
「えーと……」
みちるは朗らかに笑う。いつもその笑顔で温かいコーヒーを差し出してくれる保安課のマドンナだ。その笑顔が固まっている。
「厳選してもらえれば、相談に乗れる、か……な?」
「ぅはははっ!」
城戸がテーブルをばんばんと叩きながら大声で笑い出す。考えた末にこの結論にたどり着いたのだろう、みちるを責めることはできないがこの際城戸は批難しても構わないような気がした。思い切り恨みがかった視線を送ってみたが、本人はそれどころではないらしい。
「白姫、あんま青山困らすなよっ。休憩時間に白湯が出てくるぞ、白湯が」
「そんなことしませんっ。もう、城戸さんデリカシーなさすぎです」
「そうだ、それだ。今しっくりきました。城戸さんは、デリカシーがない」
みちると小雪が口を尖らせるのを見て、今度は金熊が豪快に笑い声をあげた。
「めずらしいな、城戸が女性陣に攻撃されるなんて」
「青山がねー。白姫が来てから妙に強気になっちゃって、俺に反抗してくるんですよ」
「だからそんなことありません。そういう変なことばっかり言うなら城戸さんのコーヒーは次回から砂糖どっさりにします」
みちるは怒ってもどこか可愛らしい。素直に謝る城戸、普段は引き際をわきまえている風の彼も、酒が入ったせいか多少そのボーダーを踏み越えてしまったようだ。保安課で敵に回してはいけないのは金熊でも荒木でもなく、実はみちるなのかもしれない。
 話が脱線し続けるのを阻止するように、京の隣から顔をのぞかせてシンが挙手した。
「僕もした方がいい?」
 シンとはこの一週間京の下で共に業務についているから、彼が細身ながら柔道有段者であることや、女性関係の話題に事欠かない人物であることは既に知っている。そしてもちろん、自分や京と同じスプラウトであることもだ。
 幾分面倒そうな雰囲気が顔に出ているシンと、今か今かと自分の順番を待っていた京を一掃するように金熊が大きく右手を振った。
「今更お前らのなんか聞いてどうするんだ。それよりお前ら三人に新しい仕事を用意してある。こういう席で言うのもどうかと思ったが……酔っ払った勢いがないと素直に引き受けなさそうだからな、言うことにした」
「かちょぉう! 今の発言にはいろいろと納得がいきません! パワハラですよ! 俺の課長に対する敬意が今のできれいさっぱり吹き飛ん──」
「京、うるさい。黙って」
 勢い良く立ち上がろうとする京を片手で押さえつけて、小雪が金熊に向き直った。これではどちらが先輩だか分からない、小雪に邪険に扱われてにやにやしている京を見て金熊は「我が部下ながら気持ち悪い奴だ」などと心底ひいていた。
 小雪のジョッキは二杯目で、まだビールが半分ほど残っている。酔った風でもないから説得が必要なのは京よりシンより小雪かもしれない。金熊が景気づけに自分のジョッキを空けた。
「来週、勝山のイベントホールで赤井グループの新商品発表会がある。株主から取引先、抽選で一般客も招待する大規模なパーティだそうだ。……その警護依頼がうちに来てる」

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